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2026-10-13 Tue

■ #6378. ハドリアヌスの長城と英語史 [hadrians_wall][roman_britain][tabihel][tabihel_scotland][helwa][history][scots]


A grassy plain where Hadrian's Wall once stood



 1900年前の壁は,英語をイングランドに閉じ込めることになる壁だったのだろうか? 今では何もない草原に立って,そんなことを考えてみた.
 「旅hel」 (tabihel) シリーズのスコットランド編より.この8月,イングランドからスコットランドへと北上するドライブの途中で(cf. 「#6322. スコットランドの入り口,駆け落ち婚の名所 Gretna Green のトイレ」 ([2026-08-18-1])),Hadrian's Wall (ハドリアヌスの長城)の跡地の1つに立ち寄った.たどり着く直前の最後のストレッチは,ひなびた田舎道である.1マイルほど真っ直ぐに続く道には車も人影もなく,時速100キロ以上で走れてしまうほどだった.着いたところは,何もない丘陵地.ここが壁の跡地の1つだという.夕方だったので visitor centre はすでに閉まっていた.すれ違ったのは,少数のハイカーのみ.ビデオを回し,写真を撮った.上の写真には壁の痕跡すら見えない.かつて壁があったはずの平原が広がっているだけだ.このひなびた何もない感じが哀愁を誘う.
 ハドリアヌスの長城は,ローマ皇帝 Hadrian の命により,122年頃から建設が始まった防壁である.ブリテン島の東の Tyne 川河口付近から西の Solway 湾まで,島を横断するように約120キロにわたって築かれた.ローマ軍のブリテン島北方への進出は,おおむねこのラインで止まったことになる(その後,一時はさらに北に Antonine Wall が築かれたが,長くは維持されなかった).ローマン・ブリテン (roman_britain) の概略については「#3786. ローマン・ブリテンの略年表と地図」 ([2019-09-08-1]) を参照されたい.
 このことは,後の英語史との関係でも興味深い.長城は現在のイングランドとスコットランドの国境線にほど近いところを走っており,南側の影響力が,この地点より北側へは及びにくかったことは,その後の1800年の歴史が証明している.ここから北はピクト人の地であり,後のスコットランドの領域である.5世紀以降に大陸から渡ってきたアングロサクソン人の言語,すなわち英語は,やがてこの線を越えて北へも入り込みはした.しかし,そこで発達したのは,結局のところ English ではなく Scots だった.Scots と English の関係については「#6216. Scots は English とは別の言語なのか,あるいは1方言か」 ([2026-05-04-1]) や「#6205. Scots の歴史に注目すべき理由」 ([2026-04-23-1]) で取り上げた通りである.
 もちろん,ローマ人が去ってから英語がブリテン島にやってくるまでには時間差があり,長城そのものが英語の北進を物理的に阻んだわけではない.それでも,約1900年前の侵略の北限と,現在のブリテン島における English と Scots の分布とが,おおよそ重なり合って見えるのは興味深い.地理の制約,政治の境界,そして言語の境界が,長い時間をかけて同じあたりに落ち着いてきたかのようだ.
 何もない平原だが,ここがかつて国境だったのか.いや,今でも何らかの境なのだな,と思いながら平原を眺めた.
 このテーマについては,3年前に helwa (helwa) でも語っていたことを思い出した.「【英語史の輪 #36】ハドリアヌスの長城と英語史」(2023年10月3日配信)もあわせてどうぞ.

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2026-10-12 Mon

■ #6377. 『ケルズの書』とともに味わいたい至宝 --- Tara Brooch と Ardagh Chalice [dublin][tabihel][ireland][christianity][bchel][oe][latin][anglo-saxon][history][tabihel_dublin]

 ダブリンの英語史に関連する場所を訪ねて歩く「旅hel」 (tabihel) シリーズ.「#6373. アイルランドの至宝『ケルズの書』を訪ねて --- The Book of Kells」 ([2026-10-08-1]) に続き,先月ダブリンで訪ねてきた至宝を取り上げたい.ダブリン中心部の Kildare Street に面したアイルランド国立博物館(考古学館)の至宝といえば,Tara Brooch と Ardagh Chalice の2つが挙げられる.


Tara Brooch, National Museum of Ireland



 まずは Tara Brooch.外套を留めるための装飾ブローチで,紀元700年前後の作とされる.19世紀半ばに Meath 州の海岸近くで発見されたもので,実はアイルランド上王の座として名高い Tara の丘とは直接の関係はない.由緒ありげな名前を付けて売り出そうという動機で命名されたものだという.銀をベースに,金線細工,琥珀,ガラスで飾られた小さな円環のなかに,渦巻文様,組紐模様,動物文様がぎっしりと詰め込まれている.身につけたときには見えないはずの裏面にまで精緻な装飾が施されており,オシャレの極致だ.


Ardagh Chalice, National Museum of Ireland



 続いて Ardagh Chalice.8世紀の作とされるミサ用の聖杯で,19世紀後半に Limerick 州 Ardagh 近郊の環状砦跡から発見された.銀の器に金線細工,七宝の装飾が配され,鉢の周りにはラテン語が刻まれている.簡素で端正な器形と,細部の贅を尽くした装飾との対比が見所だ.
 2つの至宝は,時代的にも意匠的にも,『ケルズの書』と同じ文脈で鑑賞することができる.ケルト古来の渦巻文様,アングロサクソン的な組紐模様と動物文様,そして地中海世界のキリスト教的モチーフが各々の作品のなかで融合し完結しているのだ.いずれも,アイルランド・キリスト教が様々な文化の影響を受けて最も輝いていた,8世紀を中心とする時期の産物である.『ケルズの書』ではフォリオの上で展開されていた繊細な美意識が,金属細工にもそのまま息づいていることが分かる.
 英語史にとって重要なのは,アイルランド・キリスト教の伝統がアイルランドに閉じていなかったことである.アイルランド系の修道士たちは Iona を拠点とし,さらにブリテン島北部の Lindisfarne へと進出した.Northumbria を中心とするブリテン島北部はこの島嶼キリスト教の流れを受け継ぎ,前回の記事でも触れた Lindisfarne Gospels に代表される古英語期のキリスト教文化を育んでいった.南から入った Augustine 以来のローマ系の伝道と並んで,この北からの流れが,アングロサクソン人のキリスト教化を支えたのである.
 そして,アングロサクソンのキリスト教化はそのままラテン語の英語への流入を意味した.ラテン語はキリスト教という文化の乗り物だったのである.キリスト教とともに古英語に流れ込んだラテン借用語の数々,そしてラテン語のインスピレーションを受けつつも直接的な借用に頼らず本来語を駆使して新概念を表現した古英語の創造性については,目下 Baugh and Cable の超精読会で読み進めているところである.以下の記事などを参照.

 ・ 「#5686. B&C の第60節 "Latin Influence of the Second Period" の第1段落を対談精読実況生中継しました」 ([2024-11-20-1])
 ・ 「#5962. B&C の第62節 "The Earlier Influence of Christianity on the Vocabulary" (1) --- Taku さんとの超精読会」 ([2025-08-23-1]
 ・ 「#6262. B&C の第64節 "Influence of The Benedictine Reform on English" (1) --- Taku さんとの超精読会」 ([2026-06-19-1])
 ・ 「#6300. B&C の第65節 "The Application of Native Words to New Concepts" (1) --- Taku さんとの超精読会」 ([2026-07-27-1])

 ブローチと聖杯を眺めながら,千数百年前の島嶼世界の芸術的熱量が,めぐりめぐって間接的に現代の英語の語彙にも刻み込まれているのを感じていた.

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2026-10-11 Sun

■ #6376. 形容詞,食事,時間,語順にまつわるクイズ --- sorami さんの『英語語源ハンドブック』クイズ第19弾 [note][hee][helkatsu][hel_education][quiz][collocation][word_order][voicy][heldio]



 隔週土曜日という決まったリズムで届けられる sorami さんの語源クイズシリーズ,10月3日に第19弾「授業で使える! 中学生向け英語語源クイズ#19~英語の朝昼晩・語順その2~」が公開されました.気づけばシリーズも20回目が目前です.
 今回は全9問.形容詞に始まり,食事と時間の言葉を経て,最後は語順の話題へと着地する構成です.ネタバレにならない範囲で,いくつかの問いを紹介しましょう.
 冒頭は形容詞を答える軽ジャブ問題です.通時的な意味変化 (semantic_change) の話題も復習的に取り上げられます.
 続いて,クイズは1日の食事と時間をめぐる語彙へと進みます.それぞれお馴染みの単語ですが,意外な語源をもっていることがわかります.朝昼晩の言葉を並べてみると,日々の暮らしの言葉にこそ歴史の層が厚く積み重なっていることに気づかされますね.この話題には,皆さん興味を抱くのではないでしょうか
 time と結びつく動詞を選ばせる問題も勉強になります.例えば kill time のように,同じ time でも組み合わせる動詞によって表現の性格ががらりと変わるのがおもしろいところです.語彙を点ではなく,コロケーションという線で捉える感覚が養われます.
 そして最後は,副題にある通り「語順その2」です.前回第18弾の語順の問題を受けて,今回はコスタリカやプエルトリコといったスペイン語地名を入口に,名詞と形容詞の並び順を世界の言語のなかで比べてみるという趣向です.英語の「形容詞+名詞」の順は,実は世界的に見れば当たり前ではない.そんな気づきを中高生が得られるとすれば,これほど贅沢なクイズはありません.
 いつもの通り,sorami さんの note 記事では,「授業の小ネタ,ウォームアップ,グループ活動などに自由に使っていただければ幸いです.ALTの先生を巻き込むのもありですね!」と述べられています.問題版と解答版の PDF も用意されていますので,全国の英語教員の皆さん,ぜひ授業で活用してみてください.
 sorami さんのクイズ・シリーズの主な典拠となっているのは,刊行から1年4ヶ月ほどが経つ『英語語源ハンドブック』(研究社)です.ご好評いただき,先日第4刷が出来したところです.今年の6月30日には物書堂より『英語語源ハンドブック』アプリ版 (iOS) も発売されていますので,ぜひこちらよりチェックしてみてください.今回のクイズをきっかけに,毎日口にする「朝昼晩」の英単語の語源にも興味を持っていただければ幸いです.

 ・ 唐澤 一友・小塚 良孝・堀田 隆一(著),福田 一貴・小河 舜(校閲協力) 『英語語源ハンドブック』 研究社,2025年.

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2026-10-10 Sat

■ #6375. Pittsburgh か Pittsburg か --- 地名の綴字論争 [ame][borough][spelling][standardisation][onomastics][toponymy][spelling_reform][orthography][gh][academy]

 「#6371. 少なく見積もって80通りの綴字 --- borough」 ([2026-10-06-1]) や「#6372. 道路標識における Peterborough の省略綴字」 ([2026-10-07-1]) を書きながら思い出した話題の1つに,米国 Pennsylvania 州の都市 Pittsburgh の綴字をめぐるかつての論争がある.この地名の前半部分の Pitt は英国首相を務めた William Pitt (the Elder) にちなんだものだが,問題は後半要素の -burgh である.
 拙訳『スペリングの英語史』の第7章「アメリカ式スペリング」に記述がある通り,米国の地名の綴字には,独立後の19世紀中もかなりの揺れがみられた.この状況を受けて,政府は地名の正書法を確立しようと「地理的名称に関する合衆国委員会」を設立した.当時の地名綴字をめぐる状況は,拙訳より少々長く引用するが,次の通りである(pp. 209--10) .

 政府がスペリングを規制しようとする試みが成功を収めた一領域として,外来語をアメリカ式スペリングへ翻字したということがあった.これは地理的名称の場合には特に急を要することだった.地名においては,元来の形態がしばしば外国語に由来しており,固定したスペリングを採用することが実際的に必要とされたからだ.1890年には当時のベンジャミン・ハリソン大統領が地理的名称に関する合衆国委員会を設立し,その権限により政府官庁のなかでおよび地図類において統一した地名のスペリングを確定しようとした.この委員会の重要な機能は,アメリカ市民にとって発音の適切な案内役となるような地名のスペリングにすることだった.異綴りの問題,とりわけ外国語のスペリング習慣を用いた異綴りについては,ノア・ウェブスターが1803年のスペリング教本の序文で焦点を当てていたが,そこでは Ouisconsin (ウィスコンシン)や Ouabasche (ウォバッシュ)のような地名のフランス語のスペリングを保持することへの異論が唱えられた.

無学のアメリカ人は,このようにフランスの装いをした Ouisconsin や Ouabasche という名前の発音をどうして知りえようか.この発音が, Wisconsin や Waubash だと思うことがありえようか.われわれの市民は知りもしない正書法に,このように悩まされるべきではない.


 1822年の地図で Wisconsin のスペリングが採用され,1845年の決議文ではこのスペリングが正しいと宣言されたものの,地理的名称に関する合衆国委員会が1901年に公刊した報告書でも,ウィスコンシン川について 'Wisconsin; river in Wisconsin (Not Ouisconsin, nor Wiskonsin)' (ウィスコンシン --- ウィスコンシンの川〔Ouisconsin でも Wiskonsinでもない〕)と注記されている.アメリカ先住民の言語からとられた名前もアメリカ化の過程を経て,より慣れたスペリング習慣に従うことになった.たとえば,Unéaukara(ナイアガラ) は現在では Niagara であり,Mauwauwaming (ワイオミング)は Wyoming となった一方で,Machihiganing (ミシガン)は Michigan となった.そのような名前がすべてこのようにアメリカ化したわけではなかった.多くのアメリカ先住民の名前は生き残っており,不注意な人が罠にはまってしまうような豊かで複雑怪奇な子音字の組み合わせを保存している.Tallahassee (タラハシー),Susquehanna (サスケハナ),Mississippi (ミシシッピ),Allegheny (アレゲーニー),Massachusetts (マサチューセッツ)などである.


 このように,委員会の力は必ずしも強くなかったようだ.この辺りの事情は,英語圏において言葉の標準を定めるアカデミーが設立された試しが歴史上ないという事実にも通じており,興味深い.
 そして,問題の Pittsburgh について,続く箇所を引用したい (p. 210) .

同委員会は, 今日のアメリカの地名にいまだ影響力の見られるような他の改革の導入にも功績があった.たとえば,borough (市)という語は boro と省略され,イギリス地名 Marlborough(マールボロ)とアメリカ地名 Marlboro の対比を生み出した.さらなる変化としては, burgh の語末の <h> を落として,Gettysburg(ゲティスバーグ) や Williamsburg(ウィリアムズバーグ) のような名前を生み出しもした.しかし,Pittsburgh (ピッツバーグ)は例外であり,語末の <h> を伴って綴らなければならない.これは,ピッツバーグ市民たちが故郷の町のスペリングを変えるのを拒んだからである.委員会はついに 1911年に態度を軟化させ,伝統的なスペリングを保存することを許可したが,同時にアメリカの地名のなかで最もよく綴り間違えられるスペリングとなってしまった.


 この論争を知ってしまってからというもの,(いなそれ以前から?)私は borough 系の要素をもつ地名を綴る際には常に自信がなくなってしまった.

 ・ サイモン・ホロビン(著),堀田 隆一(訳) 『スペリングの英語史』 早川書房,2017年.

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2026-10-09 Fri

■ #6374. 10月16日,専修大学で「3単現の -s の英語史」をお話しします [notice][hel_education][hel_lecture][helkatsu][nazesantangen][3sp]


10月16日,専修大学で「3単現の -s の英語史」をお話しします



 来たる10月16日(金)の夕刻,専修大学文学部英語英米文学科主催の学術講演会にて,「3単現の -s の英語史」と題してお話しします.お招きくださったのは,khelf や heldio のhel活でも日頃からお世話になっている菊地翔太先生(専修大学)です.菊地先生は,講演会について10月1日に note 記事「堀田隆一先生のご講演「3単現の -s の英語史」(専修大学生田キャンパス)のご案内」を公開してくださっています.ありがとうございます.
 学科主催の講演会ではありますが,一般の方でもご参加いただる会となっています.英語史に関心をお持ちの方,中学校で「3単現の -s」を習って以来モヤモヤを抱え続けてきた方,英語を教えている先生方など,どなたも歓迎です.ぜひ生田キャンパスまで足をお運びください.開催概要は以下の通りです.

 ・ 日時:2026年10月16日(金)5限 (16:35--18:05)
 ・ 会場:専修大学生田キャンパス 2号館 地下1階 Active! Studio 202
 ・ 主催:専修大学文学部英語英米文学科
 ・ 演題:「3単現の -s の英語史」
 ・ 参加:一般の方も参加可です(詳細は上記の菊地先生の note 記事をご確認ください)

 今回の講演は,6月に刊行された拙著『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』(NHK出版新書),通称『なぜさんたんげん』の第1章第5節「なぜ3単現の s をつけるのか」の内容を,さらに深掘りしていくものです.新書では一般読者向けにコンパクトにまとめましたが,講演会では,そこからさらに一歩も二歩も踏み込んだ論点にも触れていきます.
 講演では,まず3単現の -s に関する共時的な説明を確認します.そこでは「何を」「どのように」には答えてくれますが,「なぜ」には答えてくれません.そこで通時的な視点へと切り替えます.英語史の観点からみると,問うべきは「なぜ3単現に -s がつくのか」ではなく,むしろ「なぜ3単現以外では何もつかなくなってしまったのか」なのです.古英語の動詞 lufian (to love) の屈折表から出発し,屈折語尾の水平化の過程で3単現の語尾だけが生き残った経緯,さらに北部方言に由来する -s が本来の -th を置き換えていった経緯などをたどります.
 後半では,Northern Present Tense Rule,3複現の -s,-th から -s への置換という3つの問題を取り上げ,数あるパラダイムのなかから,なぜ「3単現の -s を唯一の屈折標示としてもつパラダイム」が標準英語に採用されたのかを議論します.そして,現在も世界の英語諸変種に見られる多様な -s の分布に目を向けながら,「正しい英語」という発想を相対化してみたいと思います.たった1文字の語尾に,屈折の水平化,方言接触,標準化,社会的評価といった英語史の主要テーマが凝縮されていることを,皆さんと一緒に味わえればと思います.
 なお,第1章第5節の内容は,NHK出版デジタルマガジンにて無料公開されています(「#6225. 近刊『なぜさんたんげん』の3単現の s を扱った節が公開されています」 ([2026-05-13-1]) を参照).そちらを予習としてお読みいただくと,当日の話がいっそう楽しめるはずです.同じ話題を授業向けにまとめたレジュメとしては「#6258. なぜ3単現にだけ s をつけるのか? --- 教室で使える『なぜさんたんげん』レジュメ」 ([2026-06-15-1]) もどうぞ.
 当日,生田キャンパスで皆さんにお会いできることを楽しみにしています.

 ・ 堀田 隆一 『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』 NHK出版〈NHK出版新書〉,2026年.

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2026-10-08 Thu

■ #6373. アイルランドの至宝『ケルズの書』を訪ねて --- The Book of Kells [book_of_kells][dublin][tabihel][ireland][christianity][manuscript][history][latin][link][tabihel_dublin]


Chi Rho Page of the Book of Kells



 ダブリンの英語史に関連する場所を訪ねて歩く「旅hel」 (tabihel) シリーズ.今回は,アイルランドが誇る至宝 The Book of Kells 『ケルズの書』を訪れたので,これを取り上げたい.上に掲げた写真は,同書のなかでもとりわけ有名な「Chi Rho ページ」である(実物写本は写真撮影不可で,これは展示パネルを撮影したもの).
 『ケルズの書』は,ラテン語で記された4福音書を収めた,西欧中世を代表する装飾写本である.紀元800年前後,アイオナ島の修道院で制作が始められたとされる.細密画の緻密さは尋常でなく,ケルト的な古代から伝わるtriskele(三脚ともえ紋)を含む繊細な意匠,アングロサクソン的な動物文様や組紐模様,ラテン的な動植物のモチーフや技術,ギリシア風の鍵模様,コプト的な点描の多用など,実に多様な芸術文化がひとつの写本のなかに織り込まれている.まさに,当時のヨーロッパの文化的交差点を凝縮したような写本だ.
 この至宝を所蔵しているのが,Trinity College Dublin の Old Library である.大学はは,『ケルズの書』と,後述する壮麗な書庫・閲覧室 Long Room の2つを,大学最高の至宝として位置づけている.
 先日,事前に予約をとったうえで,朝8時半,開館直後を狙って訪れた.5分前に入口に着くと,すでに驚くほどの訪問客が待機していた.入館してまず案内されるのは,『ケルズの書』の成立背景や意匠を解説する展示パネルの並ぶ一室で,上掲の写真はここで撮影したものである.オーディオガイドを聴きながらじっくりと時間をかけて学べる仕組みになっており,たいへん勉強になった.
 展示室を抜け,1段高いフロアに上がると,いよいよ写本の実物との対面である.ガラスケースのなかに大切に仕舞われ,とあるフォリオが開かれている.写真撮影は禁止,周りから覗き込むだけだが,ため息が漏れた.細密画そのものの芸術的価値はもちろんだが,紀元800年前後,うら寂しいアイオナ島の修道院で,修道僧たちがこれほど緻密な作業に長い時間をかけて取り組んでいたのかと思うと,畏れ多い気持ちになる.こうしてブリテン諸島にて小さくコツコツと育まれていったキリスト教文化が,歴史を通じて拡大し,今ではこの写本が国を代表する至宝として公開され,世界中から人々を引き寄せている.文化の力を目の当たりにした.
 2階へ上がると,今度は壮麗な Long Room が広がる.目下,大規模な改装中で,書棚の書籍は多く退避されていたが,この部屋の威容は十分に伝わった.こうした荘厳な雰囲気のなかで研究ができたら,さぞかし素晴らしいだろう.
 さらに,別館パビリオンでは,『ケルズの書』と Long Room をさらに掘り下げて紹介するデジタル展示が用意されており,これもまた見応えがあった.ショップを通り抜けて外に出たとき,私はすっかり満足していた.
 「#3680. 『ケルズの書』がオンラインに」 ([2019-05-25-1]) で紹介した,写本の精密画像を自由に閲覧できるオンラインサイトと並んで,今回聴きながら展示を見て回った Audio Guide --- the book of kells experience もお薦めしたい.
 英語史の観点からは,島嶼キリスト教文化の同じような文脈で,一足先の紀元700年頃にイングランド北部の島で制作されたとされる Lindisfarne Gospels が,しばしば『ケルズの書』と比較される.Lindisfarne Gospels もラテン語で書かれているが,10世紀頃のものとされる古英語の行間注釈が書き込まれており,早い段階の Northumbria 方言を伝える貴重な資料となっている点で一線を画す.こちらの写本の高精細画像は,こちらから閲覧できるので,あわせて見比べてみるとおもしろいだろう.

Referrer (Inside): [2026-10-12-1]

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2026-10-07 Wed

■ #6372. 道路標識における Peterborough の省略綴字 [spelling][apostrophe][pcchron][tabihel][borough][onomastics][toponymy][shortening][orthography][gh][heltabi_202608][tabihel202608][tabihel_england]

 昨日の記事「#6371. 少なく見積もって80通りの綴字 --- borough」 ([2026-10-06-1]) の記事と関連して,8月にイギリスの Peterborough をドライブで訪れたときのエピソードを1つ.
 ロンドンからスコットランドを目指して北上する途中,英語史上の貴重な資料 The Peterborough Chronicle と結びつけられるイングランド中東部の町 Peterborough に立ち寄った.近づくにつれてハイウェイの道路標識にその町の名前が現われる頻度が増すのだが,地名としては長めの綴字なためか,運転しながらいくつかのヴァリエーションがあることに気付いた.
 標準的綴字が定まっている現代における「道路標識の異綴字」の事例を発見し,興奮した.表記スペースに余裕がある場合には正式に Peterborough と綴られていたが,そうでない場合には略式の P'borough や Peterboro' が確認できた.運転していたので,あまり写真は撮れなかったのだが,最後の例について1枚撮ることができた.


Peterboro' on the road sign



 2つの省略形は,省略のための戦略が異なる.前者 P'borough は,複合語地名の前半要素 Peter- のイニシャル取りという形態論的な方策に訴えかけている.4文字減らしてアポストロフィを加え,計3.5文字ほどを浮かせていることになる.一方,後者 Peterboro' は,後半要素 -borough の,表音機能としての価値が低いと目される末尾の綴字をそぎ落とすという音韻論的な方策といってよい.3文字減らしてアポストロフィを加え,計2.5文字ほどを浮かせていることになる.
 省略効率としては前者が1文字分勝っているが,先に地名を知っていないかぎり P' から Peter- を復元できないという難点がある.一方,後者は,1文字分負けているが,フルの発音を復元できるという利点がある.などと考えているうちに,Peterborough の町に到着したのだった.
 イギリス地名 Marlborough に対してアメリカ地名(そしてタバコの商標) Marlboro という点も思い起こされる.

Referrer (Inside): [2026-10-10-1]

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2026-10-06 Tue

■ #6371. 少なく見積もって80通りの綴字 --- borough [spelling][scotland][england][onomastics][toponymy][anglo-saxon][oe][old_norse][tabihel][metathesis][i-mutation][through][med][oed][orthography][gh][tabihel_england]

 イギリスには borough (要塞;市,町)のつく地名が多い.Scarborough, Peterborough,そしてロンドンの観光地にもなっている市場 Borough Market のなかでは独立した1語として用いられている.語源としては,ゲルマン祖語の強変化女性名詞 *burg-s に遡り,「避難する」を意味する動詞 *berg-an と語根を共有するとされる.そこから「砦,城」さらには,その周辺に広がる「市,町」へと語義が発展したのだろう.ゲルマン諸語に同根語がみつかり,古英語では burg, burh などの形で文証される.現代イギリス英語での発音は,単体では /ˈbʌrə/ となるが,地名要素の一部となる場合には /-brə/ と1音節になる.
 ゲルマン諸語まで話しを広げず,英語内部の歴史に限っても,この語には異形・異綴字が非常に多い.各地で地名要素として埋め込まれることが多いので方言形が発達しやすく,また固有名詞の常として,とりわけ地元の人々の口にのぼる頻度が高いために省略形が生まれやすいのだ.歴史を通じて,多様な形で行なわれてきており,予想されるとおり中英語での綴字は百花繚乱である.
 初期近代に入ると burrough の綴字がいったん優勢となったが,後にイングランドやアイルランドでは borough が標準化し,スコットランドでは burgh が定着した (ex. Edinburgh) .一方,スコットランドでは burgh に加えて,broch, brogh, brough のような1音節の形態も見られる.これは同根の古ノルド語の形態 borg の音位転換を経た形態で,スコットランドでは軟口蓋無声摩擦音を伴って /brox, brʌx/ などと発音される.スコットランド北東部の町 Fraserburgh を訪れたとき,地元ではその町が the Broch と呼ばれていることを知った.
 古英語 burg/burh に話を戻そう.この語は古英語においては子音幹女性名詞であり,単数の属格・与格および複数の主格・対格にて,いわゆる i-mutation の効果が見られる.例えば地名として前置詞の後ろに現われやすい単数与格は byrig となる.y が出てくるとなれば,中英語では方言に従ってさらにこの母音が変異する.典型的には,イングランドの北部・東部では biri, 西部・南部では buri, 南東部では berie といった具合だ.結果として,現代でも各地の地名のなかに,こうした異形が分布していることになる.
 さらに,異形から発達して独立した別の語となったとおぼしき burrow (ウサギの穴;隠れ場),やはり同根のフランス借用語 bourgh (市場町)も,この混乱に拍車をかける.
 おかげで,Edinburgh や Peterborough を綴ろうとするとき,いつも悩むことになる.米国では Pittsburgh か Pittsburg かをめぐる綴字論争があったことも思い起こされる.
 OED の borough/burgh と MED の burgh に列挙されている異綴字をざっと取り出してみたところ,以下の80種類の綴字が得られた.これはあくまで控えめな数字である.調べれば他の綴字も掘り出せるだろう.516通りの through と似た状況であることは,決して驚くことではない.

beri, berie, beri3, biri, bor3, bor3e, birie, borc-, bord-, boreg-, boret-, borewe, borgh, borghe, borh, borogh, borou, borough, boroughe, borowe, borowgh, borrough, borrowe, bort-, boru, boru3, borugh, borughe, borw, borw3, borwe, borwgh, bour3, bourg, bourgh, bourh, broch, brog-, brogh, brough, browch, browght, bruch, brugh, brughe, brught, bur3, bur3e, burc, burch, burcht, buregh, bureh, burehg, burewe, burg, burg-, burge, burgh, burghe, burh, buri, burie, burow, burowe, burrh, burrough, burrow, burrowe, burrowghe, burug, buru3, buruh, burw, burwe, burwgh, burwhe, bwrch, byrg, byrig

Referrer (Inside): [2026-10-10-1] [2026-10-07-1]

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2026-10-05 Mon

■ #6370. 2026年度の「英語史」講義が始まります --- 慶應義塾大学文学部英米文学専攻の必修科目 [hel_education][hellog][heldio][hellog_entry_set][link][helkatsu][notice]

 慶應義塾大学文学部英米文学専攻の必修科目の1つ「英語史」の秋学期の講義が開講しました.主に専攻の2年生が履修する科目です,今学期は英語史のなかでも特に中英語期以降に注目します.
 今学期の初回講義では,本ブログの記事を組み合わせることにより,改めて英語史の導入を図ります.以下のセクションには多くの情報が詰め込まれていますが,履修生の皆さんは,今回の講義ですべてを消化できなくても,いつでもこの記事に戻ってきてください.一般の hellog 読者の方々も,以下のリンクを通じて,今学期の初回講義を部分的・擬似的に体験できるかと思います.ぜひ以下のリンクを1つひとつたどっていただければ.



1. イントロ
   1.1. 不定冠詞 a と an について: 「#831. Why "an apple"?」 ([2011-08-06-1]),heldio 「#1. なぜ A pen なのに AN apple なの?」
   1.2. 「英語史」講義担当者の紹介: note 「堀田隆一のプロフィール」,heldio 「#1171. 自己紹介 --- 英語史研究者の堀田隆一です」,「#2. 自己紹介」 ([2009-05-01-2])
2. 英語史の世界へようこそ
   2.1. 英語史の魅力4点: 「#4546. 新学期の始まりに,英語史の学び方」 ([2021-10-07-1])
      (1) 英語の見方が180度変わる
      (2) 英語と歴史(社会科)がミックスした不思議な感覚の科目
      (3) 素朴な疑問こそがおもしろい
      (4) 現代英語に戻ってくる英語史
   2.2. 「#4361. 英語史は「英語の歴史」というよりも「英語と歴史」」 ([2021-04-05-1]): 魅力 (2) に通じます
   2.3. 「なぜ英語史を学ぶのか」の記事セット: 様々な角度から「なぜ学ぶのか」を検討してみました(cf. heldio 「#444. 英語史を学ぶとこんなに良いことがある!」や heldio 「#112. 英語史って何のため?」でも取り上げています)
3. 英語に関する素朴な疑問
   3.1. 「#1093. 英語に関する素朴な疑問を募集」 ([2012-04-24-1]): 魅力 (3) に通じます
   3.2. 3166件の素朴な疑問
   3.3. これまで hellog で取り上げてきた素朴な疑問集
   3.4. 知識共有サービス「Mond」で英語・言語に関する素朴な疑問に回答しています
   3.5. この講義で Slido (質疑応答サービス)を利用して英語に関する素朴な疑問を募集します(こちらからアクセスしてください)
4. 英語史を日常の風景に
   4.1. 「#5097. hellog の読み方(2023年度版)」 ([2023-04-11-1]): 2009年5月1日より毎日更新している英語史のブログです.この hellog の効果的な使い方の tips をどうぞ.
   4.2. 音声コンテンツ一覧 (heldio & hellog-radio): hellog の音声版というべき Voicy 「英語の語源が身につくラジオ」 (heldio) .2021年6月2日より毎朝6時に1本10分ほどで英語史の話題をお届けしています.日々の英語史の学びのためにフォローしてください.英語史の話題が日常になります.「#5093. heldio の聴き方(2023年度版)」 ([2023-04-07-1]) および「#5098. 英語史を学び始めようと思っている方へ hellog と heldio のお薦め回一覧(2023年度版)」 ([2023-04-12-1]) も参照.
   4.3. 「#5091. khelf の沿革,活動実績,ミッションステートメント」 ([2023-04-05-1]): khelf HP,公式 X アカウント @khelf_keio,公式 Instagram アカウント @khelf_keio より情報を発信しています.
   4.4. 「#5917. 『英語史新聞』第12号が公開されました」 ([2025-07-09-1]): 世界初の英語史を主題とする新聞の第12号です.
   4.5. 「いのほた言語学チャンネル」(旧「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」): 2022年2月26日より同専攻の井上逸兵先生(英語学・言語学)と一緒に週2回(水)と(日)の午後6時に動画を公開しています
5. 講義の進め方
   5.1. 講義スライド,テキスト,課題,試験,評価
   5.2. 指定テキストは英語史の古典的名著 Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.:「#5291. heldio の「英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む」シリーズが順調に進んでいます」 ([2023-10-22-1])
   5.3. 英語史の読書案内:「#6203. 英語史概説書等の書誌(2026年度版)」 ([2026-04-21-1]),「#4557. 「英語史への招待:入門書10選」」 ([2021-10-18-1]),heldio 「対談 英語史の入門書」
   5.4. 過年度に「英語史」を履修した先輩たちの言葉: 「#5393. 2023年度,1年間の「英語史」の講義を終えて」 ([2024-02-01-1]),heldio 「#974. 1年間の「英語史」の講義を終えて --- 2023年度版」
6. ライヴで寄せられた英語の素朴な疑問に即興で答える「千本ノック」も



 今学期も楽しい英語史ライフを!

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2026-10-04 Sun

■ #6369. Derrigimlagh Bog --- 100年ほど前の技術的最先端を象徴するアイルランド西部の沼沢地 [tabihel][ireland][morse_code][history][tabihel_ireland]


Foundations of the Marconi wireless station power plant, Derrigimlagh Bog, Connemara, Ireland



 9月半ば,アイルランド西部 Connemara の奥,大西洋に面した Derrigimlagh Bog という湿地を訪れた.目に入るのは,泥炭色の水をたたえた小さな湖沼と,荒涼とした大地だけ.アイルランドの英語史ゆかりの地をめぐってきた「旅hel」 (tabihel) シリーズだが,今回は思い切って西の果てまで足を延ばしてみた.
 何もないように見えるこの沼沢地こそ,20世紀初頭の技術史と英語史の双方にとって見逃せない場所である.1907年,ここに世界最大級の無線電信基地局が築かれ,大西洋を越えた初のモールス信号が発信された.築いたのは,イタリア人技術者 Guglielmo Marconi (1874--1937) である.現地の解説パネルによれば,彼はイタリアで生まれ育ったが,母 Annie Jameson はアイルランド人であり,Jameson ウィスキー一族の出身だという.親族が Dublin と Wexford に蒸留所を所有していたというから,Marconi はまさにイタリアとアイルランド,両国の血を引く科学者だったことになる.


Panel and Photo about Marconi



 1905年に建設が始まったこの基地局は,当時世界最大の無線局だった.受信用アンテナは,湖を挟んで約610メートルにわたって張られていたという.これほどの設備を動かすには莫大な電力が要る.そのため湿地のただなかに発電所が建てられ,昼夜を分かたず轟音を響かせていた.技師の住居,貯水池,受信室,発電施設,労働者の社交場まで備え,人里離れた泥炭地に小さな産業集落が出現していたというわけだ.今では,発電所や労働者住宅の土台部分だけが,草を食む羊たちそばでひっそりと残るのみである.
 この地はもう1つの歴史の舞台でもある.1919年6月15日,John Alcock と Arthur Whitten Brown が,カナダ東部 Newfoundland からの大西洋無着陸横断飛行を果たし,まさにこの Derrigimlagh の沼地に降り立ったのだ.上空から見た緑の湿地を平坦な野原と見誤っての着陸だったと伝えられている.
 今日,この湿地には5キロほどの周遊トレイルが整備されており,Marconi の基地局跡と Alcock and Brown の着陸地点の双方をめぐることができる.幸い大きく崩れることのない空模様のもと,荒涼としたループを存分に楽しむことができた.
 この荒涼たる湿地は,大西洋を挟み新旧大陸をつないだ,コミュニケーションと輸送・交通に関する2つの技術的快挙を象徴する歴史的に重要な場所だったのだ.そして,この事業に関わった人々の間で用いられていた言語も,その人々の仕事を通じて大西洋を渡った言語も,英語だった.英語史上にも銘記されるべき場所である.

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2026-10-03 Sat

■ #6368. 英語史の月刊ウェブマガジン Helvillian の2026年10月号が公開されました [helwa][heldio][notice][helmate][helkatsu][helvillian][link][open_mic]



 なぜフリーレンは Friezen ではないのか.銀行の bank と土手の bank はどこから来たのか.同じ話題に複数の寄稿者が別々の角度から切り込む,そんな響き合いの目立つ号が届きました.有志ヘルメイトによる月刊ウェブマガジン Helvillian 10月号が,9月28日に公開されています.通算第24号となります.創刊から丸2年,素晴らしい継続力です!
 今号も Galois さんによる見出し画像,Lilimi さんによる目次作成に導かれて,本編が始まります.
 トップバッターは ari さんで,寄稿された多数の記事のなかなから7本が目次に上がっています.Don't be quiet. の do の謎に始まり,「フリーレン」をヴェルネルの法則 (verners_law) で読み解く一篇,bank 「銀行」の借用元をイタリア語とフランス語のあいだで考える一篇,on foot や toothbrush がなぜ単数形なのかを問う一篇など,今号も縦横無尽です.
 この「フリーレン」と bank の話題には,ykagata さんと mozhi gengo さんも呼応しています.ykagata さんはドイツ語 frieren の r がかつて s だったという文法的交替の話題を『新訂・中高ドイツ語小辞典』で掘り下げ,ドイツ語 Bank 「長椅子」の語源にも迫っています.mozhi gengo さんは,土手の bank が古ノルド語由来,銀行の bank がフランク語由来であるのに,なぜ古英語由来の bank がないのかと問います.同じ語をめぐって3人の視点が交差するのは,Helvillian ならではの醍醐味です.mozhi gengo さんはほかにも,中動態の行方,ウイスキーやウォッカが「命の水」と呼ばれる理由,yard と garden と「ちゅら海」の関係など,今号も多作です.
 辞典通読勢も着実に歩みを進めています.lacolaco さんの「英語語源辞典通読ノート」は diet, dig, dinner へ.あまねちゃんは通読シリーズを No.11 まで進めつつ,『英語語源ハンドブック』を用いた「日曜日」の語源クイズや,拙著『英語史で解く英文法の謎』に「載りそうで載らなかった」トピックの想像まで,遊び心あふれる5本を寄せています.
 教育の現場からは,sorami さんの中学生向け語源クイズが第16弾から第18弾まで順調に公開されています.みーさんの「小学生と学ぶ英語史」も日々絶好調で,今回目次に上がっているのは water から good までの7本です.川上さんは「時,条件を表す副詞節」で未来のことでも現在形を用いる理由を前後編で論じ,三条市での講座開講も報告しています.kendama_player さんは形態的生産性を整理する記事を寄稿しています.
 ほかにも,Grace さんのトイレ談義の再訪,Lilimi さんの DELF B2 合格の振り返り,しーさんのチャーハンと英語にかけられた「呪い」の話,umisio さんの「伏線回収」論その5,こじこじ先生のオリジナル曲など,多彩な顔ぶれが並びます.巻末は Grace さんによる編集後記で締めくくられています.
 寄稿者の皆さんが各々の持ち場で書き継ぎながら,ときに同じ語をめぐって自然と議論が交差していく.コミュニティとしての成熟を感じさせる号となっています.Helvillian 10月号はぜひ本編でお楽しみください.
 3年目に突入する次号では,どんな響き合いが生まれるのか,今から楽しみです.そして,この hel活の輪に加わりたいと思われた方は,活動拠点となっている Voicy プレミアムリスナー限定配信チャンネル 「英語史の輪 (helwa)」を覗いてみてください.

(以下,後記:2026/10/08(Thu))
 Helvillian 10月号のご案内は,声でも「#1957. Helvillian 10月号公開 --- Helvillian 校了後の編集室から」としてお届けしています.ぜひそちらもお聴きください.

[sic]</p><p align="center"><iframe src="https://voicy.jp/embed/channel/1950/8281324" width="618" height="347" frameborder=0 scrolling=yes style=overflow:hidden></iframe></p><p>

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2026-10-02 Fri

■ #6367. スコットランドの「運命の石」を見てきた --- The Stone of Scone [stone_of_scone][scotland][tabihel][tabihel_scotland][monarch][history]


Entrance to the Stone of Destiny gallery, Perth Museum



 「旅hel」 (tabihel) シリーズのスコットランド編.8月に Perth に滞在した折,2024年に開館したばかりの Perth Museum を訪れた.素晴らしい博物館だったが,何といっても目玉は The Stone of Destiny, or the Stone of Scone,すなわち「運命の石」あるいは「スクーンの石」の実物展示である.石そのものは撮影禁止だったので,上に掲げたのは石が収められている展示室への入口の写真である.
 Scone /skuːn/ は Perth 郊外の地名(お菓子の scone /skɑn, skəʊn/ とは発音が異なるので注意).以下,Encyclopaedia Britannica の "Stone of Scone" の項に拠りながら,この石の来歴を概観する (Ultimate Reference Suite. Chicago: Encyclopaedia Britannica, 2008.).
 石はスコットランド・ゲール語で Lia Fail とも呼ばれる.重さ152キロ,66x41x28cm ほどの直方体をした淡黄色の砂岩で,ほぼ確実にスコットランド産とされる.唯一の装飾はラテン十字のみという,一見すると何の変哲もない石の塊である.
 ところが,この石に付された伝説は壮大だ.ケルトの伝承によれば,この石は族長ヤコブがベテルで天使の幻を見たときに枕にしていたものだという.聖地からエジプト,シチリア,スペインを経て,紀元前700年頃にアイルランドに至り,歴代アイルランド王が戴冠した Tara の丘に据えられた.その後,スコットランドへ渡ったケルト系のスコット人がこれを持ち込み,840年頃に Kenneth MacAlpin が Scone の村へ運んだとされる.
 史実として確かなのは,Scone において石が戴冠用の椅子の座に組み込まれ,スコットランド王の即位に用いられたことである.この石の上で戴冠した最後のスコットランド王は,1292年の John de Balliol だった.1296年,イングランド王 Edward I がスコットランドに侵攻し,他の神器とともにこの石をロンドンへ持ち去る.1307年には Westminster Abbey に,石がその下に収まるように設計された戴冠椅子 (Coronation Chair) が作られた.イングランド王がスコットランド王をも兼ねることを示す象徴であり,スコットランドにとっては屈辱の印である.
 石には古来,予言を刻んだ金属片が付いていたとも伝えられる.Walter Scott による英訳は次の通り.

Unless the fates be faulty grown
And prophet's voice be vain
Where'er is found this sacred stone
The Scottish race shall reign.


 1603年,Elizabeth I が世継ぎなく没すると,スコットランド王 James VI がイングランド王 James I として即位し,この石の上で戴冠した(「#3134. James VI 作の「主の祈り」」 ([2017-11-25-1]) を参照).愛国的なスコットランド人は,石のある地をスコットランド人が治めることになったのだから,この予言は成就した,と語った.
 近現代にも物語は続く.1950年のクリスマスの朝,スコットランド民族主義者たち(グラスゴー大学の学生たちだった!)が石を Westminster Abbey から盗み出し,スコットランドへ持ち帰った.4か月後に回収されて Abbey に戻されたものの,1996年,英国政府はついに石をスコットランドへ返還した.その後 Edinburgh Castle での展示を経て,現在は Perth Museum に安住の地を得ている.
 実物を前にした感想を率直に述べれば,それだけを見せられたら,ただの無骨な石である.しかし,その歴史的背景を知ると,あまりに重い.歴史の詰まった王位の象徴であり,王室の神器なのだから.厳重に管理されているとはいえ,博物館に足を運べば誰でも実物を見学できるというのが素晴らしい.
 Perth は Edinburgh や Glasgow からも1時間ほどの閑静な町で,川や丘も美しい.スコットランドを訪れる際には,ぜひ足を延ばしていただきたい町である.
 スコットランドとイングランドの関係史は,Scots と English の関係史とも表裏一体であり,英語史の観点からも重要なトピックである.

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2026-10-01 Thu

■ #6366. Trim Castle --- アイルランド最大のアングロノルマンの城 [ireland][anglo-norman][tabihel][tabihel_ireland][history]


Trim Castle, County Meath, Ireland



 先日,Dublin から車で1時間ほど北西に走ったところにある Meath 県の町 Trim を訪れた.目当ては,町の中心を流れる Boyne 川のほとりにそびえる Trim Castle である.良いタイミングで城内見学ツアーに参加することができた.1時間ほどかけて城内をめぐり,中世の城での生活に思いを馳せた.
 Trim Castle は,アイルランドにおける中世のアングロ・ノルマン様式の城のなかで最大の規模を誇る.建設に着手したのは Hugh de Lacy,そして息子の Walter de Lacy である.背景には,1171年のイングランド王 Henry II (在位1154--89年)によるアイルランド遠征があった.同年,Henry はアイルランド諸王の服属を受け入れるに至り,翌1172年には「アイルランド王」を名乗った.そして,遠征に従軍した Hugh de Lacy は,Meath 一帯の広大な領地を与えられ,この地に巨大な城の建設を始めたのだった.
 当時この城の中で交わされていた言語は,もちろんアイルランド語ではない.では,(中)英語だったかといえば,そうでもない.de Lacy をはじめとするアングロ・ノルマン系の領主たちの母語は,アングロ・ノルマン訛りのフランス語 (Anglo-Norman French) だった.1世紀ほど遡る1066年のノルマン征服によってイングランドの支配層に定着したこのフランス語の1変種が,そのままアイルランドにも持ち込まれたことになる.つまり,実権を握るノルマン貴族たちが城の中で日々口にしていたのはフランス語であり,英語も被支配者の母語であるアイルランド語も,城のなかで皆無だったとは断言できないものの,あったとしても少数派の言語にすぎなかった.
 もっとも,Henry II の遠征によってイングランドによるアイルランド支配が一気に確立されたわけでは決してない.その後何世紀にもわたり,ゲール系諸侯の抵抗と反乱,ノルマン系領主のゲール化,度重なる再征服の試みが繰り返され,統治は困難を極めた.この長く錯綜した歴史の詳細については,「#1715. Ireland における英語の歴史」 ([2014-01-06-1]) や「#2361. アイルランド歴史年表」 ([2015-10-14-1]) を参照されたい.


Window at Trim Castle used in a scene from Braveheart



 さて,Trim Castle にはもう1つ,意外な顔がある.アカデミー賞を受賞した映画 Braveheart (1995年)の撮影地として使われているのだ.物語の舞台は13世紀末のスコットランド独立戦争,イングランド王 Edward I とスコットランド軍との戦いだが,撮影は海を越えたこのアイルランドの城で行われたという.とりわけ印象的なのが,上掲の写真に写る窓である.映画内で Edward I が王太子の側近をこの窓から容赦なく突き落とす衝撃的な場面は,この窓を利用して撮影されたのだという.
 12世紀後半のアングロ・ノルマン貴族が話していたフランス語,その後何世紀にもわたる英語とアイルランド語の複雑な力関係,そして20世紀末のハリウッド映画の舞台.Trim Castle は今も Boyne 川を見下ろしながら息している.

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最終更新時間: 2026-10-13 05:00

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