hellog〜英語史ブログ

#1504. 日本語の階層差[japanese][sociolinguistics][variation][link]

2013-06-09

 階級による英語の言語的な差異については,例えば次の記事で扱ってきた.
 
 ・ 「#1359. 地域変異と社会変異」 ([2013-01-15-1])
 ・ 「#1481. カンナダ語にみる社会方言差と地域方言差の逆ピラミッド」 ([2013-05-17-1])
 ・ 「#1370. Norwich における -in(g) の文体的変異の調査」 ([2013-01-26-1])
 ・ 「#406. Labov の New York City /r/」 ([2010-06-07-1])
 ・ 「#1371. New York City における non-prevocalic /r/ の文体的変異の調査」 ([2013-01-27-1])
 ・ 「#1363. なぜ言語には男女差があるのか --- 女性=保守主義説」 ([2013-01-19-1])
 ・ 「#1203. 中世イングランドにおける英仏語の使い分けの社会化」 ([2012-08-12-1])
 ・ 「#1292. 中英語から近代英語にかけての h の位置づけ」 ([2012-11-09-1])

 現代日本語では階級による言語の差異が明確にはみられないので,英語での差異について直感的に理解しにくいが,明治以前には日本語にも階級差が明確に存在した.『新版日本語教育事典』 (468) より,関連する箇所を引用する.
 

士農工商という身分制度が存在した江戸時代には,日本語も同様であった。福沢諭吉は『旧藩情』(1877) のなかで,旧中津藩において士農商のことばにはっきりした差異があったことを,具体例を挙げて記述している。さらに,このような言語の変異は身分の違いに起因するものであり,このような状況は,他藩でも同じだろうとも述べている。〔中略〕日本語の社会階層差は,明治時代に入り,いわゆる身分制度が廃止された後も,教育・職業などによることばの違いとして存続してきた。/近世・近代に比べると,高学歴化が進み,階層が固定的でなくなった現代では,社会階層間の格差の現象を反映して,日本語の階層による違いも,小さくなってきているといえよう。しかし,音声上の諸特徴,使用する語彙の選択,表現の方法などから,話者の職業などをある程度特定することは可能である。


 青空文庫より『旧藩情』を参照したところ,例えば「見てくれよ」というのに,上士は「みちくれい」,下士は「みちくりい」,商人は「みてくりぃ」,農民は「みちぇくりい」の如く変異を示したという.
 同じく『日本語学研究事典』 (176) より引用.

【階層差】宮廷・貴族の言葉と庶民の言葉、武家の言葉と町人の言葉など、身分・階級によって、言葉の様相に大きな差異がみられる。落語の『たらちね』は、宮仕えをしていた公家の娘を妻に迎えた、長屋住まいの八五郎夫婦の言葉の行き違いを描いたものであり、『八五郎出世』には、殿様の側室になった妹を訪ねた八五郎が武家言葉に戸惑うおかしみが描かれている。こうした、言語の階層差には、かつてイギリスやロシアの貴族社会ではフランス語が使われていたというような極端な例もある。江戸時代、各藩の武家社会の言葉は、「ご家中言葉(家中語)」などと呼ばれたが、そこには、改易や移封によって、地域住民の言葉とは全く別の地域の言語が行なわれていることが珍しくなかった。また、武家の女性たちの用いる、上品な言葉遣いは「お屋敷言葉・大和言葉」などと呼ばれ、庶民の言葉の純化に貢献した。例えば上田万年・保科孝一らの「東京の中流社会の言葉」をもとにして標準語を作ろうといった言説にも見られるように、言語に上流・中流・下流などの階層差を意識する傾向は、かなり強く残っている。


 明治以前の日本語でも,現在のイングランドの場合と同様に,上層の階級では地域による変異が小さいが,下層では変異が大きいピラミッド構造を示す([2013-01-15-1]の記事「#1359. 地域変異と社会変異」の図を参照).ただし,部分的にその逆のパターンを示すカンナダ語のような例があることは,「#1481. カンナダ語にみる社会方言差と地域方言差の逆ピラミッド」 ([2013-05-17-1]) で触れたとおりである.

 ・ 『新版日本語教育事典』 日本語教育学会 編,大修館書店,2005年.
 ・ 『日本語学研究事典』 飛田 良文ほか 編,明治書院,2007年.

Referrer (Inside): [2013-07-31-1]

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