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昨日の記事「#3894. 「英語復権にプラス・マイナスに貢献した要因」の議論がおもしろかった」 ([2019-12-25-1]) で,(英語の)歴史の理解を深めるのに「歴史の if」を議論することが有益であると指摘した.
従来,歴史学では「歴史の if」は禁物とされてきた.実際に起こったことを根拠として記述するというのが歴史学の大前提であり,妄想は控えなければならないというのが原則だからだ.「もしあのとき○○だったら今頃××になっていたかもしれない」などという「未練学派」 ('might-have-been' school of thought) に居場所はないという態度だ.
しかし,歴史学からも「歴史の if」の重要性を指摘する声が上がってきている.2018年に『「もしもあの時」の社会学』を著わした赤上 (27) は,序章「歴史に if は禁物と言われるけれど」のなかで,次のように述べている.
しばしば「歴史の if」は歴史の原因を探求する時に用いられる.歴史上の出来事は一度しか起こらないので,反実仮想は因果関係の推定を可能にしてくれる有効な方法なのだ.カーが『歴史とは何か』で指摘したように,「歴史の研究は原因の研究」であるならば,歴史家も無意識のうちに反実仮想の思考を行なっていることになる.たとえば,「Aが原因でBが起きた」と考える場合,それは「もしAが起こらなかったら,Bは起こらなかったであろう(あるいは,違った形で起こったであろう)」ということを意味する.そこでは「もしAが起こらなかったら,Bは起こったであろう」とか「Aが起こったのに,Bは起こらなかった」という状態は否定される.
厳密に言えば,原因の判定とは「必要原因(必要条件)」を明らかにし,その重要度を決めることだ.「必要原因」とは,それがなかったならば,ある特定の結果が起こりえなかった原因のことを指す.ある一つの原因に関し,ありえたかもしれない複数の結果と,実際に起こった結果を比べたときに,違いが大きければ大きいほど,その原因の重要度は高いと言える.このようにして,複数の原因を俎上に載せて検討することで,どれが「必要原因」かを特定できると考えられる.
さらに次のようにも主張している.
「歴史の if」というと,「クレオパトラの鼻」のような,風が吹けば桶屋が儲かる式の発想を思い浮かべる人が多いかもしれないが,それは誤解である.〔中略〕実際に起こった出来事の原因や因果関係を明らかにする作業は重要だが,それが全てではない.「歴史の if」に着目することは,当時の人々が想像した「未来」 (= imagined futures) にわれわれの関心を導くという点で重要なのだ.本書では,反実仮想の定義を,一般的に用いられているよりも少し広く捉え,歴史の当事者たちが思い描いた未来像,すなわち「歴史のなかの未来」を検討対象に加えることを提唱したい.こうした視点こそ,二〇世紀末から二一世紀にかけて登場してきた反実仮想研究が取り組もうとしている新機軸なのだ. (32--33)
史実以外にもありえた可能性に思いを巡らせる反実仮想は,想像力を触発して,歴史のなかの「敗者」を救済する唯一の方法である.歴史上には,偶然の要素によって結果が大きく左右された出来事,つまり,もう一度歴史をやり直すことができたとしたら結果が入れ替わってしまうような出来事も少なくない.当時の人々の期待や不安,満たされなかった願望,実現しなかった数々の計画なども,それらが後世に引き継がれていない場合は,歴史のなかの「敗者」と言えるだろう. (50)
「歴史の if」は,過去の出来事をアクチュアル化してとらえることを促してくれる.もっと重視してもよい視点だと思う.
・ 赤上 裕幸 『「もしもあの時」の社会学』 筑摩書房〈ちくま選書〉,2018年.
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最終更新時間: 2024-10-26 09:48
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