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西洋中世史家の池上俊一氏による『ヨーロッパ史入門 原形から近代への胎動』(岩波ジュニア新書)を読んでいる.専門家がかみ砕いて書いたジュニア向け本は良いものが多いが,本書もヨーロッパの本質を分かりやすくえぐっている.
著者は「文化としてのヨーロッパ」という捉え方をしており,10世紀末から12世紀前半にかけて成立したそのヨーロッパの構成要素は「ギリシャ・ローマの知」「キリスト教の霊性」「ゲルマンの習俗」「ケルトの夢想」の4点であると主張する (212--13) .
英語史との関わりでは,とりわけ「ゲルマンの習俗」の立ち位置に興味がわいてくる.文化としてのヨーロッパのなかで果たしてきた「ゲルマン」の役割は何か.これについて,池上 (40--42) より引用したい.
ここで,習俗や技芸について,ゲルマン人が何を「ヨーロッパ」に伝えたのかについても考えてみましょう.ヨーロッパの人々の大半がキリスト教に改宗するようになるのは,四世紀以来の布教家の努力の賜物でした.しかしそれで住民たちのそれまでの信仰のあり方や心性が一変したわけではありません.異教的習俗・信仰と,それを否認する教会当局との長い長い争い,つばぜり合いが,その後もずっと続くのです.
ゲルマン人たちは,自然を崇拝し,多神教を信じていました.彼らは,キリスト教に改宗してからも,じつは旧来の信心を守っており,いわば表面のメッキがかわっただけだったのです.聖人崇敬や聖遺物崇敬は,異教時代の大樹や巨石・泉信仰,それら自然物に宿る神々への帰依を,聖母マリアや他の聖人たちへの崇敬に置きかえたものでしたし,現にそうした樹木や巨石,泉などを破壊・除去した跡地に,教会が建てられたのです.また,キリスト教会暦,聖人暦などの暦も,異教の祭儀の時を置きかえたものでした.たとえばキリスト生誕を祝うクリスマスは,実はローマの「不敗の太陽」の祭儀の日の置きかえでした.
キリスト教会が,ゲルマン人の習俗でなにより問題視したのは,福音(キリストの教え)に背馳する迷信行為でした.それは後に「贖罪規定書」というジャンルの作品にまとめて規定されることになりますが,自然物への願かけ・呪い・占いや,神の全能を損なうような行為が非難され罰せられました.
しかしこれは,消えることのないマグマのように近代初頭まで地下にわだかまり,ときにおどろくような形で噴出します.〔中略〕「異端」や「魔女」はその典型ですが,多くは民俗伝統として,ふるまいや民話・迷信となって農村社会に残っていきます.
ほかに,直接キリスト教に背馳するものではない,ゲルマン由来の要素もありました.家族・氏族・部族のしくみや習俗は,とくに貴族社会・騎士社会のベースになっていった点で重要です.ゲルマン人たちの紛争解決法としての復讐行為や,ジッペの間での戦い・フェーデ(後述,一族の義務たる血讐)は,中世の半ば以降にも残りましたし,その背景にあるジッペの名誉観念も中世の貴族・騎士たちに伝わりました.王・首長の統率下に一般自由人男子が入り,さまざまな贈与を受け保護されるかわりに,主君に忠誠を誓い彼のために戦うという「従士制」は,中世の封建的主従関係の柱として使われます.
ようするに「ギリシャ・ローマの理知」とならんで「ゲルマンの習俗」も,その後,中世におけるヨーロッパの形成因となっていったわけです.
工芸品をはじめとする技術や耕作・冶金・乗馬・武器のあつかいなどの実践的な知識も彼らはもたらしました.そしてそれら以上に,「言語」が重要な寄与でした.ローマの共通語ラテン語にゲルマン諸語が混ざって,ヨーロッパの各国語ができあがっていくのですから.
引用の最後の部分に言語の話題が出てくる.もちろん英語も「ヨーロッパの各国語」の1つであり,まさに中英語期以降,ゲルマン語的要素とラテン語的要素の混交が激しく起こっていくことになったのである.
・ 池上 俊一 『ヨーロッパ史入門 原形から近代への胎動』 岩波書店〈岩波ジュニア新書〉,2021年.
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最終更新時間: 2024-10-26 09:48
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