hellog〜英語史ブログ

#2063. 長母音に対する制限強化の歴史[drift][vowel][phonetics][meosl][homorganic_lengthening][shocc]

2014-12-20

 「#2052. 英語史における母音の主要な質的・量的変化」 ([2014-12-09-1]) で,Görlach による英語史における母音変化を概観した.母音変化の歴史に一貫してみられる潮流として,Ritt は「#1402. 英語が千年間,母音を強化し子音を弱化してきた理由」 ([2013-02-27-1]) でみたように強化の歴史を唱えているが,別の角度から,もう1つの標記に掲げた潮流が指摘できるかもしれない.
 池頭 (128--29) は,中尾 (117--42, 142--51) を参照しながら,英語史における母音の主要な長化と短化を,時代ごとに以下のように整理している(古英語から中英語にかけての変化については,「#2048. 同器音長化,開音節長化,閉音節短化」 ([2014-12-05-1]) も参照).

〈古英語期〉
(1) 同器性長化 (Homorganic Lengthening)
  gōld, lāmb, fīndan 'find' lāng
〈中英語期〉
(2) 開音節長化 (Open Syllable Lengthening)
  bāke mēte 'meat' hōle lōve < OE lufu week < OE wike
(3) 母音接続長化 (Hiatus Lengthening,フランス借入語)
  gīant < giant pōet < poet
〈初期近代英語期〉
(4) 無声摩擦音前位置長化 (lengthening before voiceless fricatives)
  (/a/, /ɔ/ ___ [f, s, θ]) blāst mōss stāff sōft bāth clōth

〈古英語期〉
(5) 3子音前位置短化 (shortening before three consonants)
  godspell deoppra 'deeper' wundrian 'wonder'
(6) 2子音前位置短化 (shortening before two consonants, 重子音を含む)
  fifta 'fifth' sohte '(he) sought' læssa 'less'
(7) 3音節短化 (Trisyllabic Shortening)
  laferce 'lark' halidæġ 'holiday' emetiġ 'empty'
〈中英語期〉
(8) 同器性短化 (Homorganic Shortening)
  land wind enden 'end'
(9) /u:/-短化 / ___ [x, v, m]
  ruf < rōugh 'rough' plume < plūme 'plum'
〈初期近代英語期〉
(10) 短子音前短化 (shortening before a single consonant)
  breath dread blood good cloth
(11) 開音節短化 (Open Syllable Shortening)
  heavy weapon pleasant seven
(12) 2音節短化 (shortening in two syllabic words)
  nickname < ēkename breakfast twopence


 母音の長化と短化の歴史をこのように整理した上で,池頭は,短化が長化よりも多く観察される点,一度長化したものがのちに短化を受ける例がある点を指摘した.英語史全体としてみると,短化が優勢であり,長化に対する制限が強まってきたという潮流が感じられる.池頭 (129--30) 曰く,

古英語以来、英語では長い母音に対する文脈上の制限が強まっていると考えられる。古英語初期には二重母音であっても長・短が存在し、長母音が出現する環境も特に制限されていなかった。ところが早い時期に長二重母音が姿を消し、続いて3子音の前位置において長母音を許さなくなり((5)3子音前位置短化)、引き続き2子音前でも長母音が生起できなくなった((6)2子音前位置短化)。初期近代英語期に入ると短子音の前でも短化が起こった((10)短子音前短化)。語全体の音節構造に関するものでは、古英語期に語末から3音節目で長母音が許されなくなり((7)3音節短化)、初期近代英語期に入って2音節語の語末から2音節目(第1音節)でも短化が起こった((12)2音節短化)。全体としては、古英語期にかなり長母音に対する制限が強まったと考えられる。


 上記は大局的な英語音韻史観ともいえるが,ではなぜそのような潮流が見られるのだろうか.これは英語音韻史の究極的な課題だろう.

 ・ 池頭(門田)順子 「"Consonant cluster" と音変化 その特異性と音節構造をめぐって」『生成言語研究の現在』(池内正幸・郷路拓也(編著)) ひつじ書房,2013年.127--43頁.
 ・ 中尾 俊夫 『音韻史』 英語学大系第11巻,大修館書店,1985年.

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