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hellog〜英語史ブログ / 2026-08-13

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2026-08-13 Thu

#6317. 「書記言語学」の構想 [writing][graphology][linguistics][double_articulation}[kanji][terminology][sign][semiotics][linguistics_of_writing][linguistics_of_speech]

 5ヶ月前のことを思い出しながら,そのときに残したメモを頼りに,この記事を書いている.3月7日,オーストラリアの熱帯都市ケアンズに滞在していたときに,熱暑の早朝にふと1つのアイディアが降ってきた.「書記言語学」 (linguistics_of_writing) の構想だ.
 現代言語学の分野は,音声言語を第一とする規範に縛られてきた.文献に残されている英語を研究対象とする英語文献学に携わっている者として,書き言葉に肩入れしがちな立場にあることは自認しつつ,あえてこのことを主張したい.従来の言語学はおおかた「音声言語学」 (linguistics_of_speech) だったのではないか,という趣旨での問い直しである.
 文字論や書き言葉の研究はもちろん存在してきたけれども,書記言語は音声言語の補助的手段にすぎないと位置づけられるのが一般的だったといってよい.しかし,書記言語は書記言語のまま,独立した体系として理解される必要があるのではないか.「文字論」などという従来の呼び方だけでは,その本質的な射程をカバーしきれない.「書記言語学」くらいの大きなラベルが必要なのではないか,と考えている.
 音声言語が調音生理と聴覚に依存するのに対し,書記言語は運筆原理と視覚に依存する.もちろん表音文字体系など,書記言語には音声言語に依存し制約される側面もあるけれども,原則として独立したシステムと考えたい.たとえば音声言語に対応しない黙字や各種記号,正書法上の視覚的配慮が存在するし,書記言語独自の方言(地域・時代の書き方の変異)も存在する.書記言語にあっては,音声言語における音素の弁別素性に対応するものは何なのだろうか.ストロークに対応するのかもしれないが,もっと精妙なもののような気もする.
 書記言語学を構想する上で大きな問題となるのが,言語の根本的属性とされる2重分節 (double_articulation) の問題だ.従来の言語学(=音声言語学)では,意味をもたない音素(第2分節)が結合して,意味をもつ形態素(第1分節)を構成するという2重分節の原理が,人類の言語の普遍的な特徴であるとされてきた.しかし,これはアルファベット文化圏に慣れ親しんだ,表音文字主導の「音声言語学」的な見方にすぎないのではないか.
 表形態素・表語的な性質を強くもつ文字体系である漢字を例に考えてみよう.象形文字や指事文字には,音素に相当するような「意味をもたない要素」が現われていないように思われる.つまり,そこでは2重分節の原理が当てはまらない.一方で,会意文字や形声文字を考えると,部首などの構成要素が機能している.会意文字における部首は音素ならぬ「意味素」として第2の分節に相当し,形声文字では一方の部首が意味素,他方の部首が音素的要素として機能している.
 このようにみてくると,言語において2重分節は必須ではないものの,第2の分節要素を導入することで組み合わせの応用可能性が爆発的に広がる,ほどの捉え方が実態に即していると言えそうだ.表語(あるいは表形態素)を基礎に据えた書記言語学や文字論のアプローチは,言語学の未来のために希望がありそうだと感じている.
 なぜ文字の発明が人類史において偉大とされるのか.それは単に「声を記録する道具」を作り出したからではなく,音声言語とは異なる原理で動く「人類の第2の言語」のあり方を発明したからではないか,と私は考え始めている.
 日本の書き言葉の歴史における漢文使用を diglossia(二言語併用)の比喩で捉え直すことや,現代日本語における和語・漢語・外来語の文字種使い分けをコードスイッチングとして解釈する視点も,書記言語学の枠組みから迫れるように思う.今後,音声言語学の呪縛から脱却し,独立した体系としての「書記言語学」を構想していきたいと考えている.ケアンズにて突如として湧いた妄想的なアイディアを,5ヶ月ほど冷ましてから公開した次第.

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最終更新時間: 2026-08-12 21:54

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