固有名詞学 (onomastics) は名前 (name) を扱う言語学の下位分野である.この分野では,当然のことながら名前とは何かが根源的な問題となる.これは「#5191. 「名前」とは何か?」 ([2023-07-14-1]) や「#5192. 何に名前をつけるのか? --- 固有名を名付ける対象のプロトタイプ」 ([2023-07-15-1]) でも取り上げてきた話題だが,そう簡単ではない.
そこでも参照している Van Langendonck and Van de Velde (19--20) によれば,名前の問題を議論する際には名前 (name) と名前レンマ (name lemma) を区別する必要があると説かれている.前者は名簿に記載される一つひとつの名前であり,後者は名前辞書の見出し語として立てられる名前である.
. . . names need to be distinguished from name lemmas. The term name lemma indicates a dictionary entry with an onomastic valency. For instance, the lemma Mary has the potential to be used as a name with one or more sublemmas that each underlie a name. Thus, the lemma Mary underlies a large number of names, such as Mary the mother of Jesus, Mary Stuart, and so on.
次に,名前レンマにもいくつかの種類があることが紹介される.上記の Mary は,典型的に名前に用いられる名前レンマであり,proprial lemma と呼ばれる.proprial lemma は,a different Mary のように臨時的に普通名詞として用いられることもある.
他の種類の名前レンマとしては,一般的な名詞が名前として用いられるタイプの appellative lemma がある.映画 Gladiator は映画のタイトルとして名前には違いないが,その名前レンマは何かといえば「剣闘士」を意味する通常の名詞 gladiator である.他には The Old Man and the Sea のように句が名前レンマになる phrasal lemma もある.
名前をめぐる議論においては,名前と名前レンマを慎重に区別していないと混乱を来たしそうだ.
・ Van Langendonck, Willy and Mark Van de Velde. "Names and Grammar." Chapter 2 of The Oxford Handbook of Names and Naming. Ed. Carole Hough. Oxford: OUP, 2016. 17--38.
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