hellog〜英語史ブログ

#2979. Chibanian はラテン語?[eponym][toponym][suffix][waseieigo][word_formation][etymology][latin]

2017-06-23

 6月7日,国立極致研究所や茨城大学などの研究チームが,約77万?12万6千年前の時代を代表する千葉県市原市の地層を国際的な基準地にするよう国際組織に申請した.来年にかけて,地球の磁気が反転した証拠をとどめる同時代の地層として,イタリアの強力なライバルと競い合うことになるという.申請された時代名は「チバニアン」 (Chibanian) であり,もし認められれば,日本由来の地質時代の名前としては初めてのものになるという.
 「チバニアン」を「ラテン語で「千葉の時代」」と注釈をつけている新聞記事があった.この注釈に少なからぬ違和感を感じたので,その違和感の所在をここに記しておきたい.
 「チバ」 (Chiba) の部分と「ニアン」 (-nian) の部分に分けて論じよう.まず,最初に第2要素「ニアン」 (-nian) から.-nian は,確かに起源としてはラテン語の形容詞語尾に遡るとは言える(厳密には,最初の n は先行する語幹に属するものと考える必要があるが).しかし,本当のラテン語であれば -nian で終わることはありえず,性・数・格に応じた何らかの屈折語尾が付加して,-nianus や -niana などとして現われるはずである.しかし,そのような語尾がないということは,-nian で終わる語形は,ラテン語としての語形ではないということになる.それは現代ヨーロッパ語の語形であり,諸事情から国際語としての英語の語形と考えるのが妥当だろう.-nian は,歴史的にはラテン語に由来するということができても,新語が作られた現代の共時的観点からは,ラテン語に属しているとは言えず,おそらく英語に属しているというべきだろう.「ラテン語で「千葉の時代」」という注釈は,歴史(語源・由来)と共時態の事実(現在の所属)を混同していることになる.
 「チバニアン」をラテン単語とみなすことの違和感は,「シーチキン」などの和製英語を英単語とみなす違和感と同一のものである(「#1624. 和製英語の一覧」 ([2013-10-07-1]) を参照).「シー」 (sea) も「チキン」 (chicken) も,歴史的には明らかに英語由来の単語である.しかし,それを組み合わせた「シーチキン」 (sea chicken) は,いかに英単語風の体裁をしているにせよ,(英語へ逆輸入されない限り)英語の語彙には存在しない以上は日本語の単語と言わざるを得ない.起源は英語であっても,現在の共時的な所属は日本語なのである.
 次に,第1要素の「チバ」 (Chiba) について.こちらは,-nian と異なり,歴史的にも現在の共時態としてれっきとした日本語の単語であると言い切ってよさそうだが,必ずしもそうではないと議論することは不可能ではない.歴史的に日本語であるということに異論はないが,今回の造語の背景,すなわち国際的な地質学に供するという目的をもった文脈を考慮すれば,それは世界の一角を占める地名としての「チバ」を指すに違いない.命名者の日本人研究者や(私を含めて)多くの日本人は,日本の地名としての「千葉(県市原市)」を意識するに違いないが,世界に受け入れられたあかつきには,むしろ受け入れられたというその理由により,「チバ」は世界の地名となるだろう.地名は,世界に開かれたものとしてとらえるとき,たとえその語源や語形成が明らかに○○語のものだったとしても,共時的には○○語のものではないと論じることができそうである.では,○○語ではなく何語の単語なのかといえば,よく分からないのだが,ある種の普遍語の単語と述べるにとどめておきたい.固有名詞は特定の言語に属さないのではないかという問題については,「#2212. 固有名詞はシニフィエなきシニフィアンである」 ([2015-05-18-1]),「#2397. 固有名詞の性質と人名・地名」 ([2015-11-19-1]) を参照されたい.
 以上より,「チバニアン」 を構成すると考えられる2つの要素のいずれについても,共時的な観点からは,「ラテン語である」とは決して言えない.なお,この新聞記者に目くじらを立てているというよりは,違和感を説明しようとして考えたことを文章にしてみただけである.卑近な話題で言語学してみたということで,あしからず.
 結局のところ,「チバニアン」は英語なのだろうか,そうでなければ何語なのだろうか・・・.

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