hellog〜英語史ブログ

#1648. adjacency pair[pragmatics][ethnography_of_speaking][cooperative_principle][adjacency_pair]

2013-10-31

 2人の話者の会話において,互いにペアをなす発話が交わされる場合がある.質問に対して回答,申し出に対して受諾あるいは拒否,挨拶に対して挨拶,依頼に対して応諾,呼びかけに対して返事といった習慣的なペアである.通常,両発話の間に無関係の内容の発話がはさまることはなく,隣り合うものなので,これを adjacency pair と呼ぶ.英語からの例を示そう.

adjacency pair (A and B)AB
question-answerWhat time is it?Seven o'clock.
offer-acceptanceWould you like a baked potato?Yes, please.
greeting-greetingGood morning.Morning Mattie.
request-complianceCan I have a jam sandwich then please dad?Yes sunshine.
summons-acknowledgementMum, mum, mum, mum, mum?Yes?


 これらの adjacency pair は,「#1122. 協調の原理」 ([2012-05-23-1]) (cooperative principle) の諸公理にかなった発話の例として説明される.会話の参加者は,暗黙の規則として,このペアワークを実践していると考えられる.
 しかし,adjacency pair のペアワークが成り立たない場合もある.adjacency pair で一般にAという発話に対してBという発話が対応するとき,何らかの理由でBの発話が欠けることがある.そのような場合に起こり得ることは,以下のいずれかだろう.(1) B が返されるまで A が繰り返し発せられる,(2) Bの欠如の理由が明示的に説明される (ex. I don't know.), (3) 別の adjacency pair が埋め込まれた上でBが補充され,問題解消に至る.(3) について,ペアの中にもう1つのペアが埋め込まれる例を示そう.

Q1 S: What color do you think you want?
Q2 C: Do they just come in one solid color?
A2 S: No. They're black, blue, red, orange, light blue, dark blue, gray, green, tan[pause], black.
A1 C: Well, gimme a dark blue one, I guess.


 Bの発話が欠ける場合がある理由については「#1134. 協調の原理が破られるとき」 ([2012-06-04-1]) で見たような理由が挙げられるかもしれないが,それ以前に,言語文化によっては当該の adjacency pair が原理や規則として存在しないこともあるのではないか.つまり,上記のような adjacency pair は一見するとどの言語文化にも普遍的に存在しているものと思われがちだが,実際には各言語文化に依存する社会的に慣習化された規範 (norm or "normative requirement") にすぎないのではないか.
 「#1644. おしゃべりと沈黙の民族誌学 (2)」 ([2013-10-27-1]) でも見たとおり,発話に関する慣習のなかには文化に依存するものがある.ある adjacency pair がその文化において有意味かどうかは個別に調べなければならないし,たとえ有意味であったとしても特にBの返答について文化ごとに好まれるパターンが異なるということがあり得るのではないか.例えば,前の記事で,日本語や中国語では申し出に対して一度はそれを断るという反応が好まれることがあるし,質問に対して答えをはぐらかす傾向を示す Madagascar の言語共同体の例もみた.adjacency pair のあり方が文化間で変異し得るという指摘は,「協調の原理」が示唆する語用論的普遍性に対する1つの挑戦となるだろう.記述的な ethnography of speaking の研究のもつ役割は,普遍性と傾向,言語的規則と社会的規範といった問題に対して具体的な事例を与えるということにあるのではないか.

 ・ Pearce, Michael. The Routledge Dictionary of English Language Studies. Abingdon: Routledge, 2007.
 ・ Bussmann, Hadumod. Routledge Dictionary of Language and Linguistics. Trans. and ed. Gregory Trauth and Kerstin Kazzizi. London: Routledge, 1996.

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