昨日の記事「#3402. presupposition trigger のタイプ」 ([2018-08-20-1]) で presupposition (前提)について取り上げたが,それにはとりわけ重要な特性が3つある.(1) constancy under negation, (2) defensibility or cancellability, (3) the projection problem である (Huang 67--75) .
(1) constancy under negation
文が否定されても,前提は無傷のままに残るという興味深い特性がある.昨日の記事の例でいえば,The king of France is bald. という文は,"There is a king of France" を前提とするが,同文を否定して The king of France isn't bald. としても前提は揺るがない.この重要な性質に基づいて,「前提」を改めて定義すると次のようになる.
An utterance of a sentence S presupposes a proposition p if and only if
a. if S is true, then p is true
b. if S is false, then p is still true
(2) defeasibilty or cancellability
前提には,背景となる想定,現実の知識,会話の含意 (conversational implicature),談話の文脈によっては無効となり得るという特性がある.例えば,John got an assistant professorship before he finished his Ph.D. では "John finished his Ph.D" の前提が成立するが,ほぼ同じ構文で John died before he finished his Ph.D. では同前提は成立しなくなる.死んだ後には何もできないという現実の知識があるからこそ,前提が否認されるのである.
また,There is no king of France. Therefore the king of France isn't bald. では,第1文の存在により,第2文から通常生じるはずの "There is a king of France" という前提が成立しなくなる.
ほかには,The president doesn't regret vetoing the bill (because in fact he never did so!) では,because 以下がない文では "The president vetoed the bill" が前提とされるが,because 以下を加えた文では,そこで明示的に前提が否定されることになる.
発話動詞が使用される場合にも,前提が成立しないことがある.John said that Mary managed to speak with a broad Irish accent. では,"Mary managed to speak with a broad Irish accent" は前提とされない.
(3) the projection problem
単文が組み合わさって複文となるとき,単文によって生み出された前提は,複文においても投射 (projection) され,受け継がれるものと思われるかもしれない.確かにそのような場合も多いが,一方で (2) でも例をみたように,単文での前提が複文全体の趣旨と整合しない場合には,その前提が崩れることもある.どのようなケースで投射され,あるいは投射されないのかを公式化することは難しく,投射の問題は "the curse and the blessing of modern presupposition theory" とも呼ばれている.理論の構築が困難であることが "curse" であり,語用論的な発想をもってしなければ対処できないという点で,語用論の意味論からの独立性を支持するものとして "blessing" だというわけである.
・ Huang, Yan. Pragmatics. Oxford: OUP, 2007.
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