固有名詞学 (onomastics) のなかでも土地・場所の名前を研究する分野として地名学 (toponymy) がある.この地名学と近いが,河川・湖沼・海洋などの水域の名前を扱う分野がある.水域名学 (hydronymy) だ.hydronymy は,ヨーロッパでは歴史学や考古学とも連動して重要な分野とされており,最古層の河川名をめぐって "alteuropäische Hydronymie" の仮説が提案されるなど,長い研究の蓄積がある.
「#5187. 固有名詞学のハンドブック」 ([2023-07-10-1]) で紹介したハンドブックの第7章となる "River Names" を読み終えた.すこぶるおもしろかった.初めて学ぶことが非常に多かったが,とりわけ hydronymy 研究にも「お国柄」というか国土地理の特徴が反映される点に興味をいだいた.イングランドやドイツでは hydronymy といえば河川名が対象となることが多いが,スウェーデン,デンマーク,ノルウェーのような北欧諸国は伝統的に湖沼名が対象となるという.各々の地域の地形や地勢がおのずと反映されるのだろう.
Strandberg (104) が次のように指摘している.
Hydronymic research in a country like Sweden has concerned itself to a very great extent with lake names; these can be as old as river names and contain the same words or roots. River names formed from names of lakes are common in Sweden. In Denmark and Norway, too, much research has been done on lake names. For topographical reasons, in areas of Europe such as England and Germany more attention has been paid to river names than to lake names.
文明は大河のもとに現われる.人間の生活は水,とりわけ淡水がなければ成立しない.水域は人間の社会活動にとっても重要であり,それと連動して水域名にも重要性が与えられるのだろう.「名前プロジェクト」 (name_project) としても,侮れない分野としての hydronymy に,今後注目していきたい(cf. 「#5217. 「名前プロジェクト」が立ち上がりました」 ([2023-08-09-1])).
・ Strandberg, Svante. "River Names." Chapter 7 of The Oxford Handbook of Names and Naming. Ed. Carole Hough. Oxford: OUP, 2016. 104--14.
Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow