ブリテン島で育まれた英語文化の基層にある「ケルト」 については,主に言語的な側面から (celtic) の多くの記事で取り上げてきた.これまで「ケルト」を前提としてきたが,ケルトとは何か,あるいはケルト人とは何者かという問題は,答えるのが難しい.「#3743. Celt の指示対象の歴史的変化」 ([2019-07-27-1]) の記事でみたように,ケルトという名前の指すものは歴史的に揺れてきたし,何よりも近代の用語として作り出されてきたものでもある.
今回の記事ではこの問題に深入りせずに,ただ『ケルト文化事典』の「ケルト人 Celtes」の項を引用しておきたい.
ケルト人とは,出自は異なるものの,ケルト語といわれる言語を話す諸民族の総体である.ケルト人という言葉には人種を暗示する意味はない.社会的,文化的な構造と関係しているだけである.それにこの名称が用いられるようになったのはごく最近のことで,人間集団をその特殊性に基づいて手軽に類別するのに使われるようになった.
いわゆるケルト民族は,前5世紀からヨーロッパ大半の地域に住んでいた.イギリス諸島(大ブリテン島,アイルランド島,チャンネル諸島ならびに隣接する島々)はいうまでもなく,ライン河口からピレネー山脈へ,さらに大西洋からボヘミアにいたる地域まで,北イタリアやスペイン北西部を巻き込む形で居住していた.
現在,ケルト語を話しているケルト民族は,アイルランド人,北スコットランド人,マン島人,ウェールズ人,ブリトン人(古名はアルモリカ人),英国コーンウォール州に住む相当数のコーンウォール人である.しかし,ケルト語をもはや話さない諸民族の間でケルト的なものが生き残っていることもある.遠くさかのぼれば,古代ケルト人の伝統や気質を温存させている諸民族である.いわゆる「ガロ語」(東部ブルターニュ方言)を話すブルターニュ,スペイン北西部のガリシア地方,英語圏のアイルランド,フランスやベルギーのある地域の場合がそうである.
この定義(広く受け入れられているものと思われる)によると,ケルトとは第1義的にケルト諸語との結びつきによって特徴づけられる社会集団ということになる.そこに人種は関わっていない.
一般に,言語と民族(あるいは人種)の関係という問題については,「#1871. 言語と人種」 ([2014-06-11-1]),「#3599. 言語と人種 (2)」 ([2019-03-05-1]),「#3706. 民族と人種」 ([2019-06-20-1]) を参照されたい.
・ マルカル,ジャン(著),金光 仁三郎・渡邉 浩司(訳) 『ケルト文化事典』 大修館,2002年.
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