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hellog〜英語史ブログ / 2014-08-14

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2014-08-14 Thu

#1935. accommodation theory [accommodation_theory][audience_design][sociolinguistics][variation][style]

 昨日の記事で取り上げた「#1934. audience design」 ([2014-08-13-1]) は,accommodation_theory と呼ばれるより一般的な理論から派生した仮説である.accommodation_theory についてはこれまでにもいくつかの記事で言及してきたが,今回は改めて考えてみたい.まずは,Trudgill (3) の用語辞典より説明を引用する.

accommodation The process whereby participants in a conversation adjust their accent, dialect or other language characteristics according to the language of the other participant(s). Accommodation theory, as developed by the British social psychologist of language, Howard Giles, stresses that accommodation can take one of two major forms: convergence, when speakers modify their accent or dialect, etc. to make them resemble more closely those of the people they are speaking to; and, less usually, divergence, when, in order to signal social distance or disapproval, speakers make their language more unlike that of their interlocutors. Accommodation normally takes place during face-to-face interaction.


 一言でいえば,話し手が聞き手を意識して話し方を選ぶという理論である.とりわけ,話し方を聞き手に合わせるか,逆に聞き手とは異なる方向へシフトするかを選ぶ理論といってもよい.(昨日取り上げた audience design は,聞き手 (audience) を,狭義の聞き手,傍聴人,偶然聞く人,盗み聞く人へと細分化し,それらを序列化した関連仮説である.)
 Wales の Cardiff の旅行代理店での事例が有名である.代理店社員が,小学校の先生,秘書,掃除夫など様々な社会階層の客と,旅の手配について電話で話している.N. Coupland がこの会話を録音して分析したところ,代理店社員は客の話し方に合わせて話す傾向があることを発見した.具体的には,母音間の /t/ が [t] と実現されるか有声化した [d] と実現されるかの違いとして現われた.Cardiff では母音間の /t/ は,社会階級の高くない人々では有声化した [d] で実現されることが多い.代理店社員は中流階級に属し,通常約25%の割合で [d] と発音していたが,[d] の比率が約75%の客と話すときには,その割合が約70%に達した.逆に,[d] の比率が約10%の客と話すときには,その割合が約10%に下がったという.代理店社員の [t] か [d] かの選択は,聞き手に合わせて行なわれていたのである.この事例は発音についての accommodation を示すものだが,単語,内容,ポーズ,話す速度,話の長さ,文法,非言語行動を含めた多くの項目についても同様の accommodation が生じると考えられる.
 accommodation にはいくつかの種類が区別される.上記の例でも,客に合わせて威信の高い [t] の方向へ合わせる "upward convergence" もあれば,客に合わせて威信の低い [d] の方向へ合わせる "downward convergence" もあった.前者の他の例としては,子供が友達の親と話すときに丁寧で標準的な言葉遣いになるケースが挙げられる.後者の他の例としては,子供に対して話しかけるときに子供言葉へ切り替えるケースや,日本語母語話者が非母語話者に対して不自然に易しい日本語で話しかけるときの "foreigner talk" が挙げられる.
 以上は,方向性の違いはあれ,いずれも相手に話し方を合わせる convergence の例だが,逆に相手と話し方を違える divergence の例もある.同一視されたくない相手,距離をおきたい相手と話すときには,話し方もできるだけ違えようとすることがある.よく知られている例は,ウェールズ語話者に対する実験である.最初,RP を話す面接官に対し,ウェールズ語話者は面接官の RP に近づけた威信のある発音で話していた.ところが,面接官がウェールズ語に対して侮蔑的な発言をするや,そのウェールズ語話者は,RP から離れた発音で英語を話し出した.これは,面接官に対する被験者の不信や嫌悪,距離を置きたいという心理が反映された負の accommodation の事例である.また,divergence は,流ちょうな2言語使用者が,援助を得るためなど何らかの利益のために,状況によって片方の言語があまり上手に話せないかのように振る舞うときにも見られる.話者は,相手の話し方に合わせるだけではなく,そこから逸脱することによって,何らかの社会的行動をなしているのだ.
 話し言葉のみならず書き言葉でも accommodation は観察される.例えば,敬語体系のない英語から敬語体系のある日本語への翻訳において,敬語表現が追加されたりされなかったりするのは,訳者の日本語読者への accommodation を反映している.
 accommodation は一種の戦略であるから,狙いが失敗することもある.話し方を相手に合わせる convergence を狙っても,相手にそれが伝わらなかったり,逆に divergence と受け取られることすらあり得る.例えば,イギリスのある町で,インド人移民が白人社会に受け入れられたいがために白人の英語変種に似せた発音で話したところ,それは白人にとって威信のない変種だったので,むしろ煙たがられたという.話し手による主観的 accommodation と聞き手による客観的 accommodation とが食い違ってしまったケースである.
 以上,東 (110--21) を参照して執筆した.

 ・ Trudgill, Peter. A Glossary of Sociolinguistics. Oxford: Oxford University Press, 2003.
 ・ 東 照二 『社会言語学入門 改訂版』,研究社,2009年.

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