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日本語や英語などについて言語学的な話をしているときに,「日本人は?」「イギリス人は?」「アメリカ人は?」という言い方がなされることがある.厳密には「日本語母語話者は?」「イギリス(変種の)英語母語話者は?」「アメリカ(変種の)英語母語話者は?」というべきところだが,長ったらしいのでそのように簡便に言うのである.しかし,以上のことを了解していたとしても,私はそのようなショートカットはできるだけ用いるべきではないと考えている.
その理由は,「日本人は?」の類いは,その個人の国籍(あるいはさらに緩く民族)を問題にしている言い方であって,話す言語,とりわけ母語を問題としているものではないからだ.移民のように,国籍は日本人であっても母語が日本語以外であるという人はいるし,逆に母語は日本語でも国籍は日本にない人もいる.言語の話をする限り,「日本人」ではなく「日本語(母語)話者」という(残念ながら長ったらしい)表現を使うのが厳密だろう.ましてや,「英語母語話者」というべきところを「アメリカ人」で代表させるようなカジュアルな言い方は,何重もの誤解を含んでいる(あるいは誤解を招く)表現であり,避けたいと思っている.民族,国籍,言語は当然ながら互いに関連することも多く,社会言語学はまさにその関係を究明しようとしているのだが,一方で原則としてそれらを別々のパラメータとしてみることが社会言語学では常識となっている.この点で,私は小松 (14) の見解に賛成する.
日本語話者……○日本語を日常的に使う環境で育ち,日本語を自然に身につけた人たち,すなわち,日本語のネイティヴスピーカー(生得話者,native speakers)をさす.○日本語話者の大多数は日本国籍であるが,日本に定住している外国籍の人たちにも日本語話者はたくさんいる.○このような文章は,「日本人なら?」というように書き始めるのが常識になっているが,言語に関して日本人という排他的用語を使用すべきではない.○それと同じ理由で,母国語という用語も好ましくない.国籍にかかわらず,日本語話者にとって日本語は母語(native language,mother tongue)である.英語を母語とする人たちはイギリス人だけではないし,カナダ人やスイス人に母国語はない.このような用語に最新の注意を払うことが,グローバルに日本語を位置づけて考えるための第一歩である.
関連するもう1つの問題として,厳密にいえば「?語母語話者」という長いほうの言い方ですら,注意を要することに触れておく.この件については,「#1537. 「母語」にまつわる3つの問題」 ([2013-07-12-1]) を参照されたい.
上記から明らかなように,言語,及びそれを話す個人・集団を論じる言語学という分野にとっては致命的なことに,使いやすい適当な日本語表現がないのである.「日本語母語話者」や「英語母語話者」はあまりに長ったらしい言い方なので,私自身繰り返して発するのに辟易することもあり,なんとか便利な用語を作り出そうと思案してみるのだが,「日本語者」や「日本語人」は馴染まないし,英語で "L1 Japanese Speakers" というのも,むしろなおさら長い.「#1539. ethnie」 ([2013-07-14-1]) で示唆したように,「日本語エスニー」などと呼んでみるのは一案かもしれないと思っているが,モーラ数では特に短くなっていない.難しい.
・ 小松 秀雄 『日本語の歴史 青信号はなぜアオなのか』 笠間書院,2001年.
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最終更新時間: 2024-10-26 09:48
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