「#1361. なぜ言語には男女差があるのか --- 征服説」 ([2013-01-17-1]) 及び「#1362. なぜ言語には男女差があるのか --- タブー説」 ([2013-01-18-1]) に引き続き,Trudgill の最も有望とみる仮説を紹介する.英語圏で行なわれた多くの社会言語学調査によれば,女性は男性に比べてより標準的な変種を好むという傾向がみられる.
1例として,Detroit で行なわれた多重否定 (multiple negation) の調査を挙げる.一般に,現代英語において I don't wanna none のような多重否定は非標準的な語法とされる(「#549. 多重否定の効用」 ([2010-10-28-1]) ,「#988. Don't drink more pints of beer than you can help. (2)」 ([2012-01-10-1]) を参照).階級別では,上流階級ほど標準的な語法を選択するために多重否定が避けられるだろうと予想され,実際にその通りなのだが,同一階級内で比べると,女性のほうが男性よりも多重否定が避けられる傾向が明らかに見られた.Trudgill (70) より,多重否定の使用率を再現しよう.
| Upper Middle Class | Lower Middle Class | Upper Working Class | Lower Working Class |
Male | 6.3 | 32.4 | 40.0 | 90.1 |
Female | 0.0 | 1.4 | 35.6 | 58.9 |
次に,Trudgill (71) に要約されている,Detroit の黒人の non-prevocalic /r/ に関する調査もみてみよう.「#406. Labov の New York City /r/」 (
[2010-06-07-1]) で話題にしたのと同様に,Detroit でも non-prevocalic /r/ は威信のある発音とみなされている.ここでも,女性はより威信のある,より標準的とされる rhotic な発音を選ぶ傾向があることがわかる.
| Upper Middle Class | Lower Middle Class | Upper Working Class | Lower Working Class |
Male | 66.7 | 52.5 | 20.0 | 25.0 |
Female | 90.0 | 70.0 | 44.2 | 31.7 |
もう一つ,Norwich における -
ing の発音に関する調査を見ておこう.そこでは,標準的な -
ing と非標準的な -
in' の対立が確認されるが,以下は非標準的な異形態の生起率である (Trudgill 71) .
| Middle Middle Class | Lower Middle Class | Upper Working Class | Middle Working Class | Lower Working Class |
Male | 4 | 27 | 81 | 91 | 100 |
Female | 0 | 3 | 68 | 81 | 97 |
ほかにも,ロンドン英語で特徴的な,非標準的とされる声門閉鎖音 (
butter などの [t] の代用として)の生起率は,女性では相対的に低いということが知られている.
いずれの場合においても,概して女性のほうが男性よりもより標準的とされる言語項目を選ぶ傾向が確認される.昨日の記事「#1362. なぜ言語には男女差があるのか --- タブー説」 (
[2013-01-18-1]) で取り上げたコアサティ語 (Koasati) の事例とあわせて,広く女性の言語行動には,標準や規範を遵守しようとする傾向,すなわち保守主義が観察されるといえよう.だが,それはなぜなのだろうか.その議論は,明日の記事で.
・ Trudgill, Peter.
Sociolinguistics: An Introduction to Language and Society. 4th ed. London: Penguin, 2000.
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