昨日の記事「#2009. 言語学における接触,干渉,2言語使用,借用」 ([2014-10-27-1]) で,「借用」 (borrowing) などの用語の問題に言及した.厳密にいえば,言語における「借用」という用語は矛盾をはらんでいる.A言語からB言語へある言語項が「借用」されるとき,B言語にわたるのはその言語項の複製(コピー)であり,本体はA言語に残るものだからだ.この「借用」の基本的な性質と,用語の矛盾については,「#44. 「借用」にみる言語の性質」 ([2009-06-11-1]) で見たとおりである.
借用の構造的な制約を論じた Moravcsik (99 fn) も,言語学用語としての借用と,一般にいう事物の借用とのズレについて以下のように述べている.
Needless to say, this use of the term "borrowing" is very different from the way the term is used in everyday language. Whereas, according to everyday usage, an object is borrowed if it passes from the use of the owner into the temporary use of someone else and thus at no point in time is it being used by both, according to linguistic usage the source language may continue to include the particular property that has been "borrowed" from it. Thus, what the latter implies is 'permanently' acquiring a copy of an object,' rather than 'temporarily' acquiring an object itself.'
なるほど,言語における借用は「コピーを永久的に獲得すること」だという指摘は納得できる.これは,先の記事 ([2009-06-11-1]) の (3) について述べたものと理解してよいだろう.ここから,言語変化の拡散とは革新的な言語項のコピーがある話者からその隣人へ移動することの連続であるという見方が可能となる.
言語における借用(あるいはより一般的に言語変化の拡散)とは,コピー(の連続)であるという理解と関連して思い出されるのは,イタリアの新言語学 (neolinguistics) の立場だ.彼らは,言語変化の拡散に際して生じているのはコピーではないと言い切る.話者は隣人から革新的な言語項の「複製」 (copy) を受け取っているのではなく,その言語項を「模倣」 (imitation) あるいは「再創造」 (re-creation) しているのだと主張する.Bonfante (356) 曰く,
The neolinguists assert that linguistic creations, whether phonetic, morphological, syntactic, or lexical, spread by imitation. Imitation is not a slavish copying; it is the re-creation of an impulse or spiritual stimulus received from outside, a re-creation which gives to the linguistic fact a new shape and a new spirit, the imprint of the speaker's own personality.
言語において借用という用語が矛盾をかかえているという基本的な問題から発して,それは正確にはコピー(複製)と呼ぶべきだという結論に落ち着いたかと思いきや,新言語学の視点から,いやそれは模倣であり再創造であるという新案が提出された.「#1069. フォスラー学派,新言語学派,柳田 --- 話者個人の心理を重んじる言語観」 ([2012-03-31-1]) でも述べたが,新言語学の言語観には,話者個人の創造性を重視する姿勢がある.言語学史において新言語学は主流派になることはなく,今となっては半ば忘れ去られた存在だが,不思議な魅力をもった,再評価されるべき学派だと思う.
・ Moravcsik, Edith A. "Language Contact." Universals of Human Language. Ed. Joseph H. Greenberg. Vol. 1. Method & Theory. Stanford: Stanford UP, 1978. 93--122.
・ Bonfante, Giuliano. "The Neolinguistic Position (A Reply to Hall's Criticism of Neolinguistics)." Language 23 (1947): 344--75.
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