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昨日の記事「#1910. 休止」 ([2014-07-20-1]) で触れたので,修辞学のトポスの1つとしての黙説(断絶法,頓絶法,話中頓絶,黙過;reticence, aposiopesis, silence)についれ触れておきたい.昨日は,発話における無音区間を言語学的機能という観点から取り上げたが,今日はそれを修辞的技法という観点から眺めたい.
黙説とは,語らぬことによって語る言葉のあやだが,最初から語らないのでは話しにならない.語っている途中で突然黙ることに意味がある.続きが期待されるところで実際には続かないことにより,聞き手はサスペンス状態におかれる.聞き手は,続きを自らの力で補う立場に立たされる.いわば,いままで話し手の調子に合わせて気持ちよく波に乗っていたのに,予期せぬタイミングでバトンを渡されたという感じである.余韻や余情を感じさせられる程度で済むならばよいが,穴を埋めなければならない責任感を感じるほどにサスペンス状態に追い込まれたとすれば,聞き手はその後で主体的なメッセージ解読作業に参与していかざるをえない.こうなれば話し手にとっては,してやったりで,語らぬことにより実際に語る以上の効果を示すことができたというものである.
以上の黙説の解説は,佐藤 (41) の秀逸な論考を拝借したものにすぎない.
すぐれた《黙説》表現は,表現の量を減少させることによって,意味の産出という仕事を半分読者に分担させる.受動的であった想像力に能動的な活動をもとめる.聞き手が謎解きに参加することによってはじめてことばの意味は活性化する……という原理は,なにも黙説のばあいだけのことではなく,そもそも言語による表現が成立するための根源的な条件であるが,レトリックの《黙説》はその原理を極端なかたちで表現しようとする冒険にほかならない.
私たちはとかく,メッセージとは相手から受けとるものだと考えがちである.が,《黙説》は――すぐれた黙説は――,メッセージをその真の正体である「問いかけ」に変えるのだ.疑問文ばかりが問いかけなのではない.すべてのメッセージが問いかけなのである.
黙説を含むレトリック技法の本領は,Grice の「#1122. 協調の原理」 ([2012-05-23-1]) (cooperative principle) に意図的に反することにより,会話の参与者にショックを与えることである.話し手は,聞き手の期待を裏切ることによって,聞き手を,それまで常識として疑うことのなかった会話の原理・原則にまで立ち返らせるのだ.佐藤が「すべてのメッセージが問いかけなのである」と述べているとおり,発せられるすべての文の先頭には,言外に "I ask you to understand what I am going to say: " や "Tell me what you have to say to what I am going to say: " が省略されていると考えることができる.語用論では,このような前置きに相当する表現を IFID (Illocutionary Force Indicating Device) と呼んでいるが,効果的に用いられた黙説は,それだけで強力な IFID の機能を果たしているということになる.
休止や黙説は,すぐれて話し言葉的な現象と思われるかもしれないが,むしろ書き言葉にこそ巧みに応用されている.音声上はゼロにもかかわらず,書記上に反映されることがあるのだ.日本語の「……」しかり,英語の ". . . ." しかり.休止や黙説の担うコミュニケーション上の価値が無であるとすれば,表記する必要もないはずである.しかし,あえてそれが表記されるというのは,そこに談話上の意味がある証拠だろう.
・ 佐藤 信夫 『レトリック認識』 講談社,1992年.
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最終更新時間: 2024-11-26 08:10
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