hellog〜英語史ブログ

#1673. 人名の多様性と人名学[onomastics][personal_name][patronymy]

2013-11-25

 固有名詞学 (onomastics) は人名や地名の語形・語源などを研究する分野である.とりわけ人名の研究を anthroponomastics,地名の研究を toponomastics (toponymy) として区別する場合もあるが,前者の人名研究は狭義の onomastics として言及されることもある.古今東西の人名の付け方の多様性を垣間見れば,いかにして人名研究がそれだけで1つの独立した分野を構成しうるかがわかる.例えば,Crystal (218--20) によるこの分野への短いイントロを眺めてみよう.
 日本や中国を含むアジアで姓と名の区別があるのと同様に,西洋でも last name (surname, family name) と first name (given name, Christian name) の区別がある.ただし,「#590. last name はいつから義務的になったか」 ([2010-12-08-1]) で触れたように,英語社会においても日本においても,この区別が通常となったのは,それほど古い時代ではない.それにしても,英語での last name や firs name などという順序に基づく呼称は誤解を招きやすい.例えば日本,中国,ハンガリーなどでは姓→名という順序が普通であり,西洋式の名→姓が普遍的なわけではないからだ.英語では middle name という第3の名前が付けられることもあり,とりわけアメリカではアルファベット1文字の middle name が広くみられる.middle name はヨーロッパでは比較的少ない.また,3つの名前が付けられている場合に,優先的にどの名前で呼ばれることが多いかは,言語社会によって異なっている.英語の David Michael Smith という人は David で呼ばれることが多いが,ドイツ語の Johann Wolfgang Schmidt という人は Wolfgang で呼ばれることが多い.
 通言語的に時折みられる名付けとしてよく知られているものに,父称 (patronymy) がある.これは父の名を取るもので,ロシア語で Ivan の息子が Ivanovich,娘が Ivanovna と名付けられ,名と姓の間に置かれるような場合がそれである.アイスランド語では父称の伝統が色濃く,父称そのまま姓となるので,毎世代,姓が変化することになる.ヨーロッパにおける父称は「〜の(息)子」を意味する接辞付加で表わされることが多く,言語ごとに以下のような例がある.

LANGUAGEAFFIXEXAMPLES
English-ingBrowning, Denning, Gunning
Norse, English-sonAnderson, Jackson, Morrison
ScotsMac/Mc-MacArthur, MacDonald, McMillan
IrishO'O'Brien, O'Connell, O'Connor
WelshApApjohn, Apreys, Powell (< Ap Howell)
FrenchFitz-Fitzgerald, Fitz-simmons, Fitzwilliam
Russian-ovichIvanovich, Shostakovich
Polish-skiKorzybski, Malinowski
ArabicIbnIbn Battutah, Ibn Sina


 アラブ世界には,父称ならぬ子称 (teknonymy) という名付けの習慣もある.例えば,アムハラ語 (Amharic) では,子供の名前と父の名前とを合わせて名付ける方式がある.
 名付けの多様性とともに,共通性にも着目する必要がある.ヨーロッパでは,鍛冶屋を意味する姓が多い.Smith (English) に始まり,Haddad (Arabic), Kovács (Hungarian), Kuznetsov (Russian), Ferreiro (Portuguese), Schmidt (German), Hernández/Fernández (Spanish), Le Fèvre/La Forge (French) など,例は多い.韓国では,Kim (金),Pak (朴),Yi (李)の3つの姓で人口の大部分を覆うこともよく知られている.
 また,悪魔が近寄らないように,apotropaic (厄除け)の目的で「不具」「醜い」などを表わす名前をつける習慣のある文化もある.
 以上は主として姓についての onomastics のごく一部を紹介したにすぎないが,これだけを眺めてみても,名付けが多様性の豊かな領域であることがわかるだろう.関連して,「#813. 英語の人名の歴史」 ([2011-07-19-1]) も参照.

 ・ Crystal, David. How Language Works. London: Penguin, 2005.

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