現代英語において,主語と同一の指示対象を指す代名詞は,通常の単純形の代名詞ではなく -self を伴う再帰代名詞の形態をとらなければならないというのが規則である.しかし,ときに単純代名詞と再帰代名詞の選択が任意という場合がある.位置を表わす前置詞の目的語として用いられるケースで,Quirk et al. (359) によれば,次のような例が挙げられる.
・ She's building a wall of Russian BÒOKS about her(self).
・ Holding her new yellow bathrobe around her(self) with both arms, she walked up to him.
・ Mason stepped back, gently closed the door behind him(self), and walked down the corridor.
・ They left the apartment, pulling the spring lock shut behind them(selves).
さらに,主語と同一指示対象でありながら,単純形が任意どころか義務という場合すらある.やはり前置詞の目的語として用いられる場合で,標題の文に代表される.Quirk et al. (360) では,次のような例文が挙げられている.
・ He looked about him.
・ She pushed the cart in front of her.
・ She liked having her grandchildren around her.
・ They carried some food with them.
・ Have you any money on you?
・ We have the whole day before us.
・ She had her fiancé beside her.
歴史的にみれば,これらの単純形も機能的には歴とした再帰代名詞である.歴史的背景を略述すれば,初期近代英語までは,動きや静止を表わす自動詞 (ex. fare, go, run; rest, sit, stay) や感情を表わす他動詞 (ex. doubt, dread, fear, repent) は,単純形の再帰代名詞を伴うのが普通だった.しかし,17世紀にはこの語法は衰退し,単純形の再帰代名詞は廃用となっていった(中尾・児馬,p. 36).関連して,「#578. go him」 ([2010-11-26-1]),「#1392. 与格の再帰代名詞」 ([2013-02-17-1]),「#2185. 再帰代名詞を用いた動詞表現の衰退」 ([2015-04-21-1]) も参照.
このように単純形が衰退するなかで,唯一取り残されて生き延びたのが,上掲の事例である.生き残った理由としては,問題の代名詞に強調や対比の意味がこめられておらず,形態的にも短いものが好まれたということが考えられる.これらの例文において強調されているのは,むしろ前置詞のほうだろう.このことは,"Pat felt a sinking sensation inside (her)." のように,問題の代名詞が省略される場合すらあることからも推測される.
・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
・ 中尾 俊夫・児馬 修(編著) 『歴史的にさぐる現代の英文法』 大修館,1990年.
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