hellog〜英語史ブログ

#287. 外国語の polysemy は発想の源泉[etymology][polysemy][grimms_law]

2010-02-08

 突然だが,質問.銭湯や温泉でよくみかける下の写真のような蛇口を何というだろうか.
kraan
答えは カラン (←クリック).
 最近はあまり見かけないように思うが,子供の頃によく銭湯に通っていた頃には,蛇口にカタカナで書かれていたように記憶している.なんでそんな名前がついているのかなと当時から不思議だったが,天井の高い銭湯の空間に洗面器の音がカラーンと鳴り響くからかなとか,写真にもある洗面器の代名詞ともいうべき「ケロリン」と関係があるのかななどと思っていた.
 あるとき,これがオランダ語 kraan から来たものだと知った.西ゲルマン諸語の一つとしてオランダ語と類縁関係にある英語では,これに対応する語 ( cognate ) は crane 「鶴」である.鶴の曲がった首のイメージである.昨日の記事[2010-02-07-1]で触れたとおり,crane は「鶴」「起重機」などを意味する多義語 ( polysemic word ) だが,予想通り英語でも「蛇口」の語義があった.OED によると,「鶴」は古英語から存在し,「起重機」「蛇口」は1375年(『英語語源辞典』では1349年),1634年がそれぞれ初出である.
 この語源を知ることのおもしろさは二点ある.一つは,日本語で「鶴」「クレーン」「カラン」というとき,実は語源としては三つの言語が関わっているというということである.もう一つは,英語(とオランダ語)では三つの語義が crane の一語のみでまかなわれていることである.日本語だけでは,鶴とクレーンと蛇口を結びつけるという発想はまず出てこないだろう.だが,英語かオランダ語を修めていれば,いやそこまで行かなくとも語源を調べるだけの力があれば,この発想の井戸に容易にたどり着くことができるのである.この考え方を押し広げると,外国語の多義語はたいてい発想の源泉になり得るということだろう.
 ついでに,cranberry 「ツルコケモモ(の実),クランベリー」は,おしべが鶴のくちばしの形に似ていることからそう呼ばれるという.また,pedigree 「家系(図),血統」はフランス語の pied de grue "foot of crane" が中英語に入ったものであり,家系図を鶴の足になぞらえた奇抜な発想に基づく.フランス語 grue 「鶴」自体はラテン語 grūs 「鶴」に由来し,グリムの法則([2009-08-08-1])を介してゲルマン語形 cranekraan の語頭子音と対応することがわかるだろう.

Referrer (Inside): [2010-04-09-1]

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