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専門用語をじっくり考えるシリーズ.diglossia (二言語変種使い分け)も第5弾となる.これまでの「#5306. 用語辞典でみる diglossia (1)」 ([2023-11-06-1]),「#5311. 用語辞典でみる diglossia (2)」 ([2023-11-11-1]),「#5315. 用語辞典でみる diglossia (3)」 ([2023-11-15-1]),「#5326. 用語辞典でみる diglossia (4)」 ([2023-11-26-1]) と比べながら,今回は Pearce の英語学用語辞典を参照する (143--44) ."diglossia" に当たると "polyglossia" の項目を見よとあり,ある意味で野心的である.
Polyglossia A situation in which two or more languages exist side by side in a multilingual society, but are used for different purposes. Typically, one of the languages (usually labelled the 'H' or 'high' variety) has greater prestige than the others, and is used in formal, public contexts such as education and administration. The other languages in a polyglossic situation (usually labelled the 'L' or 'low' varieties) tend to be used in informal, private contexts (and also in popular culture). England was a triglossic society, with English as the 'L' variety, and French and Latin as 'H' varieties. As French died out, England became diglossic in English and Latin (which was maintained as the language of education and the Church).
最後に英語史における triglossia と diglossia (そして polyglossia)が言及されているのは,さすが「英語学」用語辞典である.英語史における polyglossia を論じる際には,このように中英語期の言語事情が持ち出されることが多いが,この場合に1つ注意が必要である.
このような議論では,中英語期のイングランドが triglossia の社会としてとらえられることが多いが,英語,フランス語,ラテン語の3言語のすべてを扱えるのは,ピラミッドの最上層を構成する一部の宗教的・知的エリートのみである.英語とフランス語の2言語の使い手となれば,もう少しピラミッドの下方まで下がるが,とうていピラミッドの全体には及ばない.つまり,中英語期イングランド社会の3層構造のピラミッドを指して,ゆるく triglossia や diglossia ということができたとしても,イングランド社会の構成員の全員(あるいは大多数)が,複数言語を操るわけではないということだ.むしろ,英語のみを操るモノリンガルが圧倒的多数を占めるということは銘記しておいてよい.
ここで思い出したいのは,典型的な diglossia 社会の状況である.それによると,とりわけ H 変種の習得の程度については程度の差はあるとはいえ,当該社会の全員(あるいは大多数)が L と H のいずれの言語変種をも話せるというが前提だった.スイス・ドイツ語と標準ドイツ語,口語アラビア語と古典アラビア語,ハイチクレオール語とフランス語等々の例が挙げられてきた.
この典型的な diglossia 社会に照らすと,中英語期イングランドは本当に diglossia/triglossia と呼んでよいのだろうかという疑問が湧く.緩い用語使いは,diglossia という概念の活用の益となるのか害となるのか,この辺りが私の問題意識である.
・ Pearce, Michael. The Routledge Dictionary of English Language Studies. Abingdon: Routledge, 2007.
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最終更新時間: 2024-12-16 08:44
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