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先日,ポルトガル(語)周辺の歴史についてあまりよく知らないままに「#2371. ポルトガル史年表」 ([2015-10-24-1]) や「#2372. ポルトガル語諸国共同体」 ([2015-10-25-1]) の記事を書いた.その後,関連する市之瀬敦(著)『ポルトガルの世界――海洋帝国の夢のゆくえ』を読んで視野が広がったので,今回は,ポルトガル語の世界的な拡がりについて,特に Lusofonia (ルゾフォニア) について,市之瀬を参照しつつ補足的に書き加えたい.
(1) ポルトガル語諸国共同体 (CPLP) は,言語と文化を強調する点で,イギリス主導の The Commonwealth of Nations よりもフランス主導の La Francophonie に近い (cf. 「#1676. The Commonwealth of Nations」 ([2013-11-28-1]), 「#2192. La Francophonie (1)」 ([2015-04-28-1]),「#2193. La Francophonie (2)」 ([2015-04-29-1])) .しかし,言語や文化を軸とする国際機構の実効性については,懐疑的な見方もある.市之瀬 (113) は,次のような冷めた見解を紹介している.
経済関係をポルトガル語によって発展させるという考えに対し,アンゴラ人作家ペペテラは「最高の取り引きとはしょせん英語で行われるものであり,言語には重要性はない」と,ポルトガルの新聞「エスプレソ」のインタビューに答え,そう述べている.同じ言葉を話しながら取り引きができるのは格別なことであるかのような論調がCPLP発足当時,一部のメディアで見られたが,貿易とは互いの損得に基づくもっと冷徹なものであるだろう.ポルトガルにとり重要な貿易相手国はEU諸国であり,ブラジルもポルトガルやポルトガル語圏アフリカ諸国との貿易に多くは依存していないのである.
(2) 「ルゾフォニア」という言葉は,サラザール時代に濫用されたため,その後やや忌避されてきたが,20世紀末になって再び蘇ってきた.その理由は「ルゾフォニア」が多義的で便利であるからだという.市之瀬 (127) は,少なくとも3つの語義を認めている.
まずは地理的な概念としてのルゾフォニア.ポルトガル語を母語あるいは公用語とする国々の集合体として理解しうる.それから,もっと感情的な絆に基づくルゾフォニア.共通の言語と文化と歴史を持つという認識が柱である.そして制度的な意味.ポルトガル語や文化を発展させるための組織全体に対する名称である.この多義性故に,ルゾフォニアという言葉はこの一〇年間ほどその使用頻度を拡大してきたが,それはブラジルとアフリカ諸国の政治情勢の変化と平行して進んできたのである.八〇年代後半ブラジルでは民政に移管し,アフリカ諸国にも民主化の流れが押し寄せた./したがって,ルゾフォニアは文化的な「クレオール論」以上の意味でも使われるのである.つまり,そこには政治的な背景もあるのだ.例えば,八〇年代を通じて,ポルトガルの政府要人がしきりに口にしたのは,ポルトガルはヨーロッパとアフリカの掛け橋になる,あるいはブラジルを介し,ポルトガルはヨーロッパとラテン・アメリカの掛け橋となる,という二つの外交的「掛け橋論」であった.植民地支配が崩壊し,世界の大国の集まりで補助席しか座らせてもらえなくなったポルトガルにとり,自らのレゾンデートルとなる新しいミッションが必要だった.そして,それは周縁国に相応しい役割,「掛け橋」になることだったのである.
(3) ポルトガル語圏の国・地域の各々は,言語地理学的に孤立している.市之瀬 (134) 曰く,
英語圏,フランス語圏,スペイン語圏という,世界に広がったヨーロッパ諸語が築く言語圏と比べ,ポルトガル語圏の特徴を一つ挙げるとすれば,ポルトガル語を公用語とする国はいずれも周辺にポルトガル語を使う国を持たないということである.ポルトガルはスペイン語とガリシア語に囲まれ,ブラジルはスペイン語に囲まれ,ポルトガル語圏アフリカ諸国は英語,フランス語あるいは海に囲まれる.ここから,ポルトガル語の防衛的性格が生まれる.そして,どの国に住む人々もポルトガル語にアイデンティティーの拠り所を求めるようになる.
(4) 市之瀬 (138) は,18世紀にフランス語が,19世紀に英語が世界語としての地位を築く前に,ポルトガル語が世界各地で用いられていた事実を取り上げて,ポルトガル語は世界最初の地球語候補だったと述べている.ポルトガル語は,人類史上初の地球規模の lingua_franca になりかけたのである.
(5) 1930年代,40年代に,ブラジルでは「ブラジル語」論争が国会レベルでなされた.ブラジルの公用語は,ブラジル語なのか,あるいはポルトガル語のブラジル方言なのか.結果として,保守派エリートによる後者の見解が通り,ブラジル語は幻と消えた(市之瀬,pp. 145--46) .この議論は,アメリカ語なのか,英語のアメリカ方言なのかという類似した議論を思い出さずにいられない (cf. 「#468. アメリカ語を作ろうとした Webster」 ([2010-08-08-1])) .
(6) ポルトガルは言語的に統合度が高いのは事実だが,この国の第2の公用語としてミランダ語 (Mirandese) が制定されている事実を見落としてはならない.この言語派,ポルトガルの北東部,スペイン領に食い込むかのような位置にある Miranda do Douro で12,000--15,000人によって話されている.市之瀬 (182) は次のようにミランダ語の独自性を解説している.
ミランダ語がそのオリジナリティーを主張するのは故なしというわけではない.アラブ人は七一一年イベリア半島に上陸,その後七年間でイベリア半島のほぼ全域を征服してしまったが,ミランダ・ド・ドロはアラブ人の勢力が及ばなかった数少ない地域の一つである.一三世紀,ミランダ地方にはスペイン側のレオン地方から移住が行われ,一種の飛び地のようになったのである.そこで話された(西)レオン語がミランダ語に発展したのであり,したがって,それはポルトガル語の方言でもなければ,スペイン語の方言でもなく,レオン語を介しラテン語に直接由来する言語である.ミランダ語はイベリア半島のロマンス諸語の誕生以来ずっとポルトガル領で話されてきた言語なのである.
・ 市之瀬 敦 『ポルトガルの世界――海洋帝国の夢のゆくえ』 社会評論社,2000年.
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最終更新時間: 2024-10-26 09:48
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