hellog〜英語史ブログ

#166. cyclone とグリムの法則[etymology][grimms_law]

2009-10-10

 日本列島を襲った先日の台風18号は,各地に被害を及ぼしたようだ(大学の授業も臨時休講になった).熱帯で発生した低気圧は世界中の熱帯から温帯へしばしば甚大な被害をもたらす気象現象だが,呼び方は地域ごとにまちまちである.およそ,太平洋北東部と南シナ海では typhoon,太平洋北西部からアメリカを経て大西洋までは hurricane,インド洋や南太平洋では cyclone と呼ぶようである.これらが生成される原理やもたらす影響はどこも変わりなく,気象学上は同じと考えてよいようだ.
 今日は cyclone の語源について見てみたい.この語はギリシャ語 kúklos "circle" あるいは kyklôn "moving in a circle, whirling round" に由来するとされ,熱帯低気圧の渦にちなんで名付けられたものである.名付け親は Henry Paddington という気象学者で,1848年に英語に初登場した.OED に引用されている Paddington の説明によると:

Class II. (Hurricane Storms .. Whirlwinds .. African Tornado .. Water Spouts .. Samiel, Simoom), I suggest .. that we might, for all this last class of circular or highly curved winds, adopt the term 'Cyclone' from the Greek κυκλως (which signifies amongst other things the coil of a snake) as .. expressing sufficiently the tendency to circular motion in these meteors.


 同根語として思いつくものには,bicycle, cycle, Cyclops, encyclopaedia などがある.
 さて,ギリシャ語からさかのぼって印欧祖語の再建形をみてみよう.印欧祖語では *kwelo-s という形態だったと想定されている.ギリシャ語の kúklos では,語頭の音節が reduplication ([2009-07-02-1]) により繰り返されているために /k/ 音が二度現れているが,ここでのポイントは印欧祖語から /k/ を受け継いでいるということだ.
 ここで,グリムの法則を思い出してみよう([2009-08-09-1]).印欧祖語(とそこから派生したギリシャ語などの言語)の *kw は,ゲルマン諸語ではグリムの法則により *xw あるいは *hw へ変化したはずである.それでは,印欧祖語の *kwelo-s あるいはギリシャ語の cyclos に対応する英語の本来語は何だろうか? 答えは, wheel 「車輪」 (←クリック)である.
 古英語では語頭の子音字が逆であり hwēol という綴りだったので,グリムの法則の効果がより鮮明である.
 グリムの法則については,[2009-08-08-1][2009-08-07-1]も要参照.

Referrer (Inside): [2019-07-19-1] [2012-08-26-1]

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