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鈴木 (12--16) は,言語の記号にソシュールの言うような恣意性という特徴があるのはその通りだが,さらに記号間の対応関係それ自体に恣意性という特徴があるということを指摘しており,後者を構造的写像性 (structural iconicity) の欠如と表現している.具体的には,次のような事実を指す.「大」「小」という記号(語)において能記と所記の関係が恣意的であることはいうまでもないが,この2つの記号間の関係もまた恣意的である.なぜならば,大きいことを意味する「大」が小さいことを意味する「小」よりも,大きな声で発音されるわけでもないし,大きな文字で書かれるわけでもないからだ.「ネズミ」と「ゾウ」では,ネズミのほうが明らかに小さいのに,音としては1モーラ分より大きい(長い)し,文字としても1文字分より大きい(長い).この事実は,記号間の関係が現実世界にある指示対象の関係と対応していないこと,構造的写像性がないことを示している.
言語に構造的写像性がないということは,当たり前すぎてあえて指摘するのも馬鹿げているように思われるかもしれないが,これは非常に重要な言語の特徴である.数字の 1 と 10,000,000 には 1:10,000,000 もの大きな比があるのだが,言語化すれば「いち」と「いちおく」という 1:2 の比にすぎなくなる.言語に構造的写像性がないからこそこれほどの経済性を実現できるのであり,その効用は計り知れない.佐藤 (256--57) も同じ趣旨のことを述べている.
瞬間と光年というふたつの単語の外形の大きさは,いっこうにその内容の大きさの差を反映していないし,一瞬間を何ページにもわたって語る長い文章もあれば,宇宙の十億光年の距離を一行の文句で記述することもできる.それはあたりまえのはなしで,人間の言語がこれほど知性的になったのは,とりもなおさずその外形と中身のサイズの比例を断ち切ることに成功したからであった.それは人間の言語の本質的性格のひとつでもあった.
しかし,言語において構造的写像性が完全に欠如しているかといえば,そうではない.「#113. 言語は世界を写し出す --- iconicity」 ([2009-08-18-1]) やその他の iconicity の記事で示してきたように,言語記号は時に現実世界を(部分的に)反映することがある.例えば,接辞添加や reduplication により名詞の指示対象の複数性を示したり (ex. book -- books, 「山」 -- 「山々」),程度を強調するのに語を繰り返したり,延ばしたりすること (ex. very very very happy, 「ちょーーー幸せ」) は普通にみられる.
実際,言語は,自らの本質的な特徴である構造的写像性の欠如に対して謀反を起こすことがある.あたかも,言語があまりに知性的で文明的になってしまったことに嫌気がさしたかのように.
しかし,ときどき,文明人ではなくなりたいと,ふと思うこともないわけではない.子どもが,《こんなにたくさん……》という意味内容をあらわすために思いきり両手をひろげる,また,いい年をした男が,釣りそこなった魚のくやしい大きさを両手であらわすのを見るとき,私たちは,文明言語があまりにも抽象的になってしまったことを思い出す.そして,内容量をその体格そのものであらわしてしまうような言語を,奇妙なノスタルジーをもって思うことがある.(佐藤,p. 257)
だが,言語には,この謀反の欲求を満足させるための方策すら用意されているのだ.レトリックでいう列叙法 (accumulation) がそれである.これについては明日の記事で.
・ 鈴木 孝夫 『教養としての言語学』 岩波書店,1996年.
・ 佐藤 信夫 『レトリック感覚』 講談社,1992年.
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最終更新時間: 2024-10-26 09:48
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