hellog〜英語史ブログ

#701. 接頭辞 sur-[prefix][etymology]

2011-03-29

 国立新美術館シュルレアリスム展―パリ、ポンピドゥセンター所蔵作品による―を見に行った.surrealism ( Fr. surréalisme ) は1920年代にフランスの詩人 André Breton (1896--1966) を中心に起こった20世紀最大の芸術運動で,思考の原初的な姿へ回帰すべく,夢の世界など意識の底に潜むイメージを重視した.
 接頭辞 sur はラテン語 super / suprā ([2010-04-12-1], [2010-04-14-1]) に対応し,「超えて,上に」を意味する(古仏語形 so(u)r から後の sur への発展は,類義の副詞 sus との contamination によるものとされる [ Perret, p. 156 ] ).和訳として「超現実主義」が当てられているが,一般には「シュルレアリスム」で通っている.日本語の「シュールな」はこの語が起源.「シュルレアリスム」という日本語発音・表記はフランス語の原音 /syrrealism/ に基づいたもので,英語の /səˈrɪəlɪzm/ に基づいているものではない.JReK で6種類のカタカナ表記の揺れを調べてみたところ,ヒット数の多い順に「シュルレアリスム」 (49500),「シュールレアリズム」 (7970),「シュールレアリスム」 (7340),「シュルレアリズム」 (3390),「シュールリアリズム」 (2060),「シュルリアリズム」 (18) だった.Breton (1924) の Manifeste de surréalisme 『シュルレアリスム宣言』を邦訳した巖谷國士は「シュールな」という省略表現が現われたときには憤慨したという.また,「レアリズム」と英語風に「ズ」と濁らせるのも素人ぽいようで,やはり「シュルレアリスム」が日本語としての模範的な発音と考えてよさそうだ.(フランス語と英語をごたまぜにして「シュールレアリズム」と発音していた私などは,素人もいいところだ.)
 さて,「超」を意味するフランス語の接頭辞 sur- は,前述のようにラテン語 super / suprā の中間子音 /p/ が弱化して消失した形である.ある意味でそのまま日本語にまで入ってきた接頭辞として珍しいが,英語ではこれを接頭辞にもつフランス語彙の借用は珍しくない.列挙しよう.

surcharge, surface, surfeit, surge, surmaster, surmise, surmount, surname, surpass, surplice, surplus, surprise, surrender, surround, surtax, surtout, surveillance, survey, survive


 surge (ラテン語 sur- + regere "to rule" に由来)を基体とすれば,insurgency, insurgent, insurrection, resource, resurge, resurgence, resurgent, resurrect, resurrection, source, surgy など,さらに word family が広がる ( see スペースアルクの語源辞典 ) .注意すべきは,surreptitious 「秘密の」である.これは接頭辞 sub- の /b/ が直後の音に同化して /r/ となったもので,むしろ「下に」を意味するので要注意だ.surrogate も同様に sub- に由来する.
 現代英語の語形成では,[2010-06-21-1]で見たとおり,先祖返りしたというべき super- の生産性のほうが高いが,sur- の遺産はなかなか大きい.
 英語の surrealism の初出は1927年.世界中に旋風を巻き起こした芸術運動は,21世紀の感性と創作にも大きく影響を与え続けている.

 ・ Perret, Michèle. Introduction à l'histoire de la langue française. 3rd ed. Paris: Colin, 2008.

Referrer (Inside): [2011-04-05-1]

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