hellog〜英語史ブログ

#2828. carnage[etymology][norman_french]

2017-01-23

 先日のトランプ大統領の就任演説について,多くのメディアが酷評している.英語自体は相変わらずの「トランプ語法」で分かりやすいのは確かだが,語彙レベルは幼稚であるという(「#2825. 「トランプ話法」」 ([2017-01-20-1]) を参照).また,アメリカの歴代大統領の演説は一般に格調高く,理想に燃えた前向きの内容となるものだが,今回の演説には,過去の政権への批判をにじませた後ろ向きで否定的な要素が多いという.
 そのような否定的な含意を最も直接的に感じさせたのが,American carnage という表現だ.演説の前半で,"This American carnage stops right here and stops right now." と述べている (see Inaugural address: Trump's full speech --- CNNPolitics.com) .
 carnage とは「殺戮;(集合的に)大量の死体」を意味する文語的な語である.OALD7 の定義によると,"the violent killing of a large number of people" とある.また,OED の定義では " The slaughter of a great number, esp. of men; butchery, massacre." とある.いずれにせよ強烈な含意をもつ語である.現代英語から用例を挙げてみよう.

 ・ The scene of carnage was indescribable.
 ・ They hoped never to repeat the carnage of the First World War.
 ・ Years of violence and carnage have left the country in ruins.


 carnage の語史をひもといてみよう.OED によると初出は1600年のことで,"1600 P. Holland tr. Livy Rom. Hist. ii. 16 The carnage and execution was no lesse after the conflict than during the fight." として初出する.Philemon Holland (1552--1637) が好んで用いたようだが,それ以降の使用は稀で,18世紀後半になってようやく一般的に用いられるようになった.
 16世紀のフランス語に carnage という語が確認され,それが英語に入ったものと見られるが,そのフランス単語自体はイタリア語 carnaggio の借用である.そのとき,すでに「殺戮」の語義はあったようだ.このイタリア単語はさらに後期ラテン語 carnāticum からの借用であり,その段階での語義は "flesh-meat, also, the flesh-meat supplied by tenants to their feudal lords" だった.語根としては「肉」を意味するラテン語 carn-, carō に遡る.
 古フランス語にも対応語として charnage という語が確認され,その北部方言形には英語形と同じ語頭子音をもつ carnage もあったが,英語版は後者からの直接の借用ではないようだ(当時の中央フランス語と北部(ノルマン)フランス語の子音対応 <ch> = /tʃ/ vs <c> = /k/ については,「#95. まだある! Norman French と Central French の二重語」 ([2009-07-31-1]) を参照).
 いやはや,おぞましい語でアメリカ新政府が走り出したものだ.今後の成り行きを見守りたい.

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