01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30
英語史を広める活動,「hel活」 (helkatsu) を展開してきた私自身の経緯を振り返ってみると,「始める」ことの難しさを何度となく実感してきた.
「始める」を表わす英単語はいくつかあるが,基本語でいえば begin と start の2つがすぐに思い浮かぶ.両語とも古英語でも使われていた生粋の本来語である.ただし,両語が担ってきた語義は当初から異なっていた.「始める」という意味の座を,古くから一貫して占めてきたのは begin のほうである.古英語の動詞 beginnan は,接頭辞 be- と動詞 ginnan 「始める」が組み合わさったもので,接頭辞の機能は当時すでに弱まっており,中立的かつ一般的な「始める」を表わす語として,古英語から現代英語に至るまで安定的に用いられてきた.
一方の start は,古英語の動詞 styrtan に遡るが,その原義は「始める」ではなかった.もともとは「跳ねる,急に飛び出す,勢いよく動く」を意味する語だった.遡れば印欧祖語の語根 *ster- "stiff" に行き着き,原義は「硬直した,こわばった」である.この語根を共有する他の英単語としては stare, stark, starve など,確かにこわばった語感のものが多い.start は,こわばって固まっていたものが,急に弾け出るイメージの動詞だったようだ.
start の「急発信」と結びつけられる語義は,現代英語の慣用表現のなかにも残っている.たとえば I started at the sound of thunder. 「私は雷の音にぎくっとした」や She started to her feet. 「彼女はさっと立ち上がった」において,start は急発進のイメージを示している.時代とともに「急」の意味が背景化してきたことは確かだが,今でもこのような表現をみれば原義を思い起こすことができるだろう.なお,関連語 startle「飛び上がらせる,びっくりさせる」も急発進の原義のイメージを現代にまで伝えている.
学術アウトリーチ活動は,「始めよう」と身構えすぎると,かえって始められないものだと,つくづく思う.考えてみれば,hellog や heldio を始めたときも,事前にあれこれ準備をし,用心を重ねてから始めようとしていた.しかし,十分すぎる準備などそもそも得られないものだ.結局のところ,傍から見ても,自分自身の感覚としても,あれは begin というより start,すなわち「急発進」,もっといえば「見切り発進」だったと思う.
アウトリーチ活動には,ある程度の準備や計画はもちろん必要だろう.けれども振り返ってみて思うのは,物事は結局のところ「急発進」でしか始まらないものなのではないか.とりわけ新しい一歩を踏み出す挑戦において,覚悟や勇気が求められる場面においては,begin ではなく start にならざるを得ない.Let's begin! ではなく,Let's start! と言っておきたい.
2026 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2025 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2024 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2023 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2022 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2021 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2020 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2019 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2018 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2017 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2016 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2015 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2014 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2013 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2012 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2011 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2010 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2009 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
最終更新時間: 2026-09-05 05:00
Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow