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2026-08-28 Fri

#6332. heldio で3回にわたり静岡大学名誉教授・服部義弘先生にインタビュー [voicy][heldio][notice][gvs][bibliography][open_mic][helkatsu][helmate]

 Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」 のオープンマイク企画の一環として,heldio/helwa コアリスナーの kendama_player さんが,大学院時代の恩師である静岡大学名誉教授・服部義弘先生(専門は英語音韻論・英語史)にインタビューをしてくださいました.
 服部先生といえば,日本の英語音韻論および英語史研究を長年牽引されてきた重鎮です.その服部先生が heldio にご出演いただけるとは,驚くやら嬉しいやらで,私も感激いたしました.kendama_player さんがヘルメイトとして素晴らしいご縁をつないでくれました.企画は3回にわたる対談となっており,すでに heldio にて配信済みです.リンクを以下に掲げますので,ぜひお聴きください.

 ・ 「#1909. 静岡大学名誉教授・服部義弘先生に聞く! --- ご経歴,そして堀田との関係は?」



 ・ 「#1912. 静岡大学名誉教授・服部義弘先生に聞く! --- 大母音推移は本当にあったのか?」



 ・ 「#1915. 静岡大学名誉教授・服部義弘先生に聞く! --- お薦めの英語史の本は?」



 初回配信回では,服部先生のご経歴とともに,服部先生と私との学術的な関係について触れていただきました.お話しの中で言及された論著やシンポジウムの情報を,年代順に整理して掲載しておきます.

 ・ 中野 弘三・服部 義弘・小野 隆啓・西原 哲雄(監修) 『最新英語学・言語学用語辞典』 開拓社,2015年.
 ・ 堀田 隆一 「英語史における音・書記の相互作用 --- 中英語から近代英語にかけての事例から ---」近代英語協会第34回大会シンポジウム「英語音変化研究の課題と展望」(青山学院大学),2017年6月24日.
 ・ 服部 義弘・児馬 修(編) 『歴史言語学』 朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.
 ・ 堀田 隆一 「英語における may 祈願文の発生と発達」『歴史言語学』第8号(日本歴史言語学会編),2020年.67--80頁.
 ・ 堀田 隆一 「英語の発音と綴字の乖離と GVS」 日本音声学会主催 第35回音声学セミナー(青山学院大学京都大学),2025年9月28日.

 第2回では,英語史における音変化としては最も著名な大母音推移 (gvs) の話題を掘り下げていただきました.服部先生が対談のなかで言及・示唆された文献一覧は以下の通りです.

 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 1. Copenhagen: Munksgaard, 1909.
 ・ Sapir, Edward. Language. New York: Hartcourt, 1921.
 ・ Smith, Jeremy J. An Historical Study of English: Function, Form and Change. London: Routledge, 1996.
 ・ Minkova, Donka and Robert Stockwell. "Phonology: Segmental Histories." A Companion to the History of the English Language. Ed. Haruko Momma and Michael Matto. Chichester: Wiley-Blackwell, 2008. 29--42.
 ・ Stenbrenden, Gjertrud Flermoen. Long-Vowel Shifts in English, c. 1150--1700: Evidence from Spelling. Cambridge: CUP, 2016.
 ・ 服部 義弘 「第3章 音変化」服部 義弘・児馬 修(編) 『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.47--70頁.
 ・ 米倉 綽・中村 芳久 (編) 『英語学が語るもの』 くろしお出版,2018年.

 対談のなかで服部先生は,大母音推移を構成する個々の音変化が一貫した連鎖反応として生じたわけではないとする「バラバラ説」を支持されつつも,Sapir のいう drift(駆流)の概念を引き合いに出しながら,全体としては大きな音変化の潮流をなしていたと捉える見解を示されました.一方で,現代の英語教育・英語学習の観点から見れば,GVS を一枚岩の現象として整理して捉えることにも十分に教育的利点がある,と柔軟な視点から述べられていたのが印象的でした.
 第3回では,服部先生選りすぐりのお薦め英語史書を挙げていただきました.英書と和書の,専門性の高い推薦書です.

 ・ Mugglestone, Lynda, ed. The Oxford History of English. Oxford: OUP, 2006.
 ・ Hogg, R. M. and D. Denison, eds. A History of the English Language. Cambridge: CUP, 2006.
 ・ Fulk, R. D. A Comparative Grammar of the Early Germanic Languages. Benjamins, 2018.
 ・ 寺澤 芳雄(編集主幹) 『英語語源辞典』新装版 研究社,2024年.
 ・ 寺澤 芳雄・川崎 潔 (編)  『英語史総合年表 --- 英語史・英語学史・英米文学史・外面史 ---』 研究社,1993年.

 とりわけ『英語史総合年表』の選書にはしびれました.重厚かつ多角的に英語史の歩みを鳥瞰できる名著です.本書は現在でも入手可能ですので,関心を抱いた方はぜひ書棚に揃えてみてください.
 服部先生,刺激的なお話を本当にありがとうございました.ぜひ次回は,kendama_player さんも含めて3人で直接お会いして,さらに深くお話ししたいと思いました.ありがとうございました!

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2026-08-27 Thu

#6331. often の発音から twelve の語源まで --- sorami さんの『英語語源ハンドブック』クイズ第16弾 [note][hee][helkatsu][hel_education][quiz][suffix][numeral][waseieigo][voicy][heldio]



 heldio/helwa コアリスナーの sorami さんによる『英語語源ハンドブック』に基づいた「授業で使える!中学生向け英語語源クイズ」シリーズが,回を重ねるごとにますます充実の内容となっています.隔週土曜日に新作が公開されており,8月22日に公開された最新回は,「授業で使える! 中学生向け英語語源クイズ#16~often/和製英語IV~」と題する第16弾です.
 今回は全6問と,例によってボリューム満点の構成です.発音の変化に始まり,語形成,数詞の語源,そして恒例の和製英語シリーズへと,バラエティ豊かな話題が展開していきます.あまり細かく紹介するとネタバレになってしまいますので,ここではいくつかの問いを厳選してお伝えします.
 まずは,oftent を発音するかどうかという,現代英語の発音をめぐる身近な疑問から幕を開けます.学校では長らく無音とされてきた t ですが,近年ではむしろ発音する話者が増えているとも言われています.規範として教わる発音と,実際に使われている発音とが必ずしも一致しないという事実に触れることは,「発音は一度決まったら変わらない」という思い込みを崩す良いきっかけになるはずです.
 続いて,letter から email へと連なる通信手段をめぐる語彙の移り変わりや,接尾辞 -able の働きを問う問題,さらには port という部品を含む単語群を,接頭辞ごとに整理して考えさせる問題が並びます.基本的な語彙の背後に潜む形態論的な規則性に気づかされる,知的好奇心をくすぐる構成です.
 後半のハイライトは,数詞 twelve の語源です.ten と「余り」を意味する語の組み合わせに由来するという成り立ちを知ると,現代の10進法とは異なる数え方の名残が,日常的に使う数詞のなかにひっそりと刻み込まれていることに気づかされます.
 そして締めくくりは,恒例となった和製英語クイズの第4弾.「リベンジ」「スマート」「マンション」など,すっかり日本語化してしまった外来語的表現を,英語圏で通じる形にどう言い換えればよいかを問う,実践的な8題が用意されています.学校の授業はもちろん,日常会話でもすぐに役立つ内容です.
 今回も sorami さんは,「授業の小ネタ,ウォームアップ,グループ活動などに自由に使っていただければ幸いです.ALTの先生を巻き込むのもありですね!」と呼びかけています.印刷してそのまま配布できる pdf 資料も用意されていますので,学校現場ですぐに活用できますね.
 sorami さんのクイズ・シリーズの主な典拠となっているのは,刊行から1年2ヶ月ほどが経つ『英語語源ハンドブック』(研究社)です.2ヶ月ほど前の6月30日には物書堂より『英語語源ハンドブック』アプリ版 (iOS) も発売されていますので,ぜひこちらよりチェックしてみてください.


 ・ 唐澤 一友・小塚 良孝・堀田 隆一(著),福田 一貴・小河 舜(校閲協力) 『英語語源ハンドブック』 研究社,2025年.

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2026-08-26 Wed

#6330. 月刊誌『英語教育』に『なぜさんたんげん』の書評が掲載 [notice][nazesantangen][review]


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 一昨日の記事「#6328. 月刊誌『英語教育』の「いのほた連載」第6回 --- 英語は本当に「直接的」なのか」 ([2026-08-24-1]) で紹介した同誌の最新刊9月号の70ページに,6月に刊行された拙著『なぜさんたんげん』の書評が掲載されました.評者は岐阜聖徳学園大学の西脇幸太氏です.本書の丁寧なご紹介,ありがとうございます.
 今回いただいた書評はコンパクトな紙幅ではありますが,本書の狙いや特徴を的確に捉えてくださっています.本書について「専門的な内容を,質を落とさず平易に解説している点だけでも十分に価値がある」と評価された上で,随所に織り交ぜた日本語との比較対照によって「英語だけでなく日本語への理解も深まり,言葉そのものの面白さや奥深さに気づかせてくれる」点に本書の大きな魅力がある,との言葉を寄せてくださいました.
 拙著『なぜさんたんげん』では,現代英語の不規則性や文法上の謎を英語史の観点から解きほぐすだけでなく,日本語という身近な母語のレンズを通すことで,ことばのダイナミズムを立体的に体感していただくことを意識して執筆しました.専門家として記述の厳密さは担保しつつ,一般読者の方々へそのエッセンスを届けるという挑戦に対して,まさに意図したところを汲み取っていただけた思いです.著者として大きな励みになります.
 ありがたいことに,刊行以来,雑誌媒体のみならず SNS,ブログ,note,YouTube 等のウェブ上の各種メディアでも,本書に関する熱のこもったご感想や書評,紹介動画などが数多く寄せられています.こうした皆さんからの反響については,著者公式の特設ページにて随時一覧化し,まとめています.
 この特設 HP では,いただいたレビューの紹介にとどまらず,本書と関連して音声・動画コンテンツへのリンクも豊富に取り揃えています.本書をすでにお読みいただいた方の復習や深掘り用としてはもちろん,これから手に取ってみようとお考えの方のガイドとしても活用いただけると思います.ぜひ一度特設 HP を覗いてみてください.日々更新しており,アクセスカウンターは2,700を超えています.
 引き続き,ブログ,note,各種 SNS,あるいは Amazon などのレビューサイトなど,様々な媒体でのご感想・レビューをお待ちしています.皆さんからの声が,英語史の魅力をより多くの方へ届ける大きな力となります.「hel活」の一環としても,ぜひ率直な声をお寄せいただけますよう,お願いします.

 ・ 西脇 幸太 「書評:『英語史で解く英文法の謎 「なぜ3単現の s」をつけるのか』(堀田隆一著,NHK出版新書,1,078円)」『英語教育』(大修館) 2026年9月号,2026年.70頁.
 ・ 堀田 隆一 『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』 NHK出版〈NHK出版新書〉,2026年.

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2026-08-25 Tue

#6329. 昨朝の朝日サンヤツ広告に『英語語源ハンドブック』が掲載 --- 物書堂からのアプリ版も [hee][notice]

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 一昨日の8月23日(日)付の朝日新聞朝刊の第1面下部,「サンヤツ広告」の枠に,研究社より刊行されている『英語語源ハンドブック』 (=HEE) の広告が掲載されました.
 広告のキャッチコピーには「見慣れた単語から,英語が四次元的に見えてくる!」と大書されており,本書のコンセプトである「約1000の基本語について,意味・語形・発音の変化や,単語間の隠れた絆などを徹底解説」という魅力がコンパクトに凝縮されています.刊行から1年以上が経ち,ありがたいことに重版を重ねていますが,こうして新聞広告という大きな媒体を通じて,一般の読者の方々へも本書の存在が届く機会をいただけるのは,本当に嬉しい限りです.
 そして,広告の下部をよく見ていただくとお気づきになるかと思いますが,そこには「iOSアプリも好評発売中です」の文言とともに,QRコードが添えられています.そう,去る6月30日に,辞書アプリの雄である物書堂さんよりリリースされた,HEE のアプリ版です.
 このアプリ版の存在は,本書の使い勝手を文字通り「別次元」へと引き上げてくれます.先日 Voicy heldio で配信した「#1871. 『英語語源ハンドブック』(冊子版・アプリ版)の使用感をヘビーユーザーの皆さんに聞いてみました」でも,ヘビーユーザーの方々から熱い反響をいただきましたが,物書堂アプリならではの「全文検索」の威力は圧倒的です.うろ覚えの語句や,解説文のなかに登場するキーワード,あるいは「グリムの法則」といった専門用語からでも,瞬時に関連記述へアクセスすることができます.さらに,物書堂アプリ内で他の英和辞典などと連携し,シームレスにジャンプしながら調べ物を進められる体験は,一度味わうと手放せなくなると好評です.(hellog 記事「#6293. 皆さん『英語語源ハンドブック』(冊子版・アプリ版)をどのように使っていますか?」 ([2026-07-20-1]) も参照.)
 出版社である研究社の方からも「書籍版と併せてお勧め」したいとのこと.紙の冊子版がもつ「通読して全体のネットワークを俯瞰する」「余白に書き込める」という良さと,アプリ版が誇る「圧倒的な携帯性と検索性」という強みが,みごとな相乗効果を生み出しているといえます.
 現在アプリ版をご利用いただけるのは iOS (iPhone/iPad) ユーザーの方に限られますが,お手持ちのデバイスにこのハンドブックを入れておけば,日常のふとした瞬間にいつでも語源の森へ分け入ることができます.外出先での学習はもちろん,英語を教えていらっしゃる先生方にとっても,授業の合間にサッと引ける最高の「虎の巻」となるはずです.Android ユーザーの私としては,Android 版の登場も待ちたいところです.
 冊子版をお持ちの方も,まずはアプリ版から入ってみたいという方も,ぜひこの機会にアプリ版『英語語源ハンドブック』をご活用いただければと思います.両者を併用することで,英語の語彙の世界がさらに立体的,かつ四次元的に広がっていくはずです.
 この機会に,私が制作・公開している『英語語源ハンドブック』特設HPも,ぜひ訪れてみてください.『英語語源ハンドブック』に関する最近の関連記事として,以下もご参照いただければ.

 ・ 「#6265. 『英語語源ハンドブック』刊行から1年 --- 索引と正誤表の最新版も」 ([2026-06-22-1])
 ・ 「#6278. 「居酒屋KKH」 --- 『英語語源ハンドブック』発売1周年記念のオンライン対談」 ([2026-07-05-1])
 ・ 「#6293. 皆さん『英語語源ハンドブック』(冊子版・アプリ版)をどのように使っていますか?」 ([2026-07-20-1])

 今後とも,『英語語源ハンドブック』の冊子版・アプリ版ともども,ご愛読・ご愛用いただけますよう,よろしくお願いします.

 ・ 唐澤 一友・小塚 良孝・堀田 隆一(著),福田 一貴・小河 舜(校閲協力) 『英語語源ハンドブック』 研究社,2025年.

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2026-08-24 Mon

#6328. 月刊誌『英語教育』の「いのほた連載」第6回 --- 英語は本当に「直接的」なのか [inohota][ippeiinoue][youtube][inohota_rensai][sociolinguistics][pragmatics][notice][inohotanaze][speech_act]


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 月刊誌『英語教育』(大修館書店)にて,同僚の井上逸兵氏(慶應義塾大学)とともに「いのほた言語学チャンネル PRESENTS 英語を深める社会言語学・英語史の視点」を連載しています.8月12日に発売された9月号に,第6回記事「英語は本当に「直接的」なのか ―― 「察し」を再考する」が掲載されました.
 今回のメイン執筆者は井上逸兵さんです.世間でよく耳にする「日本語は察しの文化,英語ははっきりと意思表示する言語」というステレオタイプを,社会言語学や語用論の視点から鮮やかに切り崩していく,痛快で知的な論考となっています.
 記事ではまず,ビジネスシーンなどでも安易に持ち出されがちな「高コンテクスト/低コンテクスト」という文化の2分法に対して疑問符が投げかけられます.親しい英語母語話者同士の会話がきわめて高コンテクストであるように,どのような言語共同体であっても間接的な伝達や「察し」は存在します.
 本稿の中心となるのは,英語の慣用表現にみられる高度な間接性の分析です.たとえば,相手への押しつけを弱める依頼表現 I don't suppose you could help me with this, could you? や,異議を婉曲に伝える We might want to reconsider that. など,字面通りの意味とは異なる意図を聞き手に推論させる「型」が英語には豊富に備わっています.また,イギリス英語でとりわけ好まれる皮肉や控えめな表現を取り上げ,散々な結果の後に発せられる Well, that went well. のように,表面の意味をひっくり返して理解させる複雑な言語行為の仕組みを解き明かしています.これらは単なる当てこすりではなく,前提を共有する者同士の仲間意識を確かめ合う機能を持つという指摘にも納得させられます.
 さらに興味深いのは,映画翻訳の対照分析です.挙げられている例については記事本体を参照いただければと思いますが,相手への直接的な働きかけを避け,状況を示して判断を相手に委ねる英語のあり方は,まさに「独立」の尊重と「つながり」の維持という2つの対人関係的配慮から生まれているのです.
 記事の末尾には,恒例の「相方からの一言」も付しています.現在,サバティカル研究でイギリスやアイルランドに滞在している私自身の実感としても,人間関係に影響する場面で用いられる回りくどい言い回しや,高度な皮肉には日々遭遇しており,まさに英語における「察し」の奥深さと難しさを肌で感じているところです.
 形式上の直接性と実際のコミュニケーションにおける直接性の違いに目を向けることで,英語と日本語の新たな側面が見えてくる好編となっています.ぜひ全国の書店やオンライン書店にて,『英語教育』9月号を手にとっていただければ.

 ・ 井上 逸兵・堀田 隆一 「いのほた言語学チャンネル PRESENTS 英語を深める社会言語学・英語史の視点 第6回 「英語は本当に「直接的」なのか ―― 「察し」を再考する」『英語教育』2026年9月号,大修館書店,2026年8月12日.44--45頁.

Referrer (Inside): [2026-08-26-1]

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2026-08-23 Sun

#6327. カナダへ16往復した不屈の船 --- ダブリンの Jeanie Johnston Famine Ship 前より [ireland][dublin][great_famine][tabihel][canadian_english][l][th][be][perfect][auxiliary_verb][newfoundland_english][variety]


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 昨日の記事「#6326. アイルランド大飢饉の英語史上の意義 --- ダブリンの記念像前より」 ([2026-08-22-1]) に引き続き,アイルランドのジャガイモ大飢饉(the Great Famine)にまつわる話題.
 ダブリンのリフィー川沿いを朝ジョギングしていると,あの痛切な飢饉追悼記念像(Famine Memorial)から目と鼻の先に,堂々たる3本マストの帆船が係留されているのが目に入る.これは,19世紀半ばにアイルランドの西岸 Tralee からカナダへと移民を運び続けた帆船 Jeanie Johnston Famine Ship である.本物は沈没してしまっているため,これはレプリカなのだが,ダブリン観光の呼び物の1つとなっている.
 当時,飢餓と病から逃れるべく大西洋を渡った移民船の多くは,昨日の記事でも触れたように,劣悪な衛生環境と過密積載のため「棺桶船」 (coffin-ships) と呼ばれた.乗船者の3分の1近くがチフスやコレラ等で命を落とすことも珍しくなかった.しかし,この Jeanie Johnston 号の経歴は奇跡ともいうべきものだった.船長の James Attridge による徹底した衛生管理と定員制限,船医 Richard Blennerhassett の乗船によって,1848年の初航海から1855年までの間に,アイルランド西部の Kerry 県の首都 Tralee からカナダへ16往復し,2,500人もの移民を輸送しながら,船上での死者をただの1人も出さなかったという栄光の記録を残しているのだ.後に木材輸送船となり1858年に浸水・沈没した際にも,乗組員全員が生還を果たしたというから,乗船した者にとっては幸運の船としか言いようがない.
 ところで,こうした飢饉移民の船が向かった先であるカナダ(アメリカ合衆国ではなく)の英語には,アイルランド英語の痕跡は残っているのだろうか.私自身はカナダ英語とアイルランド英語の接点について不勉強なのだが,少し調べてみたところ,カナダのなかでもとりわけ Newfoundland の英語 (newfoundland_english) に注目すると,明確な影響の痕が見られるようだ.Kirwin (449--50) の "Anglo-Irish Influence" と題された節によると,Newfoundland の英語変種には,例えば以下のようなアイルランド英語由来の顕著な特徴があると報告されている.

 ・ 明るい /l/ (clear /l/)
 ・ 歯摩擦音 /θ/, /ð/ の破裂音 [t], [d] での代替
 ・ 習慣的現在 (consuetudinal present) を表わす be
 ・ 直前完了を表わす be after -ing 構文
 ・ 助動詞 shall を用いず,もっぱら will で一貫させる特長

 Tralee の港から命がけで海を渡っていった人々の記憶と,彼らの運んだ言葉の痕跡は,海を越えたカナダの地に,少なくとも Newfoundland に,今も息づいているということだ.帆船を見上げながら,過酷な歴史の荒波と,海を渡った英語変種に思いを馳せている.

 ・ Kirwin, William J. "Newfoundland English." The Cambridge History of the English Language. Vol. 6. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 2008. 441--55.

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2026-08-22 Sat

#6326 アイルランド大飢饉の英語史上の意義 --- ダブリンの記念像前より [ireland][dublin][irish_english][great_famine][tabihel][language_shift][ame]


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 アイルランドの首都ダブリンに滞在している.毎朝,市内を西から東に流れる Liffey 川沿いをジョギングしているのだが,壮麗な Custom House Quay の近くに,飢餓に苦しみながら河口埠頭へと歩く人々をかたどった飢饉追悼記念像(上記写真)を横目に走ることになる.1847年5月,Roscommon 県の Strokestown からダブリン港まで,1490人もの小作農民たちが165キロ(100マイル)におよぶ過酷な道のりを歩かされた記録 (The National Famine Way) が記されている.彼らはカナダを目指して「棺桶船」 ("coffin-ships") に乗り込んだが,多くの命が航海中や到着直後に失われた.新世界で生活を始めることができたのは,Strokestown を出発した1490人のうち,2/3にも満たなかったという.
 1840年代後半にアイルランドを襲ったジャガイモ大飢饉(the Great Famine, またはアイルランド語で An Gorta Mór)は,アイルランド史のみならず,近代ヨーロッパ史における最大の悲劇の1つである.しかし同時に,英語史の観点からも重大な転換点となった.この未曾有の災厄がもたらした英語史上の意義は,2点あるように思われる.
 第1に,アイルランド国内における劇的な言語交替 (language_shift) の加速だ.大飢饉以前より社会的な圧力から英語化の流れは生じていたが,依然としてアイルランド語を母語とする話者層も強固に残っていた.ところが,飢餓と疫病によって命を落とし,あるいは国外への脱出を余儀なくされた人々の多くは,アイルランド語を話す農村部や西部の貧しい階層だった.大飢饉による人口の急減と人口動態の激変によって,世代間の言語継承が断ち切られ,アイルランド語から英語への交替が一気に進むことになったのである.これにより,アイルランド語を基層言語とする独自の英語変種,すなわちアイルランド英語 (irish_english) の形成も決定づけられた.
 第2に,世界的な英語変種,とりわけアメリカ英語への影響である.大飢饉を逃れてアメリカやカナダなどへと渡った膨大な数のアイルランド系移民は,各地で自分たちのコミュニティを形成した.彼らが携えていったアイルランド英語の語彙,語法,発音の特徴は,部分的にせよ移住先の英語へ移植され,各地の英語変種に独特のアイルランド風味をもたらすことになった.19世紀半ば以降のアメリカ英語の形成や多様化を語る上で,アイルランド移民の存在は欠かすことができない.関係する具体的な言語項目については,「#327. Irish English が American English に与えた影響」 ([2010-03-20-1]) や「#328. 菌がもたらした(かもしれない) will / shall の誤用論争」 ([2010-03-21-1]) を参照.
 この大飢饉は,一見するとジャガイモの疫病による天災のように見える.しかし,その実態はイギリス統治下の収奪が生み出した人災の側面が大きい.近代のイギリス支配のもとで,アイルランドの人々は東部の肥沃な土地を奪われ,地味の乏しい西部の狭小な土地で,高収量なジャガイモのみに依存する極端なモノカルチャーへと追い詰められていたからだ.社会構造の歪みが,農作物の病害を壊滅的な大惨事へと変えてしまったわけだ.
 言語の歴史は,文法規則の変遷だけで完結するものではない.まさに「英語と歴史」が交錯する現場において,人々の移動,社会の激変,そしてときに過酷な歴史的悲劇が,言語の運命を大きく揺り動かすことがある.毎日ダブリンの記念像の前を通り過ぎながら,大飢饉という歴史の傷跡が世界の英語のあり方をいかに変えてきたかを考えている.
 関連して「#2958. ジャガイモ,アイルランド,英語史」 ([2017-06-02-1]) も参照されたい.

Referrer (Inside): [2026-08-23-1]

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2026-08-21 Fri

#6325. heldio オープンマイク企画 --- 英語史のアウトリーチ活動「hel活」の新たな段階として [voicy][heldio][helkatsu][outreach][helmate][helwa][open_mic]



 8月9日に,Voicy heldio で「#1897. heldio オープンマイク」と題する配信回をお届けした.
 英語史をお茶の間に届けるべく,2021年6月に開始した Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」は,おかげさまで5年を超え,1日も休まず毎朝の配信を続けてこられた.本ブログ「hellog~英語史ブログ」については,2009年5月以来,かれこれ17年以上にわたって毎日更新を継続している.この間,各種メディアでの発信,YouTube「いのほた言語学チャンネル」,雑誌連載,書籍の執筆,市民講座の開講など,英語史の裾野を広げるアウトリーチ活動,すなわち「hel活」 (helkatsu) に注力してきた.
 しかしながら,率直に告白すれば,私ひとりの力で毎日休まず新たなコンテンツを生み出し続けることには,物理的・時間的な限界が訪れつつある.近年は各種プロジェクトが目白押しで,日々の発信に追われるあまり,インプットが枯渇し,カラカラの状態になっているのである.アウトプット過多による質の低下は,何より私自身が日々痛感している.heldio について番組の継続を断念するか,あるいは配信頻度を下げるか,悩む日々が続いていた.
 そこで heldio について思いついたのが,マイクをコアリスナーの皆さんに開放する「オープンマイク企画」である.折しも Voicy のプレミアムリスナー限定配信チャンネル「英語史の輪 (helwa)」や月刊ウェブマガジン Helvillian では,熱心なリスナー(「ヘルメイト」と呼んでいる)の皆さんが主に note などのプラットフォームで自主的なhel活を繰り広げてくださっている.私ひとりで抱え込むのではなく,英語史を愛するリスナーの皆さんに番組制作の一翼を担っていただく体制へと移行できないかと考えたのである.
 当初は向こう1,2年をかけた中長期的なマイク委譲計画を思い描いていたのだが,7月下旬に helwa 内で協力を呼びかけたところ,わずか数週間のうちに驚くべきスピードで企画が動き出した.ヘルメイトの皆さんが自発的に対談やインタビューなどの音声コンテンツを次々と制作・提供してくださり,瞬く間にチャンネルを支えていただく体制が整ったのである.この熱気と実行力には,ただただ圧倒され,感謝の念に堪えない.
 オープンマイク企画には,大きく3つの狙いがある.第1に,私自身にかかっていた負担を適度に緩和すること.第2に,ヘルメイトの皆さんのフレッシュな熱量と多彩な知見を番組に吹き込むこと.そして第3に,発信者の多様化によってリスナーにとっても飽きのこない,より重層的で魅力的なチャンネルへと進化させることである.
 Voicy に代表される音声配信は,本来誰もが発信者となりうるウェブ時代のメディアである.英語史のアウトリーチ活動も,研究者からの一方通行の啓発という段階を終え,コミュニティ全体で楽しみながら知を共有するフェーズに入りつつあると考えている.私自身もメインのパーソナリティとして発信を継続しつつ,ヘルメイトの皆さんとともにこの場をサステイナブルに育てていきたい.日頃お聴きいただいているリスナーの皆さんにも,ぜひコメントなどでオープンマイク企画を応援していただき,さらには helwa への参加を通じてチャンネル制作の輪に加わっていただければ.よろしくお願いします.

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2026-08-20 Thu

#6324. アウトリーチ活動とは何か? --- 英単語 outreach の発展 [helkatsu][outreach][semantic_change][conversion][compound][terminology][japanese]

 近年,学術界をはじめ教育,福祉,医療,文化活動などの現場で「アウトリーチ(活動)」というカタカナ語を頻繁に耳にするようになった.私自身も英語史を広める活動,「hel活」 (helkatsu) を展開するなかで,このアウトリーチという概念を強く意識するようになってきた.本ブログでも「#6161. 『中央評論』の特集「アウトリーチ活動の多様な見方」を読んで」 ([2026-03-10-1]) などで関連する話題に関心を寄せてきた.
 しかし,そもそも英単語の outreach とは何なのか.今回はこの単語の意味変化 (semantic_change) と品詞転換 (conversion) の歴史を振り返ってみたい.
 動詞としての outreach の歴史は古く,古英語期にまで遡る.接頭辞 out- に基本動詞 reach が結合したもので,きわめて古英語らしい典型的な複合語である.原義としては「渡す,提示する」から始まり,そこから「超える,延伸する」,さらには「手を届かせる,手を伸ばす」へと発展し,比喩的に「手を差し伸べる」という語義を獲得するに至った.なお,後期近代英語期には,句動詞としての reach out も同様に比喩的な語義での使用が見られるようになる.
 一方,品詞転換によって生まれた名詞としての用法は,動詞に比べるとぐんと新しいものである.OED (Oxford English Dictionary) によると,名詞用法の初例は1835年のことだ.名詞としての語義の広がりも動詞の発展経路とおおむね軌を一にしており,使われ始めた当初から「届く範囲」という物理的な原義から,比喩的な「手を差し伸べること」に至るまで,幅広い意味で用いられていた.
 私たちの「アウトリーチ」に近い語義に接近するのは,19世紀末のことである.1899年以降,「ある組織が,支援や教育のために,あるいは自らの目的を広く伝えるために,それを知らない人々に向けて働きかけをする活動」という特殊な語義を発展させてきた.OED より該当の定義を引いてみよう.

2.b. spec. The activity of an organization in making contact and fostering relations with people unconnected with it, esp. for the purpose of support or education and for increasing awareness of the organization's aims or message; the fact or extent of this activity. (1899--)


 そして,20世紀中に,福祉・医療・介護・心理・教育といった幅広い分野でこの「手を差し伸べる」の語義が定着し,形容詞的にも用いられ,outreach programs, a YMCA outreach worker, outreach effort, outreach activity などの表現が現われるようになった.
 日本語におけるカタカナ語の「アウトリーチ(活動)」は,英語において後発的に発達したこの名詞・形容詞の語義を近年になって借用したものである.その語感としては,『現代用語の基礎知識2008』の解説が参考になる.そこでは「福祉サービスで規定や通常の限度を超えて手を差しのべようとする活動」と説明されている.アウトリーチ活動の本質は自主性や積極性にあるということだろう.
 言ってみれば「誰からも明示的に求められてもいないのに,自ら枠を飛び越えて行なう活動」であり,見方によっては一種の「お節介」に近い性格をもっているとも考えられる.あるいは,利潤を追求しない企業家精神,とも言えるかもしれない.
 閉じた領域にとどまらず,まだその価値を知らない人々に向けて積極的に手を伸ばしていくことこそが,現在使われている「アウトリーチ」という語の核心なのだろうと解釈している.意味変化の歴史や用法の広がりをたどってみると,単語の輪郭がより鮮明に見えてくる.

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2026-08-19 Wed

#6323. Dublin 市内の Liffey 川沿いの言語景観 [dublin][irish][linguistic_landscape][sociolinguistics]

 現在アイルランドの Dublin に滞在しており,毎日 Liffey 川沿いをジョギングしている.その限られた視界のなかでも,実に多様で興味深い言語景観 (linguistic_landscape) が目に飛び込んでくる.今回は街で見かけたアイルランド語と英語の表記について,2枚の写真とともに雑感を記してみたい.
 Dublin の街中を観察していると,公共性の高い標識にはアイルランド語 (irish) と英語の2言語表記が徹底されていることがよく分かる.次の写真のように駐車禁止などの道路標識をはじめ,バス停の運行情報に至るまで,この基本方針は一貫しているといってよい.


dublin_landscape_parking_sign.jpg



 とりわけ興味深いのは,表記の順序である.「必ず第1にアイルランド語,第2に英語」という並び順になっているのだ.海外からの観光客も含め,街中で最も広く通用する言語が英語であることは自明である.市民の大多数にとっても母語は英語であり,日常的にアイルランド語を流暢に操る話者は決して多数派ではない.にもかかわらず,理解度が圧倒的に高いはずの英語を差しおいて,アイルランド共和国のアイデンティティとjjシンボルを体現するアイルランド語が表示の最上位に優先して置かれるのである.
 そのため,看板から素早く情報を読み取ろうとするとき(それが標識を見る大抵の動機なのだが),無意識のうちに2段目や下部に配置された英語表記の始まりを探す癖がついてしまう.実用的な情報処理の動線と,国家的な象徴性の標示との間に,ギャップが感じられるのだ.
 もっとも,すべての公共物に2言語表記が徹底されているわけではない.たとえば,街角に設置されたゴミ箱の注意書きなどを見ると,英語のみのモノリンガル表記になっているケースが散見される.これはスペースの制約という物理的な事情もあるかもしれないが,地元民のみならず観光客に対しても,ゴミのポイ捨て禁止を周知したいという強い実用的な動機づけが優先された結果かもしれない.


dublin_landscape_bin.jpg



 公共性と対照的な軸として考慮すべきなのが商業性である.店舗の看板や広告といった商業的な表記においては,通行人に商品やサービスを認知させ,購買行動につなげることが最重要となるため,圧倒的な通用度を誇る英語が前面に出るのは自然だろう.
 さらに,標識が設置された年代やタイミングも無視できない要因なのではないかと睨んでいる.言語政策の推進の度合いや予算,社会的な意識の変遷によって,古い看板と新設された案内板とでは表記の傾向に微妙なズレが生じることもあるはずだ.街の標識や看板には,新旧のものが混じっているのが普通だろう.
 このように Dublin の言語景観を眺めていると,第1にアイルランド語,第2に英語という「公式の理想」を掲げつつも,(1) 公共性の度合い,(2) 商業性の度合,(3) 物理的な表記スペースの制約,(4) 設置年代やその他の様々な要因が複雑に絡み合い,せめぎ合っているように思われる.
 首都 Dublin を離れ,他の地方都市や農村部,さらにはアイルランド語が日常的に話されているゲールタハト (Gaeltacht) へと足を延ばせば,またまったく異なる言語景観のバランスが観察できるのだろうと思われる.言語政策と言語の実態がどのように街の景色に刻まれているのか,引き続き足を動かしながら観察を続けていきたい.

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2026-08-18 Tue

#6322. スコットランドの入り口,駆け落ち婚の名所 Gretna Green のトイレ [onomastics][tabihel][semiotics][semantics][sociolinguistics][voicy][heldio]


Gretna_Green_notice.jpg



 先日,イギリスを旅する機会があり,イングランドからスコットランドへと北上するルートをたどりながら「旅hel」 (tabihel) を実践してきました.その道中,イングランドとスコットランドの国境を越えてすぐの場所にあるスコットランド側の村,Gretna Green に立ち寄りました.スコットランドの玄関口に位置する村です.
 この村にある観光スポット Gretna Green Famous Blacksmiths Shop を訪れた際,立ち寄ったトイレの男女別表示に目が留まりました.通常の MenWomen などではなく,Groom (花婿)と Bride (花嫁)という文字で案内されていたのです.周囲にピクトグラムはなかったように思うのですが,いずれにせよこの単語の綴字が目に飛び込んできたため,「おや,どっちがどっちだったっけ」と一瞬考えつつ,正しく Groom のほうへ入りました.なぜこのような表示がなされているのでしょうか.
 その背景には,Gretna Green のユニークな歴史があります.1754年,Lord Hardwicke's Marriage Act (ハードウィック卿の結婚条例) が施行されました.これにより,イングランドおよびウェールズでは21歳未満の若者が親の承諾なしに結婚することが法的に厳しく制限されることになりました.ところが,国境を越えた北側のスコットランドでは婚姻に関する法律が緩やかで,若者同士の結婚が可能だったのです.
 そこで,イングランド側で若いカップルたちが国境を目指して北上し,最初に到達する村である Gretna Green へと駆け落ちして結婚の誓いを立てるようになりました.こうして,この村は「駆け落ち婚の名所」,ひいては「愛の聖地」として定着していったのです.村の鍛冶屋が金床を打って結婚式を取り仕切ったということです.
 現在でも多くの観光客やカップルが訪れる名所となっているようです.私が訪れたときにも,結婚式を終えたとおぼしき1組のカップルが芝生で写真を撮っていました.「愛の聖地」として,日本でも見られるようなラックに南京錠がぎっしりとかけられていました.


Gretna_Green_locks.jpg



 トイレの男女別表示における言語表現という点では,8月13日に heldio/helwa のコアリスナーである Grace さんが note 記事「どちらに入るか、それが問題だ。」で,日本料理のお店のトイレの表記「花子/太郎」を取り上げ,その記号論的な効果を考察されていました.固有名詞論 (onomastics) の観点からいえば,固有名詞それ自体には指示対象があるのみで記述的な意味論的意味はないと説明されるのが一般的ですが,一般名詞化して男性や女性を代表する記号として用いられると,文化的な連想や雰囲気を喚起する connotation を帯びるようになる,という点を指摘した,洞察に富む論考でした.
 今回の GroomBride の場合,単語そのものはもとより一般名詞ですが,通常の Men / Women の代わりに用いられることで,Gretna Green という土地の歴史的文脈を鮮やかに浮き彫りにする記号として機能しています.名詞の選択ひとつに,その土地の歴史が巧みに織り込まれている好例といえます.
 なお,本件については Voicy heldio にて「#1904. 駆け落ち婚の名所 Gretna Green のトイレの話し」「#1905. wedlock 「結婚」の lock は「錠前」か?」で,関連する話題をお話ししていますので,ぜひそちらもお聴きください.

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2026-08-17 Mon

#6321. ari さんによる heldio/helwa ファンサイト「Helvillain Heal」が登場 [notice][helkatsu][helwa][heldio][link][helmate][helvillian][oe_text]


Helvillain_Heal_by_arisan_20260813.png



 昨今,hel活の熱気が各所で高まりを見せているが,また1つ,まことにありがたく貴重なウェブサイトが誕生した.8月14日,heldio/helwa のコアリスナーでhel活界隈でも精力的に活動されている ari さん さんが,heldio/helwa のファンサイト「Helvillain Heal」を開設してくださった.ari さん,ありがとうございます!
 このサイトは,私の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」,およびプレミアムリスナー限定配信チャンネル「英語史の輪 (helwa)」を応援する有志(= ari さん)によって編集・公開されているポータルサイトである.サイトトップの案内にもある通り,リスナーコミュニティ「Helvillian の中でも,こっそりと行動する Helvillain の館」というコンセプトだそうだ.Helvillian ではなく Helvillain であるところに注目である(ダジャレなのだが,一応これを述べておかないと,微妙すぎて読者が混乱する恐れがある).
 サイトを覗いてみると,現時点で大きく分けて2つの主要コンテンツが整理されている

 ・ Voicy heldio での古英語・中英語音読回へのリンク集:heldio で配信してきた古英語・中英語のテキストを読み上げる「音読回」が,学びやすいように整理されている.素朴に古英語や中英語の音声に触れてみたい学習者にとって,絶好のガイドとなる.
 ・ 月刊ウェブマガジン Helvillian 各号へのリンク集:有志ヘルメイトの皆さんが制作してくださっている英語史とhel活に関する月刊ウェブマガジン Helvillian について,創刊号から最新号に至るまでの表紙画像および各記事へのリンクがずらりと並んでいる.

 過去の記事でも触れてきた通り,Helvillian の毎号の充実ぶりには目を見張るものがある.このようにバックナンバーも含めて一覧・アクセスできる環境を整えていただき,hel活コミュニティ全体にとっても大きな財産となる.まさに「英語史をお茶の間に」広めるhel活の真骨頂だ.
 有志ヘルメイトの ari さんによ自発的な広報・アーカイブ活動が,こうして素晴らしい形を取って立ち上がったことに,身近な者として深い感謝と敬意を表したい.このような仲間の情熱に支えられながら英語史の輪が広がっていくのを実感するのは,本当に嬉しい.
 このサイトの今後の更なる展開やコンテンツの拡充も,大変楽しみにしている.hellog 読者の皆さんも,ぜひ「Helvillain Heal」を訪問し,ブックマークの上,日々の英語史の学びに活用していただければ.

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2026-08-16 Sun

#6320. 分詞,和製英語,英語史クイズと今回も盛りだくさん --- sorami さんの『英語語源ハンドブック』クイズ第15弾 [note][hee][helkatsu][hel_education][quiz][participle][waseieigo][voicy][heldio]



 heldio/helwa コアリスナーの sorami さんによる「授業で使える!中学生向け英語語源クイズ」シリーズが,抜群の出題センスにより人気を博しています.隔週土曜日に新作が公開されており,8月8日に公開された最新回は第15弾となります.
 今回も,日常語彙,現在分詞か過去分詞かという文法に関わる単語語源の問題,和製英語・カタカナ語シリーズ,英語史クイズなど,非常にバランスの取れた構成で飽きさせません.
 日常的な英語語彙の話題からスタートし,ドイツ語・オランダ語・イタリア語などとの比較を通じて,とある英単語の語源に迫る問題へと展開していきます.基本語の比較から印欧祖語の系譜にまで思いを馳せさせる流れは見事です.
 また,文法項目として重要な interestinginterested の使い分けを,感情誘発動詞の原義から丁寧に紐解く問題や,文房具を中心とした和製英語・カタカナ語のクイズなど,英語学習者が直面しやすいポイントが,今回も巧みに織り交ぜられています.
 後半には,新しくシリーズ化されつつある「英語史クイズ」が控えています.英語史クイズとはいっても,季節語という日常的な語彙を話題にしているので,たいへんに取っつきやすい構成になっています.かつての英語において1年がどのように区切られていたのか,そして fallwinter にまつわる語誌など,厳しい猛暑が続く今の季節だからこそ味わい深く感じられる歴史的なトピックが散りばめられています.
 作者の sorami さん自身も,毎回推している通り,「授業の小ネタ、ウォームアップ、グループ活動などに自由に使っていただければ幸いです.ALTの先生を巻き込むのもありですね!」とのことなので,皆さん,ぜひ様々な形でクイズをご活用ください.印刷してそのまま配れるPDFファイルも用意されており,現場への気配りも万全です.
 sorami さんのクイズ・シリーズの主な典拠となっているのは,刊行から1年2ヶ月ほどが経つ『英語語源ハンドブック』(研究社)です.今年の6月30日に物書堂より『英語語源ハンドブック』アプリ版 (iOS) も発売されていますので,ぜひこちらよりチェックしてみてください.手軽に引けるアプリ版の登場で,さらに身近に語源の世界へアクセスできるようになっています.
 今回紹介した第15弾については,heldio 配信回「#1902. 現在分詞と過去分詞 --- sorami さんの『英語語源ハンドブック』クイズ・シリーズ第15弾」でも案内していますので,ぜひそちらもお聴きいただければ.



 ・ 唐澤 一友・小塚 良孝・堀田 隆一(著),福田 一貴・小河 舜(校閲協力) 『英語語源ハンドブック』 研究社,2025年.

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2026-08-15 Sat

#6319. 8月22日(土)の朝カル講座「"riddle" を探って古英語原文の世界へ」 [asacul][notice][kdee][etymology][hel_education][helkatsu][oe][oe_text][anglo-saxon][riddle][kochushoho][alliteration][oe_poetry][hee]


asacul_20260725.png



 来週末の8月22日(土) 15:30--17:00 に,朝日カルチャーセンター新宿教室にてオンライン講座が開講されます.昨年度より継続しているシリーズ「歴史上もっとも不思議な英単語」の夏期第2回(通算第17回)となります.今回はriddle を探って古英語原文の世界へ」と題して,「謎」を意味する単語に迫ります.
 現代英語の riddle は「謎,なぞなぞ」を意味する単語ですが,英語史・語源学の観点から紐解くと,アングロサクソン人の「読み書き文化」の原点につながる,文字通り謎に満ちた世界が広がっています.今回の講座では,主に3つの切り口からこの単語を解読していきます.
 第1のポイントは,riddleread の語源的関係です.riddle は,動詞 read に接尾辞が付加された派生語にすぎません.古英語の rǣdan (to read) は本来「解釈する;助言する」などを意味していました.つまり,古代人にとって「読む」とは,与えられた暗号や謎を「解読する」行為そのものだったのです.さらに視野を広げて,write (原義は「引っ掻く」),book (ブナの木),rune (秘密・囁き)などの語源もあわせて紹介します.これらの単語の語源をつなぎ合わせていくと,ゲルマン民族が文字や書物,そして読み書き文化をどのように受容し発展させてきたのか,その文化的背景が見えてきます.
 第2のポイントとして,(次の第3のポイントを見据えて)古英詩 (Old English poetry) の世界と頭韻 (alliteration) の役割,そしてルーン文字の文化を覗いてみます.先日,私自身が現地で実物を見てきたスコットランド Dumfriesshire の Ruthwell Cross は,古英詩 The Dream of the Rood の断片がルーン文字で刻まれた,8世紀初頭のものと考えられている有名な石碑です.その訪問体験談や写真を紹介しつつ,アングロサクソン人の詩的言語生活の一端を感じてみます.古英詩は現代詩のような脚韻 (rhyme) ではなく,音節頭の子音を揃える頭韻によってリズムを取っていました.この頭韻が,単なる音の装飾にとどまらず,詩の構造や記憶,さらには解読の鍵としていかに決定的な役割を果たしていたかを解説します.
 第3のポイントは,古英語文学における「謎詩」 (Riddles) という独特のジャンルの鑑賞です.古英語期には,事物や自然現象が自ら「私は誰でしょう?」と語りかける詩が数多く残されました.今回の講座では,市河三喜・松浪有(著)『古英語・中英語初歩〈新装復刊〉』(研究社,2026年)の IX. RIDDLES より,(3) Bookworm (Riddle XLVII) を古英語原文で解読してみます.「本を食う虫」を描いた短い詩ですが,頭韻の配置に注意しながら丁寧に読んでいきます.あわせて,かつては「竜;蛇」を指していた worm の意味変化についても取り上げます.
 講義資料で原文や文法解説をしっかりサポートしますので,テキストをお持ちでなくても問題ありません.古英語原文に触れたことがない方でも安心してご参加いただけます.
 講座の詳細とお申込みは,朝カルのこちらの公式ページをご覧ください.なお,次回(夏期第3回)の日程と内容は次の通りです.

 ・ 夏期第3回(2026年9月26日):歴史上もっとも不思議な英単語 --- "through" を探って中英語原文の世界へ

 皆様のご受講をお待ちしています.
(以下,後記:2026/08/19(Wed))
 今回の講座については Voicy heldio でも案内を放送しています.ぜひ「#1907. 8月22日(土)の朝カル講座は riddle を深掘り」をお聴きください.


 ・ 市河 三喜,松浪 有 『古英語・中英語初歩〈新装復刊〉』 研究社,2026年.
 ・ 唐澤 一友・小塚 良孝・堀田 隆一(著),福田 一貴・小河 舜(校閲協力) 『英語語源ハンドブック』 研究社,2025年.
 ・ 寺澤 芳雄(編集主幹) 『英語語源辞典』新装版 研究社,2024年.

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2026-08-14 Fri

#6318. grapholinguistics [writing][graphology][linguistics][linguistics_of_writing][linguistics_of_speech][grapholinguistics][terminology]

 昨日の記事「#6317. 「書記言語学」の構想」 ([2026-08-13-1]) で,「書記言語学」なるものを構想(という以前の段階なので「妄想」?)してみたところ,記事を読まれた静岡大学名誉教授の服部義弘先生より,ウィーン大学の Dimitrios Meletis 氏という若手研究者のことを教えていただいた.grapholinguistics (まさに「書記言語学」に相当するもの!)を提唱されている研究者である.
 Meletis 氏の業績一覧を見る限り,機能主義的な観点から書記言語の理論を構築することに関心があるようだが,射程はもっと広く,書き言葉の社会言語学・語用論にも注目している.また,認知心理学的な観点からの人間の識字能力に関する洞察や,書記言語のもつ規範性などの社会的価値に関するトピックの言及もある.全体として書記言語を総合的に扱う領域を念頭においているようだ.私にとって新たな読書課題ができた(服部先生,ありがとうございます).
 書き言葉 (writing) に関する研究書は,これまでもたくさん出版されてきたのは事実である.タイトル検索をすれば,たくさんの書物が挙がってくる.しかし,近代言語学の歴史において,それを1つの学問領域として構築しようという動きが強まったことはなかったのではないか.
 今回,沃野が耕され始めていることを教えてくださった服部先生には,2018年に刊行された『歴史言語学』(朝倉書店)の出版企画でもたいへんにお世話になった.そのなかで私は2章分を担当させていただいたが,そのうちの1つが第5章「書記体系の変遷」で,日英語の書記体系の歴史を対照させながら執筆させていただいたのだった.hellog の過去記事「#3283. 『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]が出版されました」 ([2018-04-23-1]) も参照されたい.


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 ・ 服部 義弘・児馬 修(編) 『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.
 ・ 堀田 隆一 「第5章 書記体系の変遷」服部 義弘・児馬 修(編)『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3.朝倉書店,2018年.89--105頁.

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2026-08-13 Thu

#6317. 「書記言語学」の構想 [writing][graphology][linguistics][double_articulation}[kanji][terminology][sign][semiotics][linguistics_of_writing][linguistics_of_speech][grapholinguistics]

 5ヶ月前のことを思い出しながら,そのときに残したメモを頼りに,この記事を書いている.3月7日,オーストラリアの熱帯都市ケアンズに滞在していたときに,熱暑の早朝にふと1つのアイディアが降ってきた.「書記言語学」 (linguistics_of_writing) の構想だ.
 現代言語学の分野は,音声言語を第一とする規範に縛られてきた.文献に残されている英語を研究対象とする英語文献学に携わっている者として,書き言葉に肩入れしがちな立場にあることは自認しつつ,あえてこのことを主張したい.従来の言語学はおおかた「音声言語学」 (linguistics_of_speech) だったのではないか,という趣旨での問い直しである.
 文字論や書き言葉の研究はもちろん存在してきたけれども,書記言語は音声言語の補助的手段にすぎないと位置づけられるのが一般的だったといってよい.しかし,書記言語は書記言語のまま,独立した体系として理解される必要があるのではないか.「文字論」などという従来の呼び方だけでは,その本質的な射程をカバーしきれない.「書記言語学」くらいの大きなラベルが必要なのではないか,と考えている.
 音声言語が調音生理と聴覚に依存するのに対し,書記言語は運筆原理と視覚に依存する.もちろん表音文字体系など,書記言語には音声言語に依存し制約される側面もあるけれども,原則として独立したシステムと考えたい.たとえば音声言語に対応しない黙字や各種記号,正書法上の視覚的配慮が存在するし,書記言語独自の方言(地域・時代の書き方の変異)も存在する.書記言語にあっては,音声言語における音素の弁別素性に対応するものは何なのだろうか.ストロークに対応するのかもしれないが,もっと精妙なもののような気もする.
 書記言語学を構想する上で大きな問題となるのが,言語の根本的属性とされる2重分節 (double_articulation) の問題だ.従来の言語学(=音声言語学)では,意味をもたない音素(第2分節)が結合して,意味をもつ形態素(第1分節)を構成するという2重分節の原理が,人類の言語の普遍的な特徴であるとされてきた.しかし,これはアルファベット文化圏に慣れ親しんだ,表音文字主導の「音声言語学」的な見方にすぎないのではないか.
 表形態素・表語的な性質を強くもつ文字体系である漢字を例に考えてみよう.象形文字や指事文字には,音素に相当するような「意味をもたない要素」が現われていないように思われる.つまり,そこでは2重分節の原理が当てはまらない.一方で,会意文字や形声文字を考えると,部首などの構成要素が機能している.会意文字における部首は音素ならぬ「意味素」として第2の分節に相当し,形声文字では一方の部首が意味素,他方の部首が音素的要素として機能している.
 このようにみてくると,言語において2重分節は必須ではないものの,第2の分節要素を導入することで組み合わせの応用可能性が爆発的に広がる,ほどの捉え方が実態に即していると言えそうだ.表語(あるいは表形態素)を基礎に据えた書記言語学や文字論のアプローチは,言語学の未来のために希望がありそうだと感じている.
 なぜ文字の発明が人類史において偉大とされるのか.それは単に「声を記録する道具」を作り出したからではなく,音声言語とは異なる原理で動く「人類の第2の言語」のあり方を発明したからではないか,と私は考え始めている.
 日本の書き言葉の歴史における漢文使用を diglossia(二言語併用)の比喩で捉え直すことや,現代日本語における和語・漢語・外来語の文字種使い分けをコードスイッチングとして解釈する視点も,書記言語学の枠組みから迫れるように思う.今後,音声言語学の呪縛から脱却し,独立した体系としての「書記言語学」を構想していきたいと考えている.ケアンズにて突如として湧いた妄想的なアイディアを,5ヶ月ほど冷ましてから公開した次第.

Referrer (Inside): [2026-08-14-1]

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2026-08-12 Wed

#6316. khelf のhel活の資産,過年度の「英語史コンテンツ」が復旧 [khelf][khelf_hel_intro][cat_hel_contents_50_2022][cat_hel_contents_50_2023][cat_hel_contents_50_2024][cat_hel_contents_50_2025][hel_herald][helkatsu][links][sobokunagimon][hel_education]

 本日は,khelf(慶應英語史フォーラム)によるhel活 (helkatsu) の貴重なウェブ上の資産について,お知らせです.
 khelf では,2021年度から2025年度にかけての5年間にわたり,春から夏にかけての風物詩的な名物企画として「英語史コンテンツ」(初年度の2021年度は「英語史導入企画」と呼んでいた)という催しを継続してきました.これは,主として khelf に所属する慶應英語史ゼミの現役学部生・大学院生を中心とし,卒業生やその他の関係者も少数加わったメンバーが日替わりで執筆を担当し,英語史に関する様々な話題をウェブ上に公開していくという熱量あふれる企画です.
 企画概要や各年度のコンテンツのタイトル一覧については,khelf HP のこちらのセクションにまとめられており,これまで本ブログでも毎年度の恒例行事としてたびたび関連する話題を取り上げてきました.
 しかし,ここ1年ほどの間,過去コンテンツへのアクセスについて問題が生じていました.khelf HP 上に掲載されているコンテンツのうち,最新の2025年度分についてはすべてのコンテンツおよびリンクが正常に機能しているものの,2024年度以前の過去のコンテンツへのリンクが切れてしまっていたのです.
 このリンク切れの背景には,所属大学が契約していたオンラインストレージのサービス Box が,諸事情により契約打ち切り・運用終了となったという事情がありました.これにより,もともと Box 上に置かれていたファイル群へのリンクが無効化されるに至りました.
 幸いコンテンツのデータ自体は散逸することなく,Google Drive 上に退避させておいたため無事でした.しかし,個々のコンテンツファイルの各々に再びリンクを張り直す作業には膨大な手間がかかるため,リンク切れのまま放置せざるを得ない心苦しい状態が続いていました.
 このたび,年度単位でのアクセス環境を再整備しました.個別の各コンテンツファイルへの直リンクの完全復元とまではいきませんが,年度ごとの全体フォルダへの共有リンクを新たに公開・設置しました.これにより,過年度の特定のコンテンツをご覧になりたい場合に,khelf HP 上でタイトルと公開年度さえ確認していただければ,該当する年度のフォルダへアクセスして,お目当てのコンテンツにたどり着けるようになりました.
 khelf メンバーが知恵と情熱を絞って作成してきた「英語史コンテンツ」は,英語史の素朴な疑問 (sobokunagimon) に答える教育的・啓蒙的な資産であり,英語史をお茶の間に広めるための宝の山です.これが再びみなさんの手元で閲覧可能な状態に戻ったことは,khelf のhel活にとっても大きな一歩であると感じています.
 以下に,2021年度から2025年度までの各年度の「英語史コンテンツ」企画について,(1) コンテンツにアクセスできる年度別オンラインフォルダへのリンク,(2) khelf HP 上の公式ページ,(3) hellog での関連記事集へのリンク,の3点を一覧として掲げます.ぜひ過去の名作コンテンツの数々を探索してみてください.

・ 2021年度の「英語史導入企画」

  1. 2021年度コンテンツフォルダ(Google Drive)
  2. khelf HP 上の公式ページ
  3. khelf_hel_intro_2021

・ 2022年度の「英語史コンテンツ50」

  1. 2022年度コンテンツフォルダ(Google Drive)
  2. khelf HP 上の公式ページ
  3. hel_contents_50_2022

・ 2023年度の「英語史コンテンツ50」

  1. 2023年度コンテンツフォルダ(Google Drive)
  2. khelf HP 上の公式ページ
  3. hel_contents_50_2023

・ 2024年度の「英語史コンテンツ50+」

  1. 2024年度コンテンツフォルダ(Google Drive)
  2. khelf HP 上の公式ページ
  3. hel_contents_50_2024

・ 2025年度の「英語史コンテンツ50」

  1. 2025年度コンテンツフォルダ(Google Drive)
  2. khelf HP 上の公式ページ
  3. hel_contents_50_2025

 復旧した過年度のコンテンツをきっかけに,新たな学びや素朴な疑問への発見があれば幸いです.今後とも khelf の活動と英語史コンテンツをよろしくお願いします.

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2026-08-11 Tue

#6315. 2026度の朝カルシリーズ講座の夏期の初回(7月回)「king を探って古英語原文の世界へ」のまとめ [asacul][notice][hel_education][oe][oe_text][anglo-saxon_chronicle][kochushoho][haplology][phonemicisation][phoneme][kenning][synonym][alfred][viking][etymology][kdee][hee][beowulf][anglo-saxon]

 7月25日(土)に,朝日カルチャーセンター新宿教室にて今年度の夏期第1回(シリーズ通算第16回)となるオンライン講座を開きました.夏期クールのテーマも引き続き「歴史上もっとも不思議な英単語」ですが,今回は「king を探って古英語原文の世界へ」と題し,国家の世襲的君主を表わす基本語 king の起源と発達に迫りました.参考テキストには今期も市河三喜・松浪有(著)『古英語・中英語初歩〈新装復刊〉』(研究社,2026年)を活用し,今回は古英語のテキストから「王」が登場する箇所を読み解きました.
 講座でまず注目したのは,king の語源的背景と仲間となる単語群です.古英語の cyning は「一族,血族」を意味する cynn (現代英語 kin)に,所属・由来を表わす接尾辞 -ing が付いたもので,原義は「一族の者」でした.さらに遡ると印欧語根 *gen(ə)- (生む,生じさせる)に行き着き, generous, gender, nature など膨大な語彙ネットワークと繋がっています.また,古英語の詩にあふれる「ケニング」 (kenning) と呼ばれる隠喩的複合語を取り上げ,古英詩『ベオウルフ』にみられる bēagġyfa (指環を与える者)や goldwine (黄金の友)といった「王」の多彩な表現を紹介しました.
 音変化や語彙体系の観点からも興味深い事実を確認しました.語形面では,古英語 cyning から cyng への変化に見られる重音省略 (haplology) や,中英語から近代英語にかけての /kɪŋg/ から /kɪŋ/ への変化,すなわち軟口蓋鼻音の音素化 (phonemicisation) に触れました.また,形容詞における kingly (本来語),royal/regal (フランス借用語),monarchic(al) (ギリシア借用語)という語彙の3層構造にも触れ,なぜ kingqueen という基本語がフランス語に置き換えられずに生き残ったのかという問題についても考察しました.
 講座の後半では,『古英語・中英語初歩』の pp. 94--98 に収められている『アングロサクソン年代記』 (anglo-saxon_chronicle) より,896年のアルフレッド大王 (King Alfred) に関する記述の一部を読解しました.デーン人(ヴァイキング)の侵略に対抗するため,大王自ら従来の倍の大きさを誇る長船(ロングシップ)の建造を命じたエピソードです.アングロサクソン王国を死守した英雄としてのアルフレッド王の戦いの準備について,古英語の原文を通じて受講者の皆さんと味わいました.
 夏期クールの第2回は,8月22日(土)に「riddle を探って古英語原文の世界へ」と題して開講されます.古英語のなぞなぞ文化とこの単語の語誌に迫る予定です.ぜひ朝カルのこちらの公式ページよりお申込みください.

 ・ 市河 三喜,松浪 有 『古英語・中英語初歩〈新装復刊〉』 研究社,2026年.
 ・ 寺澤 芳雄(編集主幹) 『英語語源辞典』新装版 研究社,2024年.
 ・ 唐澤 一友・小塚 良孝・堀田 隆一(著),福田 一貴・小河 舜(校閲協力) 『英語語源ハンドブック』 研究社,2025年.

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2026-08-10 Mon

#6314. 「3単現」の30の問いが投げかけるもの --- 『なぜさんたんげん』カウントダウン企画の振り返り [3ps][nazesantangen][twitter][nazesantangen_countdown_3sp][langauge_change]

 6日間にわたり,『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』(NHK出版)のカウントダウン企画の振り返り連載を書いてきました.今回はシリーズの「おわりに」に相当する文章となります.
 全30回にわたる X(旧Twitter)でのカウントダウン企画,およびそれを凝縮してお届けした今回の連載を通じて,私が主張したかったことは,「3単現の s」という問題が,決して英語学習上の小さな引っかかりなどにとどまらず,英語史と言語学における第一級の学術的問いであるということです.
 私たちは中学校の英語教育の初期段階で,「主語が3人称・単数で,時制が現在のとき,動詞の末尾に -s をつける」と教わります.あまりに機械的に暗記させられるルールであるため,多くの学習者はそれを英語の厄介な学習項目として認識してしまいがちです.しかし,一歩立ち止まって英語史の観点からこの問題を眺めると,この小さな -s の背景には驚くほど壮大な英語史と言語変化のドラマが広がっていることに気づかされます.今回の連載で扱った論点を改めて振り返ってみるだけでも,その射程の広さは明白でしょう.

 ・ 文法範疇の視点からの -s の解釈
 ・ 直説法という隠された文法条件と,仮定法における屈折の歴史
 ・ 「なぜ3単現以外は屈折語尾を失ってゼロ化したのか」という反転した問い
 ・ 英語の変種・多様性からみた「3単現のゼロ」や「全人称 -s」の実態
 ・ 歴史的語尾 -eth から -(e)s への移行を駆動した(かもしれない)発音の通言語的頻度,北部方言の南下,類推作用
 ・ エリザベス1世の混用,シェイクスピアの使い分け,『欽定訳聖書』の文体論的選択,そしてアメリカ英語における方言接触などの社会言語学的側面
 ・ 数千年前の印欧祖語の指示詞 (*so / *to) の動詞への付着と融合という,究極の起源をめぐる問題

 カウントダウン企画や今回の連載で取り上げていない論点が,実はまだほかにもあります.今回の集中的な連載ですら取り上げていない,その他の話題がまだまだあるのです.「3単現の s」はまだまだ深掘りできる話題です.
 学校文法の教科書に1行で現われる「3単現の s」という規則が,音韻論,形態論,統語論,方言学,社会言語学,そして印欧語比較言語学に至るまで,言語学のあらゆる領域と結びついている --- このことを含み取っていただければと思います.
 「なぜルールを守らなければならないのか」という素朴な疑問は,通時的な視点を得ることで,「なぜそのようなルールが結果として現代英語に生き残ったのか」という英語史的な探求へと昇華されます.英語という言語の「不規則性」や「不合理さ」に見える現象の背後には,常に言葉を話し,書き,変化させてきた人間の歴史の積み重ねが存在するのです.
 たかが3単現,されど3単現.何気ない文法規則の1つを深く掘り下げることによって,英語という言語の立体的な姿が見えてきます.30の問いを通じて伝えたかったのは,まさにこの英語史研究の醍醐味そのものでした.本連載が,皆さんにとって英語や言語一般の歴史のおもしろさや深みに触れるきっかけとなれば幸いです.
 なお,拙著『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』(NHK出版新書)の第1章第5節「なぜ3単現の s をつけるのか」では,本連載で触れた論点の一部にしか触れていません.本連載は,その章への詳しい注として理解していただければ.

 ・ 堀田 隆一 『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』 NHK出版〈NHK出版新書〉,2026年.

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2026-08-09 Sun

#6313. どのように「3単現」語尾が -eth から -(e)s へ変化したのか --- 『なぜさんたんげん』カウントダウン企画の振り返り (5) [3ps][nazesantangen][twitter][nazesantangen_countdown_3sp][variety][variation][ame][shakespeare][bible][comparative_linguistics][colonial_lag][ame_bre][indo-european][speed_of_change]

 振り返りシリーズの最終回となる今回は,古い語尾 -eth から新しい語尾 -(e)s への移行期(初期近代英語期)における実際の文献上の様相,そのアメリカ英語への波及,また goes などの綴字 -es の謎,そして比較言語学の地平から見える3単現の屈折語尾の究極の起源にまで迫ります.
 16世紀後半,エリザベス1世が残した散文や手紙の記述を分析すると,興味深い事実が浮かび上がってきます.彼女の文章の中では,古くからの語尾 -eth と,当時拡大しつつあった新しい語尾 -s が,おおよそ 1:2 という割合で混用されていました.最高権力者・知識人であった女王自身が新旧の形態をちゃんぽんに使っていたという事実は,この時代がこの屈折語尾の移行期の真っ只中にあったことを物語っています.
 シェイクスピアの戯曲テキストは,この語尾交代の社会言語学的な様相をさらに鮮やかに示してくれます.彼は,散文の台詞においては圧倒的な頻度で新しい -s 語尾を使用していました.1600年前後には,すでにロンドンの口語表現として -s が十分に一般化していたことがうかがえます.一方で,韻文においては,韻律の音節数を調整するためにか,あるいは古風で荘厳な響きを演出するためにか,古い -eth をあえて効果的に併用しました.劇作家として,2つの形態がもつ機能的・韻律的な違いを熟知し,巧みに使い分けていたのです.
 一方,1611年に刊行された『欽定訳聖書』 (The King James Version [KJV]) の動詞屈折の様相は,当時の口語の趨勢とは対照的でした.聖書のテキストにおいては,古い -eth が100%用いられ,新しい -s 語尾の採用は皆無でした.これは,聖書という文体に求められる荘厳さ,権威,そして神聖さを保持するため,当時すでに日常の口語として定着していた革新的な -s の侵入を意図的に排除した古風主義に基づく分布といえます.
 こうした移行期には,書き言葉の綴字と話し言葉の発音の間に生じたミスマッチも観察されます.当時の人々は紙の上に -eth と書き記しながらも,それを実際に音読する際には口頭で -s と発音するケースが頻発していたようなのです.綴字は保守的にとどまりつつも,音声的な変化が先行して拡大していくという,言語変化における時間差の典型例といえます.
 17世紀初頭より北米大陸へと渡っていった植民者たちによって移植された英語変種においては,新しい -s 語尾の拡大と定着のスピードが,本国イギリスよりも若干早い傾向を示したという調査結果もあります.一般に,移住した言語は本国の古い形態を保持しやすいとされますが,3単現の -s に関しては,多様な出身地から集まった人々による言語接触と単純化の力学が働き,革新的な定着が急速に進むこととなったということかもしれません.
 そして,もう1つ,別種の問題についてです.現代英語の綴字規則において,godo の 3単現形は単に -s をつけるのではなく,goes, does のように -es を付加します.文字素配列上の都合として,単語の末尾を -os という並びで終わらせる表記が歴史的に好まれなかったことが背景にありそうです.語幹と屈折語尾の独立性を視覚的に明確に示し,標準的なパターンに整える表記上の工夫として定着してきたと考えられます.
 最後に,印欧比較言語学の視点から,そもそもなぜ 3人称の屈折語尾に -s や -th のような子音が出現したのかという究極の起源を探ってみましょう.有力な説によれば,印欧祖語の段階において,指示代名詞(「これ」「それ」を指す表現,現代英語の this, that などの祖先)であった *so や *to といった要素が,動詞の末尾に付着し,融合していった結果であると考えられています.本来は動詞のあとに「それ」「彼」という指示詞を添えて発話していた文法構造が,幾世代もの時間をかけて動詞の屈折語尾へと化石化していったという構図です.
 さて,全5回にわたる連載を通じて,「3単現の s」という学校文法でお馴染みの小さなルールが,実は文法範疇の体系性,変種間における屈折パターンの多様性,方言接触,そして数千年に及ぶ印欧語の歴史などと深く結びついていることを見てきました.身近な英文法の「なぜ?」の背後には,常にダイナミックな英語史のドラマが広がっているのです.
 本ブログのシリーズとしては,やや急ぎ足で,かつ濃密すぎる内容だったかもしれません.しかし,実際には30日をかけて少しずつ「3単現の s」の理解を深める,カウントダウン企画としてお届けした企画でした.応援いただいた皆さんに,改めて感謝します.

 ・ 堀田 隆一 『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』 NHK出版〈NHK出版新書〉,2026年.

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2026-08-08 Sat

#6312. なぜ「3単現」語尾が -eth から -(e)s へ変化したのか --- 『なぜさんたんげん』カウントダウン企画の振り返り (4) [3ps][nazesantangen][twitter][nazesantangen_countdown_3sp][th][consonant][analogy][pronunciation][be]

 振り返りシリーズの過去3回の記事では,3単現の基本原理や形態・音韻変化のメカニズム,そして非標準変種における多様な実態について議論を進めてきました.第4回となる今回は,英語史における最大のミステリーの1つ,「なぜ歴史的な 3単現語尾 -eth が現代の -(e)s へと変化したのか」の謎に迫ります.音韻変化の検証および類推作用 (analogy) の視点から,この変化についての諸説を覗いてみましょう.
 古英語から初期近代英語にかけて,3人称・単数・現在・直説法の動詞語尾は,現代のような -(e)s ではなく,-eth でした.たとえば,現代英語の singshelps は,かつて singethhelpeth のような形でした.これがなぜ -(e)s へと取って代わられたのでしょうか.語尾の母音脱落を伴うこの交替劇は,英語屈折史における注目すべき変化の1つであり,多くの言語学者の好奇心を刺激し続けてきました.
 この変化について「th /θ/ と s /s/ は発音が似ているから,互いに混同されて入れ替わったのではないか」という仮説が提出されることがあります.確かに,日本語母語話者にとって両音はともにサ行音に聞こえるため,一見すると納得しやすい説明に思えます.しかし,音韻論の観点から見れば,イングランド英語の歴史において,歯音 /θ/ と歯茎音 /s/ が混同されたケースはきわめて稀でした.両音は英語の体系内において異なる音素として厳密に区別されてきたため,単に「発音が似ていたから自然に置き換わった」とする説は,音韻変化の根拠としては弱いと言わざるを得ません.
 デンマークの言語学者 Otto Jespersen は,音素の汎言語的な頻度と効率性の観点からこの問題にアプローチしました.無声歯摩擦音 /θ/ は,世界の言語を見渡しても相対的に出現頻度の低い珍しい音素である(451言語中 4--5% にのみ出現)ため,言語変化の過程でより一般的で扱いやすい /s/ へと淘汰されたという見解です.実際,現代英語の無声音の出現頻度データを参照しても,/s/ が第6位という上位に位置するのに対し,/θ/ は第40位と大きく引き離されています.日常会話できわめて高頻度に表れる3単現語尾から,珍しい音素である /θ/ が避けられ,より発音しやすく一般的な /s/ へとシフトしたという見解は,言語の省力化という観点から一理あります.
 より通時的・方言学的な実証に基づく有力な説として,北部方言影響説があります.中英語期,3単現語尾の子音は南部方言で -th,北部方言で -s が基本でした.北部方言では,すでに古英語期(あるいは古ノルド語との言語接触の時期)から 3単現語尾として -s が定着しつつありました.中英語期以降,人口移動や経済的・社会的交流の拡大に伴い,この北部方言の -s が南下し,やがてロンドンを中心とする標準英語の基盤となる変種へと浸透・定着していったとする考え方です.
 次いで,屈折体系の内部力学に着目した構造的な説が,2人称単数語尾からの類推説です.古英語・中英語の動詞屈折表を振り返ると,2人称単数 thou に対応する語尾は -est (簡略化して -es とも)でした.この2単現の -es の形態が,3人称単数に対して,類推的に拡大・適用されたのではないか,という見解です.
 もう1つの類推説は,最も高頻度で使われる be 動詞の 3単現形 is に着目する説です.be 動詞の3単現形である is は,古英語期より一貫して末尾に /s/ (ただし後には /z/)の音を保持していました.英語の動詞体系の中で圧倒的な使用頻度を誇る is の子音がモデルとなり,一般動詞の3単現語尾へと波及・類推適用されたのではないかとする解釈です.
 歴史的語尾 -eth から現代の -(e)s への交代は,単一の要因のみならず,方言の交錯(北部方言の南下)や屈折体系内の類推作用,さらには発音の効率化といった複数の要因が複雑に絡み合って引き起こされたと考えるのが自然かもしれません.
 明日の第5回は,エリザベス1世やシェイクスピアの時代における -eth と -s の劇的な移行期の諸相,そして語尾 -s の究極の起源に迫ります.

 ・ 堀田 隆一 『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』 NHK出版〈NHK出版新書〉,2026年.

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2026-08-07 Fri

#6311. 変種で「3単現」を考え直す --- 『なぜさんたんげん』カウントダウン企画の振り返り (3) [3ps][nazesantangen][twitter][nazesantangen_countdown_3sp][variety][dialect][world_englishes][ewave][world_englishes][variety][inflection][conjugation][typology][nptr][methinks]

 一昨日と昨日の記事では,標準英語の体系を中心に,3単現の基本原理や形態・音韻変化のメカニズムを整理してきました.本日は,視点を標準英語の外側へと広げ,世界英語 (World Englishes) や地域方言といった多様な変種 (variety) の観点から「3単現の -s」のあり方を相対化してみようという試みとなります.
 私たちが学校で習う標準英語では,主語が 3人称・単数・現在であれば動詞に -s をつけることが「絶対のルール」とされています.しかし,標準英語の枠から一歩外に出ると,3単現であっても -s をつけない英語変種が数多く存在します.
 例えば,ロンドンにほど近いイングランド東部,イーストアングリア (East Anglia) 地方の地域方言では,伝統的に 3単現の -s をつけません(e.g., He walk., She know.).さらに視点を世界へ広げれば,アフリカ系アメリカ人英語 (AAVE) や,ピジン英語,クレオール英語,そして世界各地で話される英語変種において,3単現の -s を欠く「3単現のゼロ」は決して珍しい現象ではありません.
 逆に,人称や数に関係なく,あらゆる文脈で動詞に -s を付与する英語変種も存在します.イングランド北部方言や,ウェールズ南部・南西部の諸方言などでは,次のような文をごく自然に耳にします.

 ・ I likes it.
 ・ We goes home.
 ・ You throws it.

 歴史的に見れば,英語の動詞の人称屈折は,地域や方言によって驚くほど多様でした.「3人称単数だけに -s をつける」という標準英語のパターンは,そうした無数の変異のなかの1つの選択肢にすぎなかったのです.
 Shakespeare などの初期近代英語の文献を読んでいると,一見すると文法的に破綻しているように思える次のような文に出会うことがあります.

 ・ they laugh that wins (勝つ者たちが笑う)

 前半の主語 they に対する動詞は laugh (-s なし)であるのに対し,後半の主語(that = they)に対する動詞は wins (-s あり)となっています.なぜ同じ複数主語に対して,-s の有無が分かれているのでしょうか.
 実は,ここには明確な文法原理が働いています.中英語期のイングランド北部方言に由来する特異な規則です.この規則のもとでは,主語が複数代名詞であっても,動詞と隣り合っている場合には -s がつかず(they laugh),主語と動詞が離れている場合や主語が名詞である場合には -s がつくという複雑な規則が存在していました.
 さらに驚くべきことに,過去形にまで -s がついた歴史的形跡が存在します.現代英語の methinks 「~のように思われる」は,非人称動詞に由来する古風な表現ですが,この過去形として,通常期待される methought に加えて,なんと過去形でありながら -s 付加が生じた methoughts という形,「3単過の s」が文献上に実在しました.

 > Me thoughts that I had broken from the Tower. (Shakespeare, Richard III)

 屈折語尾 -s の文法的な機能の揺らぎと多様性を示す,きわめて興味深い歴史的証拠です.
 現代の World Englishes 研究において,広範な変種データを集積したデータベース eWAVE (ewave) の調査結果は,私たちが教わる「普通」を捉え直す上で大きな示唆を与えてくれます(「#6239. 世界英語諸変種にみる「3単現の s」と「3単現のゼロ」 --- eWAVE 3.0 のデータより」 ([2026-05-27-1]) を参照).
 世界の英語変種を見渡すと,3単現において -s をつけない「3単現のゼロ」は,調査対象となった変種の69%で確認され,その平均普及率は72%に達します.一方で,「人称にかかわらずとにかく -s をつける」という変種も35%(普及率45%)存在しています.
 この言語類型論的なデータが意味するのは,標準英語が採用している「3人称・単数・現在というピンポイントの条件でのみ -s を要求する」という規則こそが,世界中の英語のなかではむしろアンバランスで珍しいものであるという事実です.
 標準英語の「3単現の s」は,決して言語として普遍的で合理的なルールというわけではなく,多様な方言的変異のなかから歴史の偶然によって標準化された規則にすぎません.標準英語の外からの視点をもつことで,英文法をより相対的・客観的に眺めることができるようになりますね.
 明日の第4回は,歴史的に3単現の語尾であった -eth が,なぜ現代の -(e)s へと変化を遂げたのか,その諸説に迫ります.

 ・ 堀田 隆一 『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』 NHK出版〈NHK出版新書〉,2026年.

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2026-08-06 Thu

#6310. 「3単現」と助動詞,不規則形,複数形の -s の問題 --- 『なぜさんたんげん』カウントダウン企画の振り返り (2) [3ps][nazesantangen][twitter][nazesantangen_countdown_3sp][auxiliary_verb][preterite-present_verb][plural]

 昨日公開した振り返りシリーズ第1回記事「#6309. 文法範疇から「3単現」を再考する --- 『なぜさんたんげん』カウントダウン企画の振り返り (1)」 ([2026-08-05-1]) では,「3単現直の s」という正確な条件設定や,英語のもつ「人称」「数」「時制」という文法範疇の視点から,動詞屈折の基本原理を整理しました.
 本日の第2回は,学校文法や英語学習でよく突き当たる「助動詞 can にはなぜ 3単現の -s がつかないのか?」,says / has / does に見られる不規則な音変化の謎,そして「名詞の複数形 -s」と「動詞の 3単現 -s」の歴史的な関係について考察していきます.

1. なぜ can などの助動詞には 3単現の -s がつかないのか?

 英語学習者から非常によく寄せられる疑問の筆頭に,「主語が 3人称・単数・現在であっても,なぜ canmay などの助動詞には3単現の -s がつかないのか」というものがあります.
 結論からいえば,その理由は「語源的にこれらの助動詞が過去形だから」です.can, may, must, shall などの法助動詞の多くは,現代英語では形も現在形のように見え,時制としても現在を表しています.しかし,歴史をさかのぼると,これらは本来「過去」の形態をもつ過去現在動詞 (preterite-present_verb) と称される動詞群でした.もともとは過去の意味を表していた形が,歴史の過程で現在の意味を表すように変化したという経緯をもっています.
 第1回で確認した通り,-s はあくまで「3単現(直)」でないとつきません.これらの助動詞は形態的なルーツが過去形であるため,語尾に 3単現の -s を取る条件そのものが歴史的に存在しなかったのです.

2. なぜ says は「セイズ」ではなく「セズ」なのか?

 動詞 say の 3単現形である says は,綴字通りに読めば「セイズ」となりそうですが,標準的な発音は /sez/ 「セズ」となります.
 このような微妙な不規則性は,言語において「超」がつくほどの高頻度語にこそ起こりがちです.日常会話できわめて頻繁に使用される単語は,弱く,省略されて発音される機会が多く,音の短化や変化を被りやすくなります.
 says の発音に関して,実はイギリスの非標準方言や一部の地域変種では綴り通りの「セイズ」も聞かれますが,標準英語においては高頻度使用による音変化の定着結果として「セズ」が標準的となっています.

3. hasdoes の不規則性

 says と同じく,have の 3単現形 has /hæz/ や,do の 3単現形 does /dʌz/ も,極めて不規則な形態・発音を示します.

 これらも全く同じメカニズムによるものです.日常的なコミュニケーションで絶えず使われる超高頻度語だからこそ,歴史上の長い時間をかけて独自の音変化を起こし,現代のような不規則な形として生き残ることになりました.

4. 動詞の 3単現 -s と名詞の複数形 -s の関係

 文法を学ぶ際,「名詞に -s がつくと複数」であり,「動詞に -s がつくと(3人称)単数(現在)」であるというルールに出会い,頭を抱えてしまう学習者もいるかもしれません.では,動詞の3単現の -s と名詞の複数形の -s には,歴史的に共通のルーツがあるのでしょうか.
 結論をいえば,両者の間に歴史的なつながりは特にありません.名詞の複数形語尾 -s (古英語の男性強変化名詞屈折語尾 -as に由来)と,動詞の 3単現語尾 -s (中英語期の北部方言等に由来し,古英語の -eþ などが置き換わったもの)は,それぞれ異なる歴史的経緯をたどって発達してきました.歴史の偶然として,たまたま現代英語において同じ -s という音・綴字に収斂してしまったにすぎません.
 ただし,共時的(現代英語の体系内)に見れば,非常に興味深い対照構造を成しています.

 ・ 主語名詞が単数形(-s なし)のとき,動詞に -s が現れる(e.g., The dog runs.
 ・ 主語名詞が複数形(-s あり)のとき,動詞に -s が現れない(e.g., The dogs run.

 通時的な歴史背景は別々でありながらも,現代英語の体系においては,主語と動詞の間で -s の有無がきれいに相反するような対称性を保っているという見方ができます.
 助動詞の屈折の欠除も,sayshas の不規則な変化も,すべて英語史の通時的なプロセス(過去現在動詞の成り立ちや高頻度語の音変化)を紐解けば,説明がつきます.

 明日の第3回は,標準英語の枠を超えて,イギリス各地の方言や World Englishes(世界英語)における「3単現のゼロ」や「全人称の -s」の実態に迫ります.

 ・ 堀田 隆一 『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』 NHK出版〈NHK出版新書〉,2026年.

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2026-08-05 Wed

#6309. 文法範疇から「3単現」を再考する --- 『なぜさんたんげん』カウントダウン企画の振り返り (1) [3ps][nazesantangen][twitter][nazesantangen_countdown_3sp][terminology][subjunctive][category][person][number][tense]

 昨日の記事 ([2026-08-04-1]) で予告した通り,本日より5回にわたり,拙著『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』(NHK出版新書)の刊行に寄せて行なったカウントダウン企画の論点を整理し,「3単現の s」に関する連載を始めます.
 シリーズ第1回となる今回は,私たちが学校文法で当たり前のように習う「3単現」という文法用語そのものを再考してみたいと思います.

1. 問うべきは「なぜ3単現以外には何もつけないのか?」

 英語を学ぶ際,誰もが一度は「なぜ動詞にわざわざ 3単現の s をつけるのか」という疑問を抱きます.しかし,英語史の視点から見れば,実は問うべき真の問いは反転します.本来問うべきは,「なぜ3単現以外には何もつけないのか?」なのです.
 古英語の時代には,1人称にも2人称にも異なる動詞の屈折語尾が付きました.歴史の過程でそれらの語尾が次々と消失していくなかで,「3人称・単数・現在」の屈折のみが語尾を保持し続けた --- 英語史においては,この問いの立て方の転換こそが重要となります.

2. 正しくは「3単現直の s」

 ところで,私たちが親しんでいる「3人称・単数・現在」という条件指定ですが,厳密な文法記述としては実はこれでは足りません.例えば,次の文を見てみましょう.

God save the king. (国王万歳)


 この文の主語は God であり「3人称・単数」です.時制も「現在」を指していると捉えてよいですが,動詞に -s はついていません.なぜなら,この文は仮定法だからです.
 つまり,-s が現れるためには,さらに「直説法であること」という条件を付け加えなければなりません.文法用語として正確を期すならば,「3人称・単数・現在・直説法の s」,略して「3単現直の s」と呼ぶべきなのです.「3単現の s」は語呂も通りも良いものの,厳密に検証すると抜け落ちている条件があることに気づかされます.

3. なぜ仮定法では s をつけないのか?

 では,なぜ仮定法では 3単現であっても -s がつかないのでしょうか.歴史を古英語期に遡ってみましょう.
 古英語において,仮定法(接続法とも呼ばれました)の屈折体系は直説法とは大きく異なっていました.仮定法では時制にかかわらず,単数であれば一律に -e 語尾が,複数であれば -e(n) 語尾がつきました.例えば,古英語の leornian (現代英語の learn)の活用を見ると,3人称・単数・現在・仮定法の形は leornie であり,もともと -s (正確には当時の屈折語尾を構成した þ)が出る余地はなかったのです.
 この古英語の仮定法単数語尾 -e が後に音変化によって消失した結果,現代英語の仮定法現在形は「動詞の原形と同じ形」として残ることになりました.

4. そもそも「人称」「数」「時制」とは何か

 3単現を構成する「人称」「数」「時制」といった要素は,言語学では「文法範疇」 (category) と呼ばれます.これらは各言語固有の「こだわり」,あるいはその言語が世界をどのように切り取っているかという世界観を反映する装置です.

【 人称 (person) 】
 英語の用語で人称は単に person ですから,概念としては「どんな人か」という単純な区分にすぎません.英語の体系は,「私」箱(1人称),「あなた」箱(2人称),そしてそれ以外の「その他」箱(3人称)という3つの領域で世界を分類しています.

【 数 (number) 】
 英語は数えられるモノの名詞について,単数か複数かを文法的に明示することを強制する言語です.名詞において単数・複数を区別する文化は理解しやすいとしても,その名詞の都合が動詞の語尾(屈折)にまで波及し,主語の数に応じて動詞の形を変えさせるという点は,英語の「数」への並々ならぬこだわりを示しています.

【 時制 (tense) 】
 「時制」とは,現実の「時間」そのものではなく,時間関係を言語化するための文法上の制度です.現代英語の動詞の屈折体系において,動詞自体の形態変化で直接表現できる時制は「現在形」と「過去形」の2つしかありません.未来の事態を表す際には willbe going to などの助動詞や迂言的表現を添える必要がある点など,英語の時制体系は非対称の構造を持っています.

 このように,普段何気なく暗記させられる「3単現の s」も,文法範疇の視点や英語史の通時的視点から解きほぐしていくことで,英語という言語がもつ体系性と変化のダイナミズムが見えてきます.
 明日は,助動詞 can に s がつかない理由や,says/has/does などの不規則な音変化,そして名詞の複数形 -s との関係性について考察していきます.

 ・ 堀田 隆一 『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』 NHK出版〈NHK出版新書〉,2026年.

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2026-08-04 Tue

#6308. 『なぜさんたんげん』カウントダウン企画の振り返り --- はじめに [3ps][nazesantangen][twitter][nazesantangen_countdown_3sp][links]

 6月10日に発売された『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』(NHK出版)が,好評いただいています.
 発売1ヶ月前より,私の X(旧 Twitter)アカウント @chariderryu 上で「なぜさんたんげんカウントダウン企画」として,本書に関連する話題を毎日1つ投稿していくことを試みました.結果としては予定通り30件を投稿し,カウントダウン企画は無事に終了しました.ハッシュタグ検索 #なぜさんたんげんカウントダウン より,すべての投稿というわけではありませんが,大半を閲覧できます.
 本書の副題に「3単現の s」 (3ps) が含まれていますが,本書ではそれだけを扱っているわけではなく,広く英語史の話題を取り上げています.本書のプロモーションのためには,30日間のカウントダウン企画でも様々なトピックを取り上げるのが効果的だったのでしょうが,企画開始後の早い段階から「3単現の s」のみの話題で30日間続けてみようか,という研究者としての酔狂な挑戦魂が発現してしまい,結局その路線で走り切りました.
 カウントダウン企画に伴走してくださった ari さんykagata さんり~みんさんを始め,企画を応援していただいた皆さんに感謝致します.とりわけ ari さんは,日々の私の関連投稿を素材としてユーモアとダジャレたっぷりの4コマ漫画「英子さんたんげん」シリーズを創始され,本書発売後も「3単現の s」から独立して進化し続けているという,驚きの熱心さです.
 30日間,伴走者の方々とのやりとりを通じて,私自身が「3単現の s」について多角的に問い直し,理解を深める機会を得ることができました.本来は『なぜさんたんげん』のプロモーションを念頭に置いた企画でしたし,遊び心を含めた気軽な試みとして始めたものだったのですが,完走した後から振り返ってみると,これは「3単現の s」をめぐるブレストであり,ディスカッションであり,最高の勉強法となっていたと思うのです.誇張ではなく本当です.私自身は「3単現の s」の話題を研究し,論文を書いてきた経緯がありますが,今回のカウントダウン企画では,まったく別のアプローチからの新鮮な「3単現の s」論を展開できたと考えています.
 この30日間の議論の成果を何らかの形で記録に残すべく,向こう数日間の hellog 記事を通じて「なぜさんたんげんカウントダウン企画」を振り返って行こうと思います.本日の記事は,その連載の序文の役割を果たします.連載の開始に先立ち,以下に30投稿の各々へのリンクを掲げておきましょう.ぜひ1つひとつ訪れてみてください.



1: https://x.com/chariderryu/status/2053849551249854633
2: https://x.com/chariderryu/status/2054170139075956800
3: https://x.com/chariderryu/status/2054533296516628698
4: https://x.com/chariderryu/status/2054918817961128222
5: https://x.com/chariderryu/status/2055257307315892728
6: https://x.com/chariderryu/status/2055574258395251097
7: https://x.com/chariderryu/status/2055937157571719216
8: https://x.com/chariderryu/status/2056284114517479854
9: https://x.com/chariderryu/status/2056651859020919199
10: https://x.com/chariderryu/status/2057033989668430082
11: https://x.com/chariderryu/status/2057388292769759342
12: https://x.com/chariderryu/status/2057745491052441925
13: https://x.com/chariderryu/status/2058311892037226717
14: https://x.com/chariderryu/status/2058460797987086628
15: https://x.com/chariderryu/status/2058828159659712651
16: https://x.com/chariderryu/status/2059196134858408270
17: https://x.com/chariderryu/status/2059584458932556083
18: https://x.com/chariderryu/status/2059901339853877679
19: https://x.com/chariderryu/status/2060263459669889166
20: https://x.com/chariderryu/status/2060633529013129354
21: https://x.com/chariderryu/status/2060984532451418384
22: https://x.com/chariderryu/status/2061359561030635769
23: https://x.com/chariderryu/status/2061705258821132776
24: https://x.com/chariderryu/status/2062070033589608841
25: https://x.com/chariderryu/status/2062431166200742226
26: https://x.com/chariderryu/status/2062822274856554627
27: https://x.com/chariderryu/status/2063171987405516891
28: https://x.com/chariderryu/status/2063523991487221807
29: https://x.com/chariderryu/status/2063888225546969167
30: https://x.com/chariderryu/status/2064380208119972160




 ・ 堀田 隆一 『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』 NHK出版〈NHK出版新書〉,2026年.

Referrer (Inside): [2026-08-05-1]

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2026-08-03 Mon

#6307. 『英語語源ハンドブック』特設HPがリニューアル [hee][lp][helkatsu][hel_education]


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 1年前の今日,「#5942. 『英語語源ハンドブック』のランディングページ (LP) を作成しました --- 7月29日の重版出来記念」 ([2025-08-03-1]) の記事を公開しました.この1年間,『英語語源ハンドブック』は好評をいただき,ハンドブックをめぐる環境も変化してきました.そこで,本書の特設HPをリニューアルしました.
 単なる書籍紹介のための特設HPという枠組みを超えて,アプリ,公式コンテンツ,読者コミュニティ,そして関連書籍が有機的につながり合う『英語語源ハンドブック』エコシステムのポータルサイトへと進化を遂げてのリニューアルとなります.
 今回の特設HPの改変・追加ポイントは多岐にわたりますが,特にアピールしたい要点をいくつか紹介します.

 ・ 物書堂アプリ版(iOS)発売 & 公式無料特典の集約:デジタルならではの検索・コピー機能にご注目ください.さらに本書掲載の4,083語・表現を網羅した「公式索引データ(Excel/PDF)」の無料配布や,最新正誤表へも案内します.
 ・ 広がる「読者の輪(hel活・教育実践)」のアーカイブ化:刊行後に読者,教育者,研究者の皆さんがウェブ上で展開してくださったコンテンツ群を,カテゴリ整理しました.sorami さんやみーさんによる note 連載,ykagata さん,り~みんさんによる他言語比較,天野優未さん,やるせな語学さん,khelf の寺澤志帆さんらによる専門的・実践的アプローチなど,熱量あふれるhel活の広がりを一覧できます.
 ・ 学びのロードマップ「英語史の塔 (Tower of HEL)」の新設: 『はじめての英語史』,『英語語源ハンドブック』,『英語語源辞典』,『古英語・中英語初歩』という研究社の英語史4書籍の相互関係を示しました.
 ・ Amazon カスタマーレビューの掲載:現場の中高英語教員から寄せられた「一生使える虎の巻」といった絶賛の声をはじめ,熱いメッセージを多く掲載しています.
 ・ メディア・YouTube・講座実績の集約:本書に注目した「ゆる言語学ラジオ」出演回,「いのほた言語学チャンネル」出演回,各種ラジオ出演回,朝日カルチャーセンター新宿教室での講座などを挙げています.
 ・ モバイル閲覧の完全最適化:スマホやタブレットからでも快適に巡回できるよう,レスポンシブデザインへ刷新しました.

 この1年間で本書の周りに生まれた温かい読者の輪と,広がり続ける英語史コンテンツの循環には,感謝の念に堪えません.まさに読者の皆さんとともに作り上げてきたポータルサイトだと実感しています.
 新しくなった『英語語源ハンドブック』特設HPを,ぜひ訪問してみてください.アプリ版のチェックや公式索引データのダウンロード,そして本書の通読・活用に向けて,ワクワクするような学びのヒントが見つかるはずです.

 ・ 唐澤 一友・小塚 良孝・堀田 隆一(著),福田 一貴・小河 舜(校閲協力) 『英語語源ハンドブック』 研究社,2025年.

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2026-08-02 Sun

#6306. 英語史の月刊ウェブマガジン Helvillian の2026年8月号が公開されました [helwa][heldio][notice][helmate][helkatsu][helvillian][link][nazesantangen][dubline_guinness_recording_session]



 7月28日,有志ヘルメイトによる月刊ウェブマガジン Helvillian 8月号が公開されました.通算第22号となります.
 まず,編集委員の Galois さんによる素晴らしい表紙デザインが目を引きます.今号の「表紙のことば」を担当されたのは,佐久間さん(helwa のハンドルネーム「無職さん」)です.上海の外灘(ワイタン)に建つ旧中国税関の時計塔を取り上げ,イギリス帝国の領土拡大と英語の世界進出の歴史を重ね合わせて解説してくれています.ロンドンの Big Ben をモデルとし,かつて「ウェストミンスターの鐘」を響かせていた時計塔が,現在では革命歌「東方紅」を奏でているという歴史の皮肉は,まさに英語史が世界史の一部であることを思い出させてくれます.専門家である佐久間さんは,日本歯科医史学会や救急蘇生法教育の歴史に関する記事も寄稿されています,
 今号の収載記事も,多種多様で魅力的なラインナップが揃っています.前号に引き続き熱を帯びているのが『なぜさんたんげん』関連の記事です.ari さんによる「英子さんたんげん」や「3単現」関連の記事,しーさんによる「日本語で読もう!『なぜさんたんげん』」,あまねちゃんさんによる「載りそうで載らなかったトピックを想像してみた」シリーズなど,多角的なアプローチで『なぜさんたんげん』を盛り上げています.
 語源や英語史の深掘り記事も百花繚乱です.mozhi gengo さんは plaster, pairing, bear などいつもながらに様々な語源を取り上げられていますが,他のヘルメイトのhel活と互いに影響を与え合う話題選びも目立ち,「hel活の輪」を体現しています.同じように,ykagata さんの houseghost やドイツ語に絡めた多様なコンテンツも,「hel活の輪」を回し続ける動力源です.lacolaco さんの「英語語源辞典通読ノート D」は職人技の域に達していますね.sorami さんの「中学生向け英語語源クイズ」,川上さんの「homework と housework の違い」をはじめとする素朴な疑問系のトピック,みーさんによる「小学生と学ぶ英語史」シリーズなど,教育現場や日常に即したコンテンツが目白押しです.
 さらに,Lilimi さんの『古文と漢文』読書記,rei さんの ghost から spirit への「helwa 論」,こじこじ先生によるオリジナル曲の披露,kendama_player さんによる英語史講座報告など,ヘルメイト個々の関心と創造性が炸裂しています.
 新刊書,宮嵜 由美・八木橋 宏勇(編)『響き合うことばと社会』(開拓社)を記事で紹介された Grace さんは,「helwa のあゆみ」も執筆されています,北千住オフ会での Baugh and Cable 精読会や,急遽開催され大盛況となった「ダブリン・ギネス収録会」の熱気が記録されています.
 そして,研究者論や helwa 論にも関心の強い umisio さんによる「編集後記」は必読です.井上逸兵先生の「ゆる言語学ラジオ」出演に端を発した酷暑の「ボケ」大ブームと,ari さんの極上 note 記事「青椒肉絲の美味しい店」をめぐりリスナーや私の大混乱をユーモアたっぷりに語ってくれています.
 今号の目次を取りまとめてくださった Lilimi さん,そして編集委員の Galois さん,Grace さん,umisio さん,本当にありがとうございました.
 hellog 読者の皆さんも,ぜひ Helvillian 8月号を開いて,この熱気あふれる学びの場を体験してみてください.そして,この熱いhel活の輪に加わりたいと思われた方は,ぜひ Voicy プレミアムリスナー限定配信チャンネル 「英語史の輪 (helwa)」 へお越しください.その日からあなたもヘルメイトです!

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2026-08-01 Sat

#6305. B&C の第65節 "The Application of Native Words to New Concepts" (3) --- Taku さんとの超精読会 [bchel][oe][borrowing][semantic_change][christianity][lexicology][latin][loan_word][link][voicy][heldio][anglo-saxon][history][helmate][helwa]



 Baugh and Cable の精読シリーズ,第65節を読み進め,議論を重ねています.helwa の仲間たちとともにテキストを念入りに読み解いた北千住オフ会での音声を,Voicy heldio にて公開しております.今回もナビゲーターとして全体を引っ張ってくださったのは,お馴染みの Taku さんこと金田拓さん(帝京科学大学)です.「#1889. 英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む (65-3) with Taku さん --- helwa 北千住オフ会より」をぜひお聴きください.
 今回は,キリスト教的な「説教する」「祈る」といった宗教的行為を表わす動詞・名詞において,ラテン語からの直接の借用を避け,アングロサクソン人が元々持っていた本来語の意味を転用させたが扱われています.精読した本文の該当箇所は1文のみで,以下の通りです(Baugh and Cable, p. 86).

Instead of borrowing the Latin word praedicāre (to preach), the English expressed the idea with words of their own, such as lǣran (to teach) or bodian (to bring a message); to pray (L. precāre) was rendered by biddan (to ask) and other words of similar meaning, prayer by a word from the same root, gebed.


 今回注目したのは1文のみですが,the English の定冠詞がもつ意味・意義に注目し,著者の英語史や言語変化に対する姿勢を読み解くというエキサイティングな議論が展開しました.改めてキリスト教の布教と用語の問題,それから読書会に立ち会われたヘルメイトからの質問などについても検討し,豊かな議論の時間を過ごすことができました.
 これまでの B&C 超精読会のアーカイブは,体系的にまとめられており,いつでもさかのぼって学習することができます.「#5291. heldio の「英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む」シリーズが順調に進んでいます」 ([2023-10-22-1]) に全回へのリンクが整備されておりますので,未聴の回がある方はぜひご参照ください.原書を手元に用意し,音声を副読本のように活用することで,英語史の原典購読の醍醐味を味わっていただけるはずです(使用テキストは最新の第7版ではなく第6版となっております).また,このような精読の輪の中に加わり,一緒に学びを深めたいとお考えの方は,ぜひ Voicy のプレミアムリスナー限定配信チャンネル「英語史の輪 (helwa)」へお越しください.8月の helwa もちょうど本日からスタートです.刺激的で充実した学びの時間が待っています!


Baugh, Albert C. and Thomas Cable. ''A History of the English Language''. 6th ed. London: Routledge, 2013.



 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

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