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hellog〜英語史ブログ / 2011-06-11

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2011-06-11 Sat

#775. 大母音推移は,発音と綴字の乖離の最大の元凶か [gvs][spelling_pronunciation_gap]

 現代英語の発音と綴字の対応関係が理想的な1対1から大きく逸脱している事実については,spelling_pronunciation_gap の諸記事で話題にしてきた.この状況の歴史的な背景については[2009-06-28-2]の記事「なぜ綴りと発音は乖離してゆくのか」で述べたが,とりわけ大母音推移 ( Great Vowel Shift; see [2009-11-18-1] ) が綴字と発音の不一致をもたらした最大の元凶であと,多くの英語史概説書で主張されている.
 しかし,この主張の真の意味を理解するには,もう少し深く少し考えなければならない.というのは,例えば name の発音が /nɑːm/ から /neɪm/ ( GVS の直接の出力は /nɛːm/ )へ変化したということ自体が発音と綴字の乖離を生み出したとは考えられないからだ.[2009-11-19-1], [2009-11-20-1], [2011-05-13-1]の記事などで見たように GVS には例外はあるものの,原則として強勢のある長母音に対して一律に働いた.であるとすれば,発音と綴字の関係の変化も一律だったはずである.<a> は /ɑː/ への対応を失ったが,新しく /eɪ/ への対応を得たわけであり,この得失は一貫していた.<a> = /eɪ/ の新しい関係が一貫して守られている以上,特に不一致はないとも議論できる.GVS を発音と綴字の乖離をもたらした最大の元凶とみなしてよいのだろうか.
 だが,責任の程度が最大かどうかは別として,相当の責任があると考える理由はある.第一に,GVS は長母音のみに作用したという点を思い起こす必要がある.短母音を表わす <a> の綴字は /a/ (後には /æ/ )の音に対応したままだった.英語の書記体系は直接に母音の長短を標示するものではなく,その意味では古英語期より <a> の1文字が少なくとも長短の低母音2音に対応していたわけで,すでに理想の1対1の関係は崩れていた.だが,質的には類似した低母音の長短ほどの差だけであれば,「乖離」と呼ぶほどの深刻な問題とはならない.それが,長母音のみに作用した GVS により,現代英語では <a> が短母音としては /æ/ に,長母音としては /eɪ/ に対応することになってしまった.もはや単純な音の長短の問題ではなく,<a> という1文字が質の異なる2音に対応することになってしまったのである.この意味で,GVS は確かに「元凶」と呼べるだろう.
 第二に,GVS により <a> が二重母音として /eɪ/ に対応するようになると,別の /eɪ/ に対応する綴字(の組み合わせ)との間に役割の重複が生じることになる.aimsay などの <ai> や <ay> は現代英語では典型的な /eɪ/ への対応綴字だが,ここに <a> も参入してくるとなると,理想の1対1どころではない.ここでも,GVS に責任の一端が認められる.
 GVS が発音と綴字の乖離の元凶であるという主張は結果としては受け入れられるが,直接的な元凶というよりは,上で議論したようにやや間接的な元凶というべきだろう.

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