篠田謙一氏による近刊書『人類の起源』(中公新書)を読んでいる.人類学 (anthropology) は言語学の隣接分野の1つでもあり関心を寄せているが,アフリカなどで化石人骨が発見されるたびに人類史が書き換わる様を目の当たりにして,なんとスピード感のある分野なのだろうと思っている.
篠田 (174) では,アジア人の起源を探る章で,「言語とゲノム」の関係について議論が展開されている.その一部を引用する.
二〇〇九年には,東南アジアから北東アジアにかけての現代人集団のゲノムデータが解析され,アジアの集団の遺伝的な分化は基本的に言語集団に対応していることが示されています.〔中略〕同じ言語集団に属する人びとは似たような遺伝的な構成をしているということを表しています.婚姻は基本的には同じ言語グループの中で行われますから,当然の結果でしょう.分化のもっとも重要な要素は言語であり,それが集団の遺伝的な構成を規定しているのです.
この引用にあるように,遺伝と言語に基づく集団の分布が一致しているという指摘は,おそらく多くの読者にとって直観と常識に見合うために,すんなりと受け入れられるものだろう.しかし,私にとって,このストレートな指摘は,なかなかショッキングだった.遺伝,人種,言語の関係について,単純に結びつけることに懐疑的であり抵抗があるからだ.
社会言語学では,言語とその他の種々のパラメーターは,相関関係にあることは多いものの,絶対的な結びつきはないということが説かれ,しばしば強調される.社会言語学は,ある意味では,言語と他のパラメーターの関係は直観・常識とは完全にイコールではないので,盲目的にイコールで結びつける言説とは距離を置け,と主張する分野でもあると私は考えている.このような立場からすると,上記の結論はあまりにストレートで,オッと身構えてしまうわけだ.
ただし,あいにく「遺伝」について門外漢である私が何か言えることがあるかと問われれば,残念ながらない.ここでは,関連する以下の記事を指摘するにとどめたい.
・ 「#2838. 新人の登場と出アフリカ」 ([2017-02-02-1])
・ 「#2841. 人類の起源と言語の起源の関係」 ([2017-02-05-1])
・ 「#2844. 人類の起源と言語の起源の関係 (2)」 ([2017-02-08-1])
・ 「#2872. 舌打ち音とホモ・サピエンス」 ([2017-03-08-1])
・ 「#3146. 言語における「遺伝的関係」とは何か? (1)」 ([2017-12-07-1])
・ 「#3593. アングロサクソンは本当にケルトを一掃したのか?」 ([2019-02-27-1])
・ 「#1871. 言語と人種」 ([2014-06-11-1])
・ 「#3599. 言語と人種 (2)」 ([2019-03-05-1])
・ 「#3810. 社会的な構築物としての「人種」」 ([2019-10-02-1])
現時点での私のまとまらない考えを言語化すると次のようになる.遺伝と言語の相関関係は,直観・常識のみならず科学的にも濃密のようである,しかし絶対的なイコール関係ではない.
・ 篠田 謙一 『人類の起源 古代DNAが語るホモ・サピエンスの「大いなる旅」』 中公新書,2022年.
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