昨日の記事「#1072. 英語は言語として特にすぐれているわけではない」 ([2012-04-03-1]) で引用した中村著『英語はどんな言語か 英語の社会的特性』に再び拠って,「英語による他言語侵略の背景的状況ときっかけとなった要因」 (136--37) を一覧してみたい.
(1) 歴史的大状況として,14・15世紀頃から,ヨーロッパ人の目を海外に向けさせた社会的・経済的な状況.(例えば,香辛料確保のためのオランダのインド航路発見など.)
(2) 歴史的中状況として,イギリスがヨーロッパの列強に対抗する力をつけなければならなかった状況.
(3) 歴史的小状況として,英語が社会的地位を約束し,金を生み出す言語となった状況.
(4) 侵略を正当化した有色人種蔑視の民族観と,有色人種言語蔑視の言語観.それを支えた神学上のイデオロギー.
(5) 英語による他言語侵略の戦略として.
1. 軍事侵略
2. 経済侵略(貿易の拡大)
3. 宣教師による教化活動
4. 「併合法」などの法律による英語の公用語化
5. イングランドの(司法・行政・立法上の)社会システムの持ち込み
6. 英語の教育用語化
7. 現地語(民族語)の蔑視
(6) 戦略を支える現代的状況
1. 都市化により,都市への人口流入(民族語を維持してきたコミュニティーの解体)
2. (テレビなどの)マスメディアの発達
一覧には英語そのものの言語的な特徴は一切含まれておらず,いずれも軍事,経済,宗教,法律,教育,思想,通信,都市化といったマクロで社会的な要因である.いずれの点も,英語が他言語を侵略しながら自らの勢力を伸長させてきた間接的な要因であり,相互に複雑に関係している.
上記の (5) を,別の形でまとめたのが次の一覧である (17) .これは英語が英国内の他言語 (Welsh や Scottish Gaelic) を侵略してきた典型的なパターンだが,基本的には世界中の他言語の侵略についても当てはまるとしている.
1. 軍事征服と英語の共通語化
2. 法律の施行とケルト語の蔑視
3. 教育政策と英語の共通語化
4. 工業化と英語の共通語化
中村の論は,英語帝国主義に断固として反対する立場なので,このような一覧は英語の発展を全体としてネガティブにとらえたもののように映る.英語の発展の光と影でいえば,影の部分にのみ焦点を当てている歴史観といえるだろう.もちろん光の部分も正当に評価する必要がある.しかし,光はとかく見えやすい.影は意識的に見ようとしないと見えてこないものである.読者としては,光と影を正当に評価する必要があろう.
・ 中村 敬 『英語はどんな言語か 英語の社会的特性』 三省堂,1989年.
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