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hellog〜英語史ブログ / 2026-09

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2026-09-13 Sun

#6348. B&C の第65節 "The Application of Native Words to New Concepts" (4) --- Taku さんとの超精読会 [bchel][oe][borrowing][semantic_change][christianity][lexicology][latin][loan_word][link][voicy][heldio][anglo-saxon][history][helmate][helwa][loan_translation]



 キリスト教の中核をなす概念を,ラテン語からの借用に頼らず,本来語の意味を巧みに転用することで表現していく.そんな古英語期の言語的創意工夫を物語るテーマを,Baugh and Cable の名著 A History of the English Language, 6th ed. を通じて Taku さんと読み進める「超精読会」の最新回でお届けします.
 今朝の heldio 最新回は,「#1932. 英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む (65-4) with Taku さん --- helwa 北千住オフ会より」です.今回もナビゲーターは,helwa/heldio ではお馴染みの Taku さんこと金田拓さん(帝京科学大学)が務めてくださいました.
 今回は前回に引き続きキリスト教に関連する動詞や名詞が本来語で表現される例が挙げられています.具体的には「洗礼」「聖餐」「捧げ物」という,キリスト教の教義の核心に触れる単語群です.借用語ではなく,本来語の意味の拡張・応用によってどう表現されたかが読みどころです.
 fullian(清める)から派生した fulluht(洗礼)は,fulluht-bæþ(洗礼盤)や fulluht-fæder(名付け親)など,数々の複合語を生み出しました.また,ゲルマン語本来の hūsl(聖餐)や lāc(捧げ物)が,キリスト教の儀式を指す語として転用されている点も要注目です.異教の語彙が新しい宗教的な意味の器として再利用される --- ここに,古英語話者たちの言語的な戦略が見て取れます.今回精読した英文を以下に掲げましょう (Baugh and Cable, p. 86) .

For baptize (L. baptizāre), the English adapted a native word fullian (to consecrate), while its derivative fulluht renders the noun baptism. The latter word enters into numerous compounds, such as fulluht-bæþ (font), fulwere (baptist), fulluht-fæder (baptizer), fulluht-hād (baptismal vow), fulluht-nama (Christian name), fulluht-stōw (baptistry), fulluht-tīd (baptism time), and others. Even so individual a feature of the Christian faith as the sacrament of the Lord's Supper was expressed by the Germanic word hūsl (modern housel), while lāc, the general word for sacrifice to the gods, was also sometimes applied to the Sacrifice to the Mass.


 1文ずつ丁寧に読み解いていくこの営みは,地味に見えて,実は英語史のおもしろさの核心に触れる時間でもあります.過去回のアーカイブは「#5291. heldio の「英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む」シリーズが順調に進んでいます」 ([2023-10-22-1]) からたどれます.ご興味を持たれた方は,Voicy のプレミアムリスナー限定配信チャンネル「英語史の輪 (helwa)」へもぜひ.


Baugh, Albert C. and Thomas Cable. ''A History of the English Language''. 6th ed. London: Routledge, 2013.



 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

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2026-09-12 Sat

#6347. 10月3日(土),新潟県三条市で川上さんの英語史の市民講座シリーズ開始 [notice][helkatsu][hel_education][sobokunagimon]


市民ゼミ 受講生募集



 この秋,heldio の人気コーナー「やってます通信」でお馴染みのリスナー川上さんが,地元の新潟県三条市にて,英語史をテーマにした市民講座シリーズを開講されます! 中等教育の現場で長らく英語を教えてきた川上さんが,学校の授業では扱いきれない「なぜ?」を存分に語り尽くす全4回の連続講座です.詳細は,川上さんご自身による告知 note 「三条市にて講座を開講します」にも綴られています.
 全4回の構成は,「数字のなぜ」(第1回・第2回),「複数形のなぜ」(第3回),「人称代名詞のなぜ」(第4回)という,いずれも英語学習者なら一度は素朴な疑問を抱いたことのあるテーマが並びます.身近な単語を糸口に,その背後に横たわる英語史の奥深さへと誘う構成になっており,英語がやや苦手な方から,学び直したい大人まで,幅広く楽しめる内容になること間違いなしです.
 講座は,三条市が「市民ゼミ」と銘打っている企画の一環として開催されるます.概要は以下の通りです.

 ・ 日程:10月3日(土)を皮切りに,隔週で11月14日(土)まで全4回,いずれも土曜日 14:30--16:00 の時間帯.
 ・ 会場:三条市中央公民館 講義室
 ・ 受講料:無料
 ・ 定員:30名(応募多数の場合は抽選)
 ・ お申し込み:市民ゼミ 受講生募集より詳細をご確認下さい.明後日,9月14日(月)締め切りですのでお早めにどうぞ!

 三条市民向けの企画ではありますが,居住地を問わず参加できるとのことです.遠方の方でもお申し込みいただけます.
 実をいうと,今回の講座の趣旨や見どころについては,3日前の heldio の対談回にて,川上さんご本人と,市民講座の経験の豊富な kendama_player さんを交えて,たっぷりお話ししています.heldio 「#1928. この秋,川上さんの英語史講座が三条市で」 にて配信中ですので,講座に関心を持たれた方は,ぜひこちらの対談も お聴きいただければと思います.

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2026-09-11 Fri

#6346. 「英語嫌い」に英語史が効く理由 --- NHK出版デジマガ・動画公開 [notice][nazesantangen][nhkpb][helkatsu][hel_education][youtube][notice]


NHK出版デジタルマガジン「なぜ英語は「不規則」だらけなの? 「英語嫌い」に英語史が効く理由」



 『なぜさんたんげん』にまつわる新しい発信を2件.9月9日(水)と9月10日(木)の両日,NHK出版より,本書と連動した動画およびその動画に基づいたデジタルマガジン記事が公開されました.タイトルはいずれも「なぜ英語は「不規則」だらけなの? 「英語嫌い」に英語史が効く理由」です.動画は全4回の対談形式で構成されており,お相手は千代田区立九段中等教育学校主任教諭の黄俐嘉先生です.
 今回のプロジェクトで特筆すべきは,プロデューサー,コーディネーター,脚本家,動画編集社,記事編集社,広報担当者――そのすべてを,『なぜさんたんげん』の編集を担当してくださった田中菜乃香さんお一人で担ってくださったという点です.八面六臂のご活躍に,著者として深く感謝申し上げます.今回の狙いは,今まさに英語が苦手な方,あるいはかつて「英語嫌い」だった方に,あらためて英語史のおもしろさを届けることにあります.

 動画は全4回に分かれており,以下よりご視聴いただけます(各5分程度).



 デジタルマガジンの記事は,前半・後半の2本立てで公開されています.

 ・ 前半:なぜ英語は「不規則」だらけなの? 「英語嫌い」に英語史が効く理由
 ・ 後半:なぜ go の過去形は went なの? 英語への向き合い方が変わる,英語史という入り口

 なお,来たる10月10日(土)には,朝日カルチャーセンター新宿教室にて『なぜさんたんげん』出版記念講座も予定されています(詳しくは「#6345. 10月10日(土),朝カルで『なぜさんたんげん』出版記念講座」 ([2026-09-10-1]) をご覧ください).今回の動画・記事とあわせて,1人でも多くの「英語嫌い」だった方に,英語史のおもしろさが届きますように!
 関連して,昨日 heldio にて,今回の動画企画の狙いを田中さんと語り合った対談回[[「#1929. 「英語嫌い」に英語史が効く理由 --- NHK出版田中さんとデジマガ・動画公開記念対談」 も配信しています.デジマガ記事・動画とあわせて,ぜひこちらもお聴きください.

 ・ 堀田 隆一 『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』 NHK出版〈NHK出版新書〉,2026年.

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2026-09-10 Thu

#6345. 10月10日(土),朝カルで『なぜさんたんげん』出版記念講座 [asacul][notice][nazesantangen]

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 1ヶ月後の10月10日(土)15:30--17:00,朝日カルチャーセンター新宿教室にて特別講座「英語学習の伏線回収の鍵は「英語史」だった! --- 『なぜさんたんげん』出版記念」を開催します.
 この講座は,今年2026年6月10日にNHK出版新書より刊行された拙著『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』(略称「なぜさんたんげん」)の出版を記念しての開講となります.書籍の刊行から3ヶ月が経過し,すでに多くの方々にお手に取っていただいていますが,このたび朝日カルチャーセンター新宿教室の場をお借りして,皆さんに直接,英語史の魅力を語り尽くす機会を設けることになりました.
 英語を学んでいて「どうしてこんな面倒なルールがあるんだろう」とため息をついたことはありませんか.現代の英語学習者を悩ませる複雑なスペリングや一見不合理に思える文法規則の数々ですが,その歴史をたどると,背後に潜む驚くほど人間臭いドラマが見えてきます.
 本講座では,著書に登場する「妄想モード」や「縦棒地獄」といったキーワードを散りばめつつ,英語史という学問がいかに現代の学習者を暗記の苦しみから救ってくれるか,そしていかに「伏線回収」の快感をもたらしてくれるかを優しく解説します.英語がちょっと苦手な方から,学び直したい大人,そして英語史の沼にすでに片足を突っ込んでいる方まで,どなたでも楽しめる内容です.
 講座の概要は以下の通りです.

 ・ タイトル:英語学習の伏線回収の鍵は「英語史」だった! --- 『なぜさんたんげん』出版記念
 ・ 日時:10月10日(土)15:30--17:00
 ・ 受講方法:教室(新宿)あるいはオンライン (Zoom) の自由選択.2週間の見逃し配信のサービスもあります.
 ・ お申し込み:こちらのページよりどうぞ.
 ・ 特典:会場受講者向け書籍販売およびサイン会あり

 教室で,あるいはオンラインの画面越しに,皆さんとお会いできるのを楽しみにしています.当日ご都合のつかない方も,見逃し配信がありますのでぜひご活用ください.
 『なぜさんたんげん』そのものと同様に,本書のる著者公式の特設ページも充実していますので,よろしくお願いします!


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 ・ 堀田 隆一 『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』 NHK出版〈NHK出版新書〉,2026年.

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2026-09-09 Wed

#6344. 「やり続ける」力としての grit --- 砂利を噛みしめるような不快さを越えて [outreach][etymology][slang][semantic_change]



 英語史の魅力や奥深さを社会に届けるアウトリーチ活動を続けていると,よく「どうすればそんなに毎日更新を続けられるのですか?」と尋ねられることがある.お読みの hellog や Voicy heldio の毎日更新は,私にとって日々のライフワークとなっているが,特別な魔法があるわけではない.まさに「やり続ける」力,英語の俗語でいうところの grit (根性,気骨,ガッツ)に支えられている部分が大きいと感じる.
 以前 heldio で「#569. 「やり切る」よりも「やり続ける」あるいは「ブレない」 --- grit と persistence」と題して話したことがある.この grit という単語の語源と歴史をひもといてみると,興味深い事実が見えてくる.
 grit は古英語の grēot (砂,粗砂,砂利)に遡る古い英単語である.現代でも「粒子の細かい砂利」などを意味するが,ビジネス書や自己啓発書で話題になるような「(苦難に耐える)根性,気骨,ガッツ」という俗語的な意味で使われ始めたのは,19世紀前半のアメリカ英語でのことだ.OED によると,この語義での初出は1808年とされている.
 では,なぜ「砂利」が「根性,気骨」といった精神的な意味を獲得するに至ったのだろうか.とりわけ俗語をめぐる語源学の常として,メタファーやメトニミーによる大きな飛躍を含んだ意味変化の道程を完全に復元することは容易ではないが,いくつかの連想の糸口を考えることができる.
 1つは,動詞としての grit の存在である.「(砂や砂利をかみしめるように)歯をきしらせる,歯ぎしりする」という意味の動詞用法が1718年に初出している.慣用句 grit one's teeth (歯を食いしばる)も,この流れのなかにある.口の中に砂利が紛れ込んだときのあのジャリッとした不快な感覚が想起されるからだろうか,不快な状況や苦難を耐え忍ぶ「根性」へと意味が発展したのではないか,と私は見立てている.そのような不快さを正面から引き受け,それを乗り越えて維持する精神力こそが grit の本質なのではないかと考える.
 学問や教育,あるいは広く知識を社会に開かせるためのアウトリーチ活動は,華やかな側面ばかりではなく,地道で,しばしば砂利を噛みしめるような苦痛が伴う.短期間で一気に「やり切る」ことよりも,多少の不快さや困難があっても長く「やり続ける」こと,ブレずにしつこく persistence を保つことこそが,結果として実を結ぶのではないか.
 昨今は「根性論」というと忌避されがちな風潮もあるが,泥臭い grit を腹に据えておくことは,いつの時代も変わらず重要なことのように思わる.私もこれからも grit を胸に,英語史の魅力をコツコツと発信し続けていきたい.

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2026-09-08 Tue

#6343. write の原義は「引っ掻く,彫る,刻む」 --- タイピングや音声入力でも「書く」? [outreach][etymology][writing][runic][medium]

 昨日の記事 ([2026-09-07-1]) で少し触れ,「#1009. ルーン文字文化と関係の深い語源」 ([2012-01-31-1]) でも言及したことがあったが,英語の基本語 write は「引っ掻く,彫る,刻む」を意味する印欧語根 *(w)rei- に由来すると考えられている.
 ゲルマン人たちが木片や石にルーン文字をガリガリと彫り込んでいた時代の名残が,この英単語の原義に宿っているわけである.興味深いことに,日本語の「書く」も「掻く」と同根とされており,文化は違えど,「文字を記す」という原初体験が「表面を傷つけて痕跡を残す」行為であったことを物語っている 時代とともに書くためのツールは進化し,キリやノミから紙と筆へ,鉛筆やペンへ,さらにはキーボードでのタイピングへと移り変わった.そして現代では,声で文字を打ち込む「音声入力」なる技術まで現われてきている.私自身,英語史のアウトリーチ活動やその他で,日々のもろもろの文章を作成しているが,音声入力の恩恵に浴する機会が増えている.
 ふと立ち止まって考えると,これはなかなか倒錯的な事態である.声を出して入力しているのに,私たちはそれを「書く」と認識し,表現しているのだから.
 手も動かさず,物理的な摩擦すら生じない音声入力のどこに write の要素があるのかという疑問が湧かないわけでもないが,ツールが変われど「書き言葉」として思考を結実させる過程の本質は変わらない.口頭で吹き込んだ粗削りな言葉から始めるにせよ,それを推敲し,読者に届く文章へと研ぎ澄ましていく作業は,やはり一筋縄ではいかないものだ.
 文明の利器によって書く際に「引っ掻く」 物理的な苦労からは解放された現代の私たちであるが,いざ思考を研ぎ澄まして何かを write しようとするとき,結局のところ頭を掻きむしるような苦悶と向き合い続けている.人間が書く行為の歴史の皮肉であり,おもしろさでもある.

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2026-09-07 Mon

#6342. 2026度の朝カルシリーズ講座の夏期の第2回(8月回)「riddle を探って古英語原文の世界へ」のまとめ [asacul][notice][kdee][hee][etymology][hel_education][helkatsu][oe][oe_text][anglo-saxon][riddle][kochushoho][alliteration][oe_poetry][metanalysis][trish][rune][ruthwell_cross][alliteration]

 8月22日(土)に,朝日カルチャーセンター新宿教室にて今年度の夏期第2回(シリーズ通算第17回)となるオンライン講座を開講しました.テーマは「riddle を探って古英語原文の世界へ」です.「歴史上もっとも不思議な英単語」シリーズの一環として,現代英語で「なぞなぞ,謎」を意味する riddle を手がかりに,英語の読み書き文化の起源と古英語の詩の世界を受講者の皆さんと探訪しました.参考テキストには,引き続き市河三喜・松浪有(著)『古英語・中英語初歩〈新装復刊〉』(研究社,2026年)を活用しました.
 講座の前半では,まず riddleread の語源的な深いつながりと語誌に迫りました.両語は同根であり,印欧祖語の *ar(ə)- (合 わせる,整える)に遡ります.古英語の名詞 rǣdels は「助言,考慮,解釈,推測」など実に多義的でした.形態論の観点からは,本来語幹の一部だった末尾の -s が複数形語尾と勘違いされて脱落した「異分析」 (metanalysis) や,派生に伴う母音変化(3音節短化)の事例を確認しました.また,関連語として write (原義は「彫る,刻む」)や book (ブナの木 beech に由来),ゲルマン人の「彫る文字」であるルーン文字 (rune) やスコットランドの Ruthwell Cross の石碑銘文の話題を掲げ,かつてゲルマン人にとって文字を書く行為が物理的な「刻み込み」であり,読む行為が「意味を推測・解釈する」という精神的な営みであったことを浮き彫りにしました.
 講座の後半では,古英詩の形式的特徴である2つの半行構造と「頭韻」 (alliteration) の規則について解説した上で,アングロサクソン人が愛好した「謎詩」 (riddle) というジャンルに焦点を当てました.具体的には『古英語・中英語初歩』の pp. 122--23 に収められている「本の虫,シミ」 (Bookworm, Riddle XLVII) の古英語原文を読解しました.「蛾が言葉を喰らったが,その言葉を飲み込んだところで少しも賢くはならなかった」という,書物の物質性と知恵の受容をめぐるアングロサクソン流のアイロニーとユーモアが効いた作品です.
 次回,夏期クールの最終回(第3回)は,9月26日(土)に「through を探って中英語原文の世界へ」と題して開講されます.かつて516通り以上の綴字が存在したこの単語を軸に,中英語の原文を覗いてみます.
 また,10月10日(土)には特別講座「英語学習の伏線回収の鍵は「英語史」だった! --- 『なぜさんたんげん』出版記念」も予定されています.こちらの特別講座の詳細・お申し込みは朝カルの公式ページよりどうぞ.

 ・ 市河 三喜,松浪 有 『古英語・中英語初歩〈新装復刊〉』 研究社,2026年.
 ・ 唐澤 一友・小塚 良孝・堀田 隆一(著),福田 一貴・小河 舜(校閲協力) 『英語語源ハンドブック』 研究社,2025年.
 ・ 寺澤 芳雄(編集主幹) 『英語語源辞典』新装版 研究社,2024年.
 ・ 堀田 隆一 『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』 NHK出版〈NHK出版新書〉,2026年.

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2026-09-06 Sun

#6341. ha'penny 「半ペニー」 --- ダブリンの Ha'penny Bridge より [tabihel][dublin][ireland][gvs][sound_change][wellington]


Ha'penny Bridge, Dublin



 早朝ダブリンの Liffey 川に架かる Ha'penny Bridge を渡ってみた.最初の語は /ˈheɪp(ə)ni/ と発音する.正式名称は Liffey Bridge というが,架橋当初の名は,先日の記事「#6337. 英語史上の Arthur Wellesley Wellington --- ダブリンの Wellington の生家と記念塔を眺めて」 ([2026-09-02-1]) で取り上げた,あの Wellington にちなんだ Wellington Bridge だった.竣工は1816年.イングランドの Coalbrookdale で鋳造された橋で,当時この地点を往来していた渡し舟に代わるものとして架けられた.
 この橋が Ha'penny Bridge と呼ばれるようになったのは,渡橋に半ペニーの通行料が課されたことに由来する.渡し舟の運賃と同額の料金を橋の利用者にも課すことで,渡し舟業者への補償としたのだという.この通行料の徴収は,実に1919年まで100年以上にわたって続けられた.今では毎日のべ3万人がこの橋を渡っているというダブリンを代表する橋で,正式名称よりも,日々の暮らしに根ざしたこの俗称のほうが,今日まで広く定着しているというのも頷ける.現在の橋は2001年に修理されたものだが,橋の北詰のたもとには竣工の1816年をしっかりと刻んだ銘板が掲げられている.


Plaque at the north end of the Ha'penny Bridge, Dublin



 さて,halfpenny という語は,古英語にまで遡る複合語で,早くも halpenige のような形で1語として認識されて使われていたようだ.これをもとにした複合語として,その価値・相当額を表す halfpennyworth なる単語もあり,古英語では healfpenigwurð のような綴字で用いられている.
 橋の名前の綴字 ha'penny に見えるアポストロフィは,前半要素 half の音変化の履歴を物語っている.方言によって細部は異なり,変化の順序を厳密に確定することは難しいものの,おおよそ /half/ > /haʊf/ > /haːf/ > /haː/ > /hɛː/ > /heː/ > /heɪ/ というような経路が想定される./aː/ 以降の母音変化は,いわゆる「大母音推移」 (gvs) に沿った規則的な変化である.そして,語末における子音群 /lf/ の脱落が綴字上に反映されたのが,まさにこの橋の名に見える ha'penny というスペリングである.
 こうした縮約は halfpenny に限った現象ではない.twopence /ˈtʌp(ə)ns/ や threepence /ˈθrɛpns/ のように,日常的に用いられる少額硬貨を表わす語にも,同様の発音上の縮約がしばしば見られる.使用頻度の高い語ほど,発音が摩耗しやすいという,英語史における一般的な傾向の例である.
 小さな歩行者橋の名前の背後に,かつての渡し船の運賃,Wellington の名の記憶,そして音韻史が折り重なっている.明日も明後日もこの橋を渡ることにしよう.

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2026-09-05 Sat

#6340. start の原義はただ「始める」のではなく「急発進」 --- 私のアウトリーチ活動はいつでも急発進だった [outreach][helkatsu][etymology][synonym]

 英語史を広める活動,「hel活」 (helkatsu) を展開してきた私自身の経緯を振り返ってみると,「始める」ことの難しさを何度となく実感してきた.
 「始める」を表わす英単語はいくつかあるが,基本語でいえば beginstart の2つがすぐに思い浮かぶ.両語とも古英語でも使われていた生粋の本来語である.ただし,両語が担ってきた語義は当初から異なっていた.「始める」という意味の座を,古くから一貫して占めてきたのは begin のほうである.古英語の動詞 beginnan は,接頭辞 be- と動詞 ginnan 「始める」が組み合わさったもので,接頭辞の機能は当時すでに弱まっており,中立的かつ一般的な「始める」を表わす語として,古英語から現代英語に至るまで安定的に用いられてきた.
 一方の start は,古英語の動詞 styrtan に遡るが,その原義は「始める」ではなかった.もともとは「跳ねる,急に飛び出す,勢いよく動く」を意味する語だった.遡れば印欧祖語の語根 *ster- "stiff" に行き着き,原義は「硬直した,こわばった」である.この語根を共有する他の英単語としては stare, stark, starve など,確かにこわばった語感のものが多い.start は,こわばって固まっていたものが,急に弾け出るイメージの動詞だったようだ.
 start の「急発信」と結びつけられる語義は,現代英語の慣用表現のなかにも残っている.たとえば I started at the sound of thunder. 「私は雷の音にぎくっとした」や She started to her feet. 「彼女はさっと立ち上がった」において,start は急発進のイメージを示している.時代とともに「急」の意味が背景化してきたことは確かだが,今でもこのような表現をみれば原義を思い起こすことができるだろう.なお,関連語 startle「飛び上がらせる,びっくりさせる」も急発進の原義のイメージを現代にまで伝えている.
 学術アウトリーチ活動は,「始めよう」と身構えすぎると,かえって始められないものだと,つくづく思う.考えてみれば,hellog や heldio を始めたときも,事前にあれこれ準備をし,用心を重ねてから始めようとしていた.しかし,十分すぎる準備などそもそも得られないものだ.結局のところ,傍から見ても,自分自身の感覚としても,あれは begin というより start,すなわち「急発進」,もっといえば「見切り発進」だったと思う.
 アウトリーチ活動には,ある程度の準備や計画はもちろん必要だろう.けれども振り返ってみて思うのは,物事は結局のところ「急発進」でしか始まらないものなのではないか.とりわけ新しい一歩を踏み出す挑戦において,覚悟や勇気が求められる場面においては,begin ではなく start にならざるを得ない.Let's begin! ではなく,Let's start! と言っておきたい.

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2026-09-04 Fri

#6339. reward 「見返り」が生じるのは,他の誰かが好意的に「見なす」 (regard) から --- 2重語の例 [outreach][helkatsu][etymology][semantic_change][doublet][french]

 英語史を広めるアウトリーチ活動を展開しているが,その「見返り」は何か.もちろん,英語史がお茶の間に広がっていくことが,そのまま私にとってのご褒美となるのだが,それは中長期的な話しである.短期的にはどうだろうか.あるいは,より個人的な報酬は得られるのか.この問題と関連して,今回は「報酬,報い,見返り」を意味する英単語 reward に注目してみたい.
 reward の語源を遡ると,この語はまったく意外な単語と2重語 (doublet) の関係にあることに気づかされる.その相手とは,regard 「見なす,評価する」である.すなわち,起源をたどれば同一の語幹に行き着くにもかかわらず,別々の経路を通って中英語期に個別に借用され,異なる形態・意味に分化した2語である.具体的には,regard は中央フランス語から,reward はノルマン・フランス語から中英語期に,(部分的には関連づけられながらも)それぞれ独立して英語へ入ってきた.
 形態的な分化の背景には,ノルマン・フランス語と中央フランス語のあいだの音対応がある.ノルマン方言はゲルマン語的な /w/ 音をよく保持していたのに対し,中央フランス語ではこれが /g/ 音へと変化した.同じ対応は warguerrilla (「戦争」を意味するフランス語 guerre に指小辞のついたもの)や,wardguard (いずれも「守衛」)の対にも見て取れる.英語は,この2つのフランス語方言由来の語形をしばしば両方とも取り込み,意味を分化させることで語彙を豊かにしてきた.
 では,意味の方はどう分かれていったのか.いずれの語も動詞と名詞の用法があるが,regard は動詞としてはほぼ原義通り「じっくり見る,見なす,評価する」という語義を保持してきた.一方,reward は名詞として,まず「見なし,評価」を意味したが,そこから「好意的に」というプラスの価値観が付け加わった.意味の良化 (amelioration) の例といってよい.さらに,「好意的な見なしに対するご褒美」,つまり「報い,報酬」へと意味の特殊化 (specialisation) も経た.今日私たちが「見返り」と呼んでいるものの原義は,突き詰めれば「好意的なまなざしを向けられること」だったのである.日本語の「見+返る」と英語の「re- + ward/gard」の語形成もとてもよく似ている.
 この語源をアウトリーチ活動に重ねてみると,なかなか示唆に富む.アウトリーチ活動における reward 「見返り」とは,本来,金銭的な対価というより,「好意的に見なされること」それ自体だったのではないか.今日の私たちが身近に受け取っている「見返り」は,考えてみれば,日々の SNS 上の「いいね」なのかもしれない.この語源に照らして考えれば,reward の本質は「どう見なされるのか」にこそある.

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2026-09-03 Thu

#6338. 英語史上の Horatio Nelson --- ロンドンと今はなきダブリンの「ネルソンの柱」に思いを馳せて [dublin][ireland][london][nelson][tabihel][history]


Nelson's Column, Trafalgar Square, London



 昨日の「#6337. 英語史上の Arthur Wellesley Wellington --- ダブリンの Wellington の生家と記念塔を眺めて」 ([2026-09-02-1]) に続き,本日もナポレオン戦争がらみの話題を1つ.イギリス軍のもう1人の英雄,ネルソン提督こと Horatio Nelson (1758--1805) を取り上げたい.Wellington が陸戦で勝利をイギリスにもたらした軍人として英語史上に象徴的に位置づけられるのだとすれば,海戦でいち早くイギリス軍に勢いをつけた Nelson もまた,同じように位置づけることができるだろう.
 1805年のトラファルガーの戦 (Battle of Trafalgar) において Nelson はフランス・スペイン連合艦隊を打ち破り,自らは銃弾に倒れつつも,その後のイギリス海軍の優位を決定づけた.イギリスがヨーロッパの制海権を握ることになり,ナポレオンのイギリス侵攻の野望は打ち砕かれることになった.
 先日,ロンドンのトラファルガー・スクエアに立つ「ネルソンの柱」 (Nelson's Column) を訪れた(上掲の写真).そして今,滞在中のダブリンの目抜き通り O'Connell Street には,高さ120メートルのランドマーク Spire がそびえ立っているのだが,実はこの塔には前身があった.かつて,そこにはもう1つの「ネルソンの柱」 (Nelson's Pillar) が建っていたのである.
 ダブリンの「ネルソンの柱」は,1800年の連合法によってイギリスとアイルランドが合一した後の1809年,Nelson によるかの戦役の勝利を記念して建てられたものだった.ロンドンの「ネルソンの柱」(こちらは1840--43年に建設)よりも早く,ダブリンにこうした記念塔が建てられていたことになる.しかし,この柱は1966年,テロリストによって爆破され,姿を消してしまった.そこには,アイルランドの英雄ではなくイギリスの英雄を顕彰する柱だった,という影の事情が横たわっている.
 ダブリンの柱が破壊された跡地には,長らく空白が残されていたが,2003年,特定の人物や国家を象徴しない,抽象的なステンレス製の尖塔,上述の Spire が新たに建てられた(下掲の写真).イギリスの英雄の記念柱から,誰のものでもない現代的なモニュメントへ.この置き換えそのものが,アイルランドとイギリスのあいだの複雑な歴史を雄弁に物語っているように思われる.


The Spire of Dublin on O'Connell Street, standing on the former site of Nelson's Pillar



 ロンドンでは今なお健在の「ネルソンの柱」と,ダブリンでは姿を消し,別のモニュメントに置き換えられた「ネルソンの柱」.同じ人物,同じ勝利を記念しながら,2つの都市でまったく異なる運命をたどったことになる.

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2026-09-02 Wed

#6337. 英語史上の Arthur Wellesley Wellington --- ダブリンの Wellington の生家と記念塔を眺めて [dublin][ireland][wellington][tabihel][history][language_shift]


Birthplace of Arthur Wellesley, 1st Duke of Wellington, on Merrion Street, Dublin



 2週間ほど前の早朝,ダブリン市内をジョギングをしていたところ,思いがけず Arthur Wellesley, 1st Duke of Wellington (1769--1852) の生家とされる建物を見つけた.Merrion Street 沿い,何の変哲もない街並みの一角に,控えめなプレートが掲げられているだけだったので,危うく素通りするところだった.1769年,この家で生まれたとされている.
 せっかくの発見である.翌日の早朝ジョギングでは,西の郊外に広がる公園 Phoenix Park まで足を延ばしてみることにした.ここには,遠くからでも見える背の高い(62メートル!)オベリスク型の記念塔 Wellington Monument がそびえ立っている.1815年,ナポレオン戦争のワーテルローの戦 (Battle of Waterloo) におけるイギリス軍の英雄を顕彰するために19世紀半ばに建てられたものだ.2日連続でダブリンゆかりの英雄の痕跡を追いかけるジョギングとなった.


The Wellington Monument in Phoenix Park, Dublin



 英語史のなかに Wellington を位置づけようとすると,何が言えるだろうか.2点ほど考えてみた.まず,軍人としての顔だ.彼は上述の戦役においてイギリスを勝利に導いた.この勝利がなければ,19世紀以降のヨーロッパにおける覇権の行方は違ったものになっていたかもしれない.ナポレオン戦争での勝利によりイギリスが軍事的,政治的,経済的な覇権国としての地位を固めていき,イギリス帝国の絶頂期を準備したからこそ,英語という言語も世界的な優位性を確立させていくことができた.イギリスの勝利は,もちろん Wellington 1人のみによるものではないが,象徴的な意義をもつ軍人であることは確かだ.
 もう1つは政治家としての顔である.後にイギリスの首相となった Wellington は,1829年に「カトリック解放」 (Catholic Emancipation) を実現した.カトリック教徒の公職就任を大幅に認める改革は,アイルランドにおけるカトリック教徒の社会的地位を押し上げ,結果として皮肉なことにアイルランド人たちがアイルランド語から(アイルランド)英語へと言語交替 (language_shift) していく社会的な条件を整えることになった.信仰の自由の拡大という政治的決断が,長期的には言語共同体の言語選択にまで影響を与えていたわけで,この一連の因果関係は決して単純ではないにせよ,たしかに存在していたろう.
 朝のジョギング中の何気ない発見が,思いがけずイギリスの誇る軍人・政治家と英語史の関係を考えさせることになった.なお,ダブリン(アイルランドの首都)とイギリスの話題が交錯しているように思われるかもしれないが,当時は1800年の連合法 (Act of Union) を通じて,1つの国となっていたことに注意が必要である.ダブリンはロンドンに次ぐイギリス(帝国)第2の都市となっていた.

Referrer (Inside): [2026-09-06-1] [2026-09-03-1]

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2026-09-01 Tue

#6336. professional とは何を profess 「公言する」人か? [outreach][helkatsu][etymology][semantic_change][borrowing][latin]

 英語史のアウトリーチ活動を続けていると、自分自身の肩書きについて考えさせられることがある.私は英語史の研究者であり専門家である.専門家といえば,英語では professional であり「プロ」だ.
 professional 「専門職(の)」は名詞・形容詞ともに profession 「専門職」から派生した語だ.遡ればラテン語の動詞 profitērī 「公言する,公然と述べる」に行き着く.pro- 「前へ,公然と」と fatērī 「認める,述べる」(fārī 「話す」に由来)の組み合わせであり,字義通りには「前面に出て言い表わす」という発想である.英語の動詞 profess も同根に遡り,語義はやはり「公言する」である.
 後期中英語期にフランス語を経由して英語に借用された profession(al) の最初期の語義は,「(信仰を公言して)修道会に正式に入ること,誓願を立てること」という,きわめてキリスト教的なものだった.修道士・修道女になるとは,信仰を人前で「公言する」ことにほかならなかった.つまり,かつての profession とは,職業的聖職者になる誓いそのものを指した.
 この宗教的な語義はやがて世俗化し,中英語末から近代英語期にかけて,神学・法律・医学という「学識ある専門職」を指すようになる.さらに後期近代英語期には形容詞 professional が「その道を生業とする」の意で確立し,対義語 amateur 「愛好家」(ラテン語で「愛する」を意味する動詞 amāre と語根を共有)との対比のなかで,現在おなじみの語感が定着していった.
 こうして語史をたどってみると,professional の根底には,「公言する」という行為があったことがわかる.「プロ」とは,単に生計を立てる手段であるだけでなく,「自分はこれを専門とする者だ」と社会に向けて宣言する行為でもあったのだ.アウトリーチ活動という文脈に立ち戻るならば,専門家が自らの専門性を看板に掲げ,それを広く外へ表明していく営みこそが,professional の語源に忠実な姿ともいえる.

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最終更新時間: 2026-09-13 05:00

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