hellog〜英語史ブログ

#4639. 近代英語期にかけて増えてきた受動文[passive][syntax][word_order][information_structure][statistics][hc]

2022-01-08

 一般に言語において,情報構造 (information_structure) の観点から,主題となる項(主語とは限らない)は文頭,文の前寄りに置くのが望ましいとされる.日本語のような自由な語順をもつ言語であれば,これを実現することはたやすい.実際,日本語と同様に語順が比較的自由だった古英語でも,この情報構造上の要求に応えることは難しくなかった.
 しかし,近現代英語のようなおよそ固定化した語順をもつ言語の場合には,何らかの工夫をこらさなければならない.古英語から中英語期にかけて文の文法としてのV2規則が失われ,語順が固定化していくにつれて,主題となる項を文頭にもってくるための方法が手薄になった.このような状況にあって,重要な手段の1つと目されるようになったのが受動文である.能動文における目的語が主題となる場合,その能動文を受動文に換えることにより,元の目的語が主語となり,問題なく文頭に置けるようになるからだ.
 語順の固定化と受動文の多用化という一見すると独立した2つの統語的現象は,情報構造という語用論的な概念を仲立ちとして関連づけられ得るのである.これは「#4561. 語順問題は統語論と情報構造の交差点」 ([2021-10-22-1]) で論じた通りである.少なくとも仮説としては興味深い.
 この仮説を実証しようとした研究に Seoane がある.Helsinki Corpus の15世紀初期から18世紀初期までの部分(すなわちV2規則が失われた後の時代のサブコーパス)を用いた調査によれば,以下の通り,時代を追って受動文の比率が漸増していることが分かる (Seoane 371) .

 WordsActivesPercent activePassivesPercent passive
M4 (1420--1500)44,0002,92881.964718.0
E1 (1500--1570)50,0002,23678.561221.4
E2 (1570--1640)48,0002,55077.972222.0
E3 (1640--1710)55,0002,89378.52,90321.3
Total197,00010,60778.52,90321.3


 ただし,この表の背景にあるコーパスの扱い方,データの拾い方については注記が必要だろう.Seoane によれば,能動文の収集は受動文化できるタイプのものに限っているという.また,現代英語でもよく知られている通り,受動文の生起頻度はテキストタイプに大きく依存するため,その考慮も必要である.また,受動文で行為者を示す by 句の有無も,考慮すべきパラメータとなる(実際,Seoane 論文ではこれらの観点にも注意が払われている).
 この表はあくまで大雑把な調査結果と解釈すべきであり,上記の仮説を実証したとまではいえないだろう.しかし,コーパスを大きくし,種々のパラメータを検討することによって,実証に近づくことはできるかもしれない.だが,何よりもこの仮説のキモは,語順の固定化と受動文の多用化の関係だったことを思い出したい.両者の因果関係を実証するには,どの時代について何をどの程度明らかにすればよいのだろうか.

 ・ Seoane, Elenna. "Information Structure and Word Order Change: The Passive as an Information-Rearranging Strategy in the History of English." Chapter 15 of The Handbook of the History of English. Ed. Ans van Kemenade and Bettelou Los. Malden, MA: Blackwell, 2006. 360--91.

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