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新渡戸稲造 (1862--1933) と聞いて,何を思い浮かべるだろうか.身近なところでは5千円札の顔だったし,札幌農学校でクラーク博士に学んだ秀才としても記憶されているし,「太平洋の橋」でもあり,さらには『武士道』の著者でもある.個人的には,かつて非常勤講師として東京女子大学で教えたこともあるので親しみが湧くが,新渡戸は同大学の初代学長でもあった.
英語との関連では,斎藤兆史(著)『英語達人列伝 ー あっぱれ,日本人の英語』の巻頭を飾る英語達人の1人として知られている.新渡戸は上述の著書『武士道』で知られるが,もともと彼が書いたのは英語の Bushido, the Soul of Japan であり,日本語の『武士道』ではない点に注意する必要がある.Bushido は達意の英文である.
新渡戸は,このように日本英学史に大きな足跡を残しているが (cf. 「#4587. 「日本英語受容史略年表」」 ([2021-11-17-1])),国際連盟事務次長を務めていた晩年には国際語の問題に強い関心を寄せるようになった.実際,彼は「#962. Esperanto」 ([2011-12-15-1]) でも触れたようにエスペランティストもあったし,Basic English の支持者でもあった.斎藤 (24--25) より引用する.
国際連盟事務局次長を務めるころから新渡戸は世界語の必要性を痛感するようになる.晩年は英国の言語学者C・K・オグデンとI・A・リチャーズが英語学習者用に開発した「基本英語(ベーシック・イングリッシュ)」に関心を寄せていたようだ(『編集余録』五三八).
たしかに,通常二万語を要する日常の言語活動を八五〇の英単語で済ませるためのこの独創的なシステムは,新時代の公用語になるであろうとの触れ込みで発表されたから,彼がそれに世界語としての機能を期待したのも無理はない.だが,効率を重視した言語体系に期待を寄せること自体,英語教育に対して割り切った考え方をせざるをえない時期が来たことを物語っている.それは日本が軍国主義の支配体制へとまっしぐらに突き進んでいた時代,そして英学が衰亡の一途を辿る時代であった.
英語達人である新渡戸は,自らのような英語達人の後輩を日本で量産することは不可能だと悟っていたに違いない.そこで異なる路線を取ることにし,エスペラントや Basic English を志向したものと思われる.しかし,それとても適わなかった.方向性は違えど,いずれの目標も振り返ってみれば理想主義的であることは一致していた.これは新渡戸の性格だったというほかないように思われる.
Basic English については「#959. 理想的な国際人工言語が備えるべき条件」 ([2011-12-12-1]),「#960. Basic English」 ([2011-12-13-1]) も参照されたい.
・ 斎藤 兆史 『英語達人列伝 ー あっぱれ,日本人の英語』12版,中公新書,2017年.
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最終更新時間: 2024-12-16 08:44
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