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「#1905. 日本語における「女性語」」 ([2014-07-15-1]) について補足する.
日本語の性差を歴史的に考えるとき,まず思い浮かぶのは,男手(漢詩文)と女手(仮名文学)の文学伝統である.性差が,書き言葉というメディアにおける字種の対立として現われているのは興味深い.字種の違いは語彙にも反映され,その後の日本語史において,男性が漢語使用と,女性が和語使用と結びつけられる傾向を生み出した.
語彙に関して顕著な傾向は,先の記事でも触れたように,中世後期の女房詞の発達である.宮中の女性のあいだに,食物や生理現象などに対する婉曲語法として,「もじ」を添える文字詞や,接頭辞「お」を付す語形が発達した.前者は,髪を「かもじ」,鯉を「こもじ」,そなたを「そもじ」,鮒を「ふもじ」,杓子を「しゃもじ」,はずかしいを「はもじ」,ひだるい(空腹の)を「ひもじ」,お目にかかるを「お目文字」,湯具を「ゆもじ」という類いである.後者は,「おあし」「おいしい」「おいど」「おかか」「おかき」「おかず」「おから」「おぐし」「おこわ」「お湿り」「おじや」「おつくり」「おつむ」「おでん」「おなか」「おぬる」「おはぎ」「お歯黒」「お鉢」「お冷や」「おひろい」「おみおつけ」の類いである.これらが近世には公家の女性へ,さらに武家や町人の女性へと階級の階段を下りてゆき,現代の女性語として引き継がれている(加藤ほか, p. 207).苗村丈伯が元禄5年 (1692)に著した女性のための作法書 『女重宝記』によれば,「女のことばは,かた言まじりにやはらかなるこそよけれ,〔中略〕よろづの詞におともじとをつけてやはらかなるべし」(佐藤,p. 181)とあり,この頃から女性語が意識されていたことがわかる.
近世初期からは,別の系統の女性語として遊里語も発達し始めた.京都の島原から大阪新町を経て江戸吉原でも用いられ,吉原のものは江戸中期の宝暦明和に確立したともいわれる.「廓詞」「里なまり」「ありんす言葉」などとも呼ばれる.対称代名詞の「ぬし」「おまはん」,自称代名詞の「わちき」「わっち」,動詞の「ありんす」「おす」「ごぜいんす」,助動詞の「なます」など,特徴的な表現が用いられた(佐藤,p. 182) .撥音が多いので,「傾城は はねられるだけ はねるなり」という川柳が残っている.現在の「ござんす」「ざます」「ざんす」「おます」に痕跡を残している.
現代日本語で明確な男性語と女性語の区別を保っている言語項は,それほど多くない.「#1905. 日本語における「女性語」」 ([2014-07-15-1]) でもいくつか触れたが,それに補足しながら,性差の目立つ事項を列挙しよう(加藤ほか,pp. 208--09).
(1) 終助詞における「やるぞ」の「ぞ」や「出かけるぜ」の「ぜ」が男性用,「すてきだわ」の「わ」や「いいのよ」の「のよ」が女性用
(2) くだけた会話での「おれ」「ぼく」「おまえ」が男性用,「あたし」が女性用
(3) 男性は,感動詞の使用頻度が高く,種類も多い
(4) 男性は,あらたまった場面での漢語の使用頻度が高く,くだけた場面での俗語の使用頻度が高い
(5) 男性は,発話中で倒置構文が多い
(6) 女性は,問いかけで上昇調を用いることが多い
(7) 女性は,「お台所」「お勤め」といった美化語,「すてき」などの主観的な評価の形容詞の使用が多い
(8) 女性は,紋切り型の挨拶や相づちが多い
(9) 女性は,文末を言い切らない形で終わる例が多い
(10) 女性は,「わたし,くやしくてくやしくて」といった反復が多い
(11) 女性は,要求表現でぼかしや言いわけをまぜながら柔らかい形でもちかける
(12) 女性は,書き言葉において,形容詞,「とても」のような強意副詞,比喩表現,余韻をもたせる表現を多く用いる
(13) 男性は「行きますか」「来ますか」「居ますか」などと対者敬語を用いる場面で,女性は「いらっしゃる?」と素材敬語を用いることが多い
比較対照のために,現代英語の性差について,「#476. That's gorgeous!」 ([2010-08-16-1]) ,「#913. BNC による語彙の男女差の調査」 ([2011-10-27-1]) ,「#915. 会話における言語使用の男女差」 ([2011-10-29-1]) も参照されたい.
・ 加藤 彰彦,佐治 圭三,森田 良行 編 『日本語概説』 おうふう,1989年.
・ 佐藤 武義 編著 『概説 日本語の歴史』 朝倉書店,1995年.
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最終更新時間: 2024-10-26 09:48
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