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昨日の記事「#4828. 「長い18世紀」に対フランスを軸に形成された「イギリス国民」のアイデンティティ」 ([2022-07-16-1]) に引き続き,池上俊一(著)『王様でたどるイギリス史』を参照して,19世紀のイギリスに現われた新しい言説について考える.
イギリスは長い18世紀の後にフランスに対して勝利を収め,覇権国家として栄光の道を進むことになった.世界中を文明に浴させるのがイギリスの責務であり,そのための媒介言語として重要なのが英語なのである,という理論武装をした.池上 (185--86) を引用する.
フランスのナポレオンが一八一五年に最終的に敗北してからは,もはやイギリスは敵なしで,実際,大きな戦争に負けたことはありません.それが「自分たちは世界に冠たる大英帝国を築くべく嘉されている」との意識をもたらしたのでしょう.
産業革命を経て「世界の工場」になったイギリスですが,アメリカやドイツがしだいに競合するようになり,一八七〇年代中葉から約二〇年間は大不況に見舞われます.国内市場が小さかったのも難点で,一八七四年の選挙で保守党ディズレーリが自由党グラッドストーンに勝利して第二次政権を形成すると,ヴィクトリア女王の篤い信頼のもと,帝国主義に邁進していきます.経済的利益を得ながら,国民に満足を与える国家的威信の発揚をしようとしたのです.
もちろん帝国主義的支配には後ろめたさもありましたが,「白人の責務」を掲げて,正当化していきました.それは「先進国イギリスは未開で劣った有色人種を指導・後見して文明化する義務がある」とするもので,黒人や黄色人種は白人に服するのが当然とされました.「自由と文明の使者たるイギリス人の言葉,物品,習慣,技術,産業で世界を満ちあふれさせることこそ,優良なる民族が神から授かった召命であり,帝国中にユニオン・フラッグを翻させる行いには自由・公正・正義の美徳がある」とされたのです.
これは首相のパーマストンやディズレーリ,あるいはケープ植民地首相でダイヤモンド業者のセシル・ローズらの考え方で,それにヴィクトリア女王も同調したのです.
いわゆる英語帝国主義も,この文脈で理解できます.すでにヘンリ八世が,ウェールズ,アイルランド,スコットランドに英語を公用語として強要する施策を試みていましたが,一九世紀にはインド,アフリカなど世界に広がる植民地に「卓越した言語」としての英語を押しつけ,イギリス的な価値観を内面化させようと教育システムを整え,さらには法廷での英語使用や公職者の英語の知識習得を義務化していきました.
大英帝国における国王の忠実なる臣民は,文芸や科学とは縁もゆかりもない現地語など棄てて英語を使うのが自分たちのためでもあるのだ……という議論です.
現在,英語が世界で広く通用する言語となっている基盤には,上記の通り,19世紀イギリスの帝国主義的イデオロギーがあったのである.この事実を押さえずして,現在そして未来の英語のあり方について有意義に議論することは決してできないだろう.言語は,単なる人間どうしのコミュニケーション手段にとどまらない.それは,良くも悪くも人間社会におけるパワーゲームのための武器なのである.
・ 池上 俊一 『王様でたどるイギリス史』 岩波書店〈岩波ジュニア新書〉,2017年.
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最終更新時間: 2024-12-16 08:44
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