標記のように,現代英語の have は不規則変化動詞である.しかし,has に -s があるし, had に -d もあるから,完全に不規則というよりは若干不規則という程度だ.だが,なぜ *haves や *haved ではないのだろうか.
歴史的にみれば,現在では許容されない形態 haves や haved は存在した.古英語形態論に照らしてみると,この動詞は純粋に規則的な屈折をする動詞ではなかったが,相当程度に規則的であり,当面は事実上の規則変化動詞と考えておいて差し支えない.古英語や,とりわけ中英語では,haves や haved に相当する「規則的」な諸形態が確かに行われていたのである.
古英語 habban (have) の屈折表は,「#74. /b/ と /v/ も間違えて当然!?」 ([2009-07-11-1]) で掲げたが,以下に異形態を含めた表を改めて掲げよう.
habban (have) | Present Indicative | Present Subjunctive | Preterite Indicative | Preterite Subjunctive | Imperative |
1st sg. | hæbbe | hæbbe | hæfde | hæfde | |
2nd sg. | hæfst, hafast | hafa |
3rd sg. | hæfþ, hafaþ | |
pl. | habbaþ | hæbben | hæfdon | hæfden | habbaþ |
Pres. Ind. 3rd Sg. の箇所をみると,古英語で
has に相当する形態として,
hæfþ,
hafaþ の2系列があったことがわかる.
fþ のように2子音が隣接する前者の系列では,中英語期に最初の子音
f が脱落し,
hath などの形態を生んだ.この
hath は近代英語期まで続いた.
3単現の語尾が -
(e)th から -
(e)s へ変化した経緯について「#2141. 3単現の -
th → -
s の変化の概要」 (
[2015-03-08-1]) を始め,「#1855. アメリカ英語で先に進んでいた3単現の -th → -s」 (
[2014-05-26-1]),「#1856. 動詞の直説法現在形語尾 -eth は17世紀前半には -s と発音されていた」 (
[2014-05-27-1]),「#1857. 3単現の -th → -s の変化の原動力」 (
[2014-05-28-1]),「#2156. C16b--C17a の3単現の -
th → -
s の変化」 (
[2015-03-23-1]) などの記事で取り上げてきたが,目下の関心である現代英語の
has という形態の直接の起源は,
hath の屈折語尾の置換に求めるよりは,古英語の Northumbria 方言に確認される
hæfis,
haefes などに求めるべきだろう.この -
s 語尾をもつ古英語の諸形態は,中英語期にはさらに多くの形態を発達させたが,
f が母音に挟まれた環境で脱落したり,
fs のように2子音が隣接する環境で脱落するなどして,結果的に
has のような形態が出力された.
hath と
has から唇歯音が脱落した過程は,このようにほぼ平行的に説明できる.関連して,
have と
of について,後続語が子音で始まるときに唇歯音が脱落することが後期中英語においてみられた.
ye ha seyn (you have seen) や
o þat light (of that light) などの例を参照されたい (中尾,p. 411).
なお,過去形
had についてだが,こちらは「#1348. 13世紀以降に生じた
v 削除」 (
[2013-01-04-1]) で取り上げたように,多くの語に生じた
v 削除の出力として説明できる.「#23. "Good evening, ladies and gentlemen!"は間違い?」 (
[2009-05-21-1]) も合わせて参照されたい.
MED の
hāven (v.) の壮観な異綴字リストで,
has や
had に相当する諸形態を確かめてもらいたい.
・ 中尾 俊夫 『音韻史』 英語学大系第11巻,大修館書店,1985年.
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