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アングロサクソン人とヴァイキングとの戦いが勢いを増した9世紀末,アルフレッド大王はよく防戦したものの,イングランド北東部をヴァイキングに明け渡すことになった.その領土は Danelaw と呼ばれ,以降数世紀にわたって両民族および両言語(古英語と古ノルド語)が共存し,混合する場となった(関連する地図として「#818. イングランドに残る古ノルド語地名」 ([2011-07-24-1]) や「#1937. 連結形 -son による父称は古ノルド語由来」 ([2014-08-16-1]) を参照).
しかし,数世紀後の中英語の北部・東部方言を観察してみると,両言語の共存と混合の結果は明らかに英語の保存であり,古ノルド語による英語の置換ではなかった.確かに古ノルド語の影響はここかしこに見られるが (cf. 「#1253. 古ノルド語の影響があり得る言語項目」 ([2012-10-01-1])) ,結果としての言語は「変化した英語」であり「変化した古ノルド語」ではなかったのである.
なぜ逆の方向の言語交替 (language_shift) が起こらなかったのだろうか.単純に Danelaw における民族構成の人口統計的な問題に帰すことができるのだろうか.あるいは,他の社会的な要因に帰すべきだろうか.決定的な答えを与えることは難しいが,1つ考慮に入れるべき重要な要素がある.Gooden (38--39) より,関連する文章を引こう.
In the long run, . . . it was the Old Norse speakers who ceded to the English language. There was still a large proportion of native speakers in Danelaw, and within a few years of King Alfred's death in 899 his son Edward had begun a campaign to restore English rule over the whole country. For most of the tenth century under leaders such as Athelstan --- the first ruler who could justifiably be referred to as the king of all of England --- the Vikings were defeated or kept at bay. Additionally, the fact that Old Norse was an oral rather than written culture would have weakened its chances in the 'battle' with English.
引用の最後の部分からわかるように,アングロサクソン人の間に定着していた文字文化の重み,もう少し仰々しくいえば独自の文学伝統の存在が,古ノルド語に対して英語を勝ち残らせた要因の1つである,という主張だ.この見解は,正鵠を射ていると思う.考えてみれば,それほど時間の隔たっていない11世紀半ばのノルマン征服 (norman_conquest) においても,英語はノルマン・フレンチ (norman_french) に置き換えられることがなかった.ここでも人口統計や種々の社会的な要因を考慮に入れなければならないことは言うまでもないが,「#1461. William's writ」 ([2013-04-27-1]) で指摘したように,征服者側にも「すでに長い書き言葉の伝統をもった言語への一種のリスペクト」があったのではないか.文明の何たるかをかりそめにも知っている者たちは,確固たる書き言葉の伝統を有する民族と言語には一目を置かざるを得ないように思われる.
・ Gooden, Philip. The Story of English: How the English Language Conquered the World. London: Quercus, 2009.
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最終更新時間: 2024-10-26 09:48
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