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日本語の「死語」は,英語でいう "dead language" と "obsolete word" の2つの語義を兼ねる.『明鏡国語辞典』によると,
(1) 昔は使われていたが,現在では使用されていない言語.古代ギリシア語・ヒッタイト語など.
(2) 昔は使われていたが,現在,一般には使用されなくなった語.廃語.
以下,この記事では (1) を「死語」,(2) を「廃語」と呼び分けることにする.死語については,このブログでも language_death の各記事で取り上げてきた.ある言語が死滅するという場合には,生物種の絶滅と同様に,センチメンタルな感情が伴うものである(と信じたい).言語にはその話者共同体の思想,文化,歴史が詰まっており,言語が消滅するということは(記録が残されていない限り)その知的遺産が永遠に失われるということである.言語の死は人類にとっての損失である.
一方,廃語についてはブログで明示的に話題にしたことはあまりなかった.言語の死に比べれば,単語レベルの消滅は通常センチメンタルな現象とはとらえられないだろう.言語そのものが消滅するわけではなく,小さな断片が失われるだけなので,至極当然かもしれない.しかし,単語にも言語共同体の思想,文化,歴史が凝縮されているのであり,その消滅は,取り戻すことの難しい知的遺産の消滅であると考えることができる.話題性の大小はあるものの,豊かな言語的感受性をもってすれば,死語も廃語も質的には同等の損失なのかもしれない.
このように思ったのは,豊かな言語的感受性を示すポール・バケの文章に出会ったからである.バケは,語の消失や語義の変化について次のように評している.
しかし消失の過程の期間がどうであれ,語の死滅は決定的と言わぬまでも現実のものであり,その死なるものが人間や文明に訪れるときと同じように,ここでも人の心を打つのである.この死とともに,ある世界全体が,あるいは文化的,感情的,概念的存在の一断片が姿を消していくのである.たとえある別の1語あるいは数語が遺棄された土地を引き受け,失われた語の意味領域を取戻すことがあるにせよ.たとえ意義の上から実際には何も失われていないにせよ,文脈はもはや同一ではなく,意味の移行がなされるのは数年のうちのことでしかない.それ故,すべてが変貌し,そして人々が変わり,世代もまた代わって,語の意味は,このしばしば無意識であるとはいえ,たゆみなき進化の影響を受けるのである.(16--17)
語の消失や語義の変化にいちいち感傷的になっていては言語生活を営むことすらおぼつかないと言ってしまえばそうなのだが,語の研究に関する限りこのような感受性は必要なのだろうなと思う.
さて,「廃」を表わす英語の obsolete は,ラテン語 obsolescere の過去分詞 obsolētus に由来し,16世紀に英語に借用された.ob- 「完全に」+ sol(ere) 「慣れる」 + ēscere 「?し始める」と形態分析され,その過去分詞形は全体として "grown out, worn out, fallen into disuse" ほどの意となる.OED では,廃語の見出しには短剣符 ( dagger or obelisk ) と呼ばれる「†」の標識がつけられる.短剣符は十字架の立った墓の象形に由来すると思われ,慣習的に没年を表わすのに用いられるので,廃語を標示するのにもふさわしいということだろうか.
余談だが,近年の日本語の死語(=廃語)を収集したサイト死語's HomePageを発見した.その「ナウな死語辞典」に収録されている語句の数々に共感を覚えた.あったなあ,あんな言葉,こんな言葉.
・ ポール・バケ 著,森本 英夫・大泉 昭夫 訳 『英語の語彙』 白水社〈文庫クセジュ〉,1976年.
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最終更新時間: 2024-11-26 08:10
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