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hellog〜英語史ブログ / 2022-07-02

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2022-07-02 Sat

#4814. vernacular をキーワードとして英語史を眺めなおすとおもしろそう! [vernacular][terminology][standardisation][prestige]

 先日,立命館大学の岡本広毅先生と Voicy で雑談をしました.6月21日に「#386. 岡本広毅先生との雑談:サイモン・ホロビンの英語史本について語る」と題して公開しましたが,会話のなかで浮上してきた vernacular というキーワードに焦点が当たり,実質的には vernacular を巡るトークとなりました.



 それ以後,vernacular という用語のもつニュアンスをもっと深く探ってみたいと思い,調べ始めています.ここ数日の hellog でも「#4804. vernacular とは何か?」 ([2022-06-22-1]),「#4809. OEDvernacular の語義を確かめる」 ([2022-06-27-1]),「#4812. vernacular が初出した1601年前後の時代背景」 ([2022-06-30-1]) の記事を書いてきましたが,vernacular は,英語史の観点からも,中世の諸方言,初期近代のラテン語との相克,現代の世界英語 (world_englishes) の議論へとつながり得る,射程の広い概念だなあと思うようになりました.
 vernacular について英語史上の関心から有用な文献は,岡本氏ご自身による論文です.「中世の英語文学とヴァナキュラーとしての歩み:チョーサー,地方語,周縁性」を教えていただき,拝読しました(岡本さん,ありがとうございます!).世界英語の話題から説き起こし,英語史と中世英文学史を概観した後で,チョーサーの英語観へと議論が進んでいきます.
 66--67頁より以下の1節を読み,「ヴァナキュラー」の観点から英語(史)を捉えてみると新たな発見がありそうだと思いました.

 「ヴァナキュラー」を巡る意味の拡張・転用は,時代や価値観の変遷をみる上で興味深い。ウェルズ恵子はヴァナキュラー文化について,「たとえ過去の文化を扱っていても,その分析は必ず現在の文化を知るための鍵になる。ヴァナキュラー文化は権威の箱に収まることなく連続し,変化しながら生き続けているもの」(vi)と述べる。ヴァナキュラー文化の理解には歴史的考察と変化に対する柔軟な姿勢が望まれよう。また,小長谷英代はヴァナキュラー研究の有用性について,「〈ヴァナキュラー〉の語感にともなう意味の多義性,特に土地との連想や周辺的なもの,雑多なもの,劣位のものといった否定的なニュアンスの奥行きが,近代思想・学問の主流や正統に軽視・無視されてきた文化,社会,歴史の文脈に光をあてる手がかりとなっている」(2018, 221)と指摘する。
 英語は「権威の箱」に収まることなく変化し生き続け,「否定的なニュアンスの奥行き」を追求してきた言語である。約1500 年に及ぶ英語の歩みは〈周縁〉から〈中心〉,〈地方〉から〈世界〉へと至る一ヴァナキュラー言語の躍進の軌跡といえよう。英語の現状からすれば意外に映るが,それは元々ヨーロッパ北西で話されていた一地方語に過ぎなかった。


 現代の世界諸英語の大半は確かに「権威の箱」に収まっていませんが,一方,標準英語 (Standard English) はその箱に収まっています.言語と権威 (prestige) や言語の標準化 (standardisation) を論じるあたっても,vernacular という視点は役に立ちそうです.
 関連して,本日公開した Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」「#397. 言葉のスタンダードとは何か? --- 『言語の標準化を考える』へのコメントをお寄せください!」もお聴きください.

 ・ 岡本 広毅 「中世の英語文学とヴァナキュラーとしての歩み:チョーサー,地方語,周縁性」『立命館言語文化研究』33.3,2022年.65--83頁.

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最終更新時間: 2024-02-28 16:15

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