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「#4917. 2500年に及ぶ「学習英文法」の水脈 --- 斎藤浩一(著)『日本の「英文法」ができるまで』より」 ([2022-10-13-1]) やその他の記事で紹介してきた同著は,日本において発達してきた「学習英文法」および「英語教育」の淵源と歴史的・現代的意義について詳しく論じている.同著によると,それは,古くは古代ギリシア語文法にルーツをもち,中世から近代にかけてラテン語や英語の文法というフィルターを経ながら,幕末維新期の日本に持ち込まれて従来の蘭学の滋養を受け継ぐ形で「英学」に高められた後,「英語教授」そして「英語教育」へと変容してきた一連の流れのなかに位置づけられるべき,日本独自の開発になる国防上の武器だったという.
「おわりに --- 中間的メタ言語となった「学習英文法」」と題する終章から,上記の著者の主張の要約を読んでみたい (198--99) .
本書では英文法という小さな窓から,「英学」,「英語教授」,そして「英語教育」が成立するまでの歴史を眺めてみたが,そこから見えてきたものは,国民国家形成期の日本語・「国語」圏による,外来物への強力な同化力,およびそれに伴う異種同士のぶつかりあいのなかから生まれた創造力である.これは日本が英米に学びつつも,それによる植民地化を防ぎ,彼らを乗り越えていくことを目指す,当時の英語関係者たちのアンビヴァレントな志に裏づけられたものであった.
現代のわれわれが学ぶ「学習英文法」は,もとはといえば外来物であった.象徴的な言葉でいえば,それは 'English grammar' として輸入されてきた.しかし,これはそのままのかたちで受容されずに「作り変え」られ,最終的に日本語・「国語」圏のなかにとり込まれた.このとき,'English grammar' は,新しく創造された「英文法」となった.
'English' と「国語」のあいだに存在し,両者を相対化できるメタ言語として位置づけられた「英文法」は,単にスキル面において役立てられただけではなかった.それは,'English' が日本国内にダイレクトに流入することを防ぎ,かつ「国語」圏に生きる人間たちの思考訓練や,「国語」(あるいは言語一般)への省察をもたらすための手段となった.もともと英米の所有物であった英文法が,今度は英米を制し,日本の独立と文化的発展をもたらすための武器として活用されたわけである.
……〔中略〕……
「英語教育」は,英語をダイレクトに,模倣的に受容することが国防上危険であり,また文化的にも不毛であることを見抜いていた.外来物をコピーするのではなく,そこから新しいものを生み出し,乗り越えていくためには,それに刺激をもたらす異質物が必要である.本書が扱った「幕末・明治」という時代においては,それが日本という国民国家であったわけである.
日本にとって,英米の手になる "English (grammar)" を直接受け入れるのは意に沿わない同化の危険がある.そこで日本独自の「英文法」に作りかえて間接的に受け入れることにしたというわけだ.いわば緩衝地帯を設けるようにして,距離を保ちながら英語に接することに決めたということだ.このワンクッションによって,日本人の英語へのアクセスは一歩遠くなり,結果的にその分英語習得も難しくなるだろう.しかし,これは国防上ぜひとも必要な防波堤だった.
しばしば日本人は英語が下手と言われるし,それを自認している節もある.このことの意味を改めて考えてみたい.
・ 斎藤 浩一 『日本の「英文法」ができるまで』 研究社,2022年.
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最終更新時間: 2024-10-26 09:48
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