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[2010-11-06-1]の記事で romance という語の語源と romance という文学ジャンルの発生との関係を見た.ジャンルとしての romance は12世紀後半のフランスに始まり,英文学では13世紀終わりになってようやく現われた.フランスでもイギリスでも romans あるいは romaunce は,ジャンルとして成長するにつれ,多義的になっていった.逆にいえば語義の発展の仕方を見ることで,ジャンルとしてどのように発展していったかも分かるということである.
まずフランスではどのように捉えられたか.[2010-11-06-1]の記事で見たとおり,romans は文字通りには「ロマンス語」を原義とした.具体的にはラテン語に対する土着語 ( vernacular language ) としての古フランス語 ( Old French ) を指す.フランスの書き手たちは,Statius の Thebaid, Virgil の Aeneid, Benoît de Sainte-Maure のトロイ陥落,Wace のブリテン史など,主にラテン語で伝えられた古代の物語 ( romans d'antiquité ) を,ラテン語を解さない人々にも理解できるように romans (土着のフランス語)で書き直した.ここから,romans は「フランス語で書かれた物語」を意味するようになった.この初期の romans の書き手たちは,後にジャンルとしてのロマンスと結びつけられる種々の特徴を特に意図していたわけではなかったが,情事,登場人物の心理,奇妙で不思議な出来事といった主題に光を当てる独創性を示していたのは確かである.romans の語義がある特徴をもった物語の主題を指すようになるのは12世紀の終わり,ロマンスのジャンルを明確に切り開いた Chrétien de Troyes 辺りからと考えられる.口承法と詩形の観点からも,歌われる chançon ではなく語られる物語として,武勲詩の節 laisse ではなく8音節詩行 ( octosyllabic ) として,romans は独自性を帯びてくるようになる.こうして,フランス語の romans は,「フランス語」,「フランス語で書かれた物語」,「内容的にある特徴をもった物語」,「形式的にある特徴をもった物語」へと意味を発展させ,文学ジャンルを表わす一般呼称として徐々に定着していった.
意味変化の用語で整理すると,「言語」から「その言語で書かれたもの」への換喩 ( metonymy ) と,「その言語で書かれたもの」から「内容的にある特徴をもった物語」への意味の特殊化 ( specialisation ) が生じていることになる.
次に,イギリスにおける romaunce の語義の発展はどうだったろうか.フランスの romans 作品は,Anglo-Norman という媒体を通じて早くからイギリスにもたらされていたが,英語という媒体に乗せられるのは13世紀も終わり頃のことである.ほぼすべてがフランス語からの翻訳であったので,英語 romaunce は当初は「フランス語で書かれた物語」を広く指す意味として出発した.しかし,時間をおかずに,媒体言語ではなく主題に注目する新たな語義も派生した.媒体言語が英語であっても,ある人物に焦点を当てた物語は広く romaunce と呼ばれるようになった.ある人物の人生が描かれる際に,しばしば幻想的な脚色や色事が付加されたが,説教文学はその点を取り上げて romaunce を世俗的なものとして非難した.興味深いことに,説教文学が自らを romaunce と対立させたその観点こそが romaunce という文学を後に特徴づけることになったのである.中世(そして現代)におけるロマンス文学の世俗的な人気を考えると,皮肉なことである.こうして,英語の romaunce は「フランス語で書かれた物語」,「ある人物に焦点を当てた物語」,「内容的にある特徴をもった物語」へと語義を発展させていった.ここでも,意味の特殊化 ( specialisation ) が生じている.
・ Strohm, Paul. "The Origin and Meaning of Middle English Romaunce." Genre 10.1 (1977): 1--28.
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最終更新時間: 2024-09-24 08:28
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