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hellog〜英語史ブログ / 2017-06-04

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2017-06-04 Sun

#2960. 歴史研究における時代区分の意義 [periodisation][renaissance][historiography]

 英語史,あるいは一般に個別言語史の時代区分の問題について,periodisation の記事で考察してきた.この問題に迫るには,さらに一般的な意味における歴史の時代区分について考えなければならない.その参考とすべく,ル=ゴフ(著)『時代区分は本当に必要か?』を読んだ.
 著者は,西洋史においてルネサンスとは,中世の次に来る新時代と理解すべきではなく,18世紀半ばまで続く長い中世の最終期を飾る出来事にすぎないとし,従来の時代区分の見直しを迫っている.それによると,西洋の近代は18世紀半ばから始まることになる.また,昨今のグローバル化を適切に取り込んだ新しい歴史の時代区分が必要だとも主張している.著者は,時代区分とは,本来は区切り得ない連続体としての時間を何とか区切ってとらえるために積極的に利用すべき道具であり,その道具は柔軟でなければならない,という立場を取っている.以下,ル・ゴフからの引用集.

この言葉〔=「時代区分」〕が示すのは人間が時間に対して働きかける行為であり,その区切りが中立ではないという事実が強調されている.本書では,人間が時間を時代に区切った際のさまざまな理由を明らかにしていく.その理由がどの程度あからさまで,はっきり自認されたものかは場合によるが,しばしばそこには,彼らが時代に与える意味と価値を浮き彫りにするような定義が添えられている.
 時間を時代に区切ることが歴史にとって必要であるのは,歴史を,社会の進化の研究,または特殊なタイプの知や,あるいはまた単なる時間の推移という,一般的意味でとらえる場合である.だがこの区切りは,単に時間的順序をあらわすものではない.そこには同時に,移行や転換があるという考え,それどころか前の時代の社会や価値観の否定さえもが表現されているのだ.したがって時代には特別な意味がある.時代の推移そのもの,あるいはその推移が想像させる時間的連続やその逆に切断がもたらす問題において,時代は歴史家の重要な問いなおしの対象となっているのである. (12--13)


時代区分は,時間をわがものとするための,いやむしろ時間を利用するための助けになるが,ときにはそこから過去の評価にまつわるさまざまな問題が浮かびあがる.歴史を時代に区分けするということは,複雑な行為である.そこには主観性と,なるべく多くの人に受け入れられる結果を生み出そうとする努力とが,同時に込められている.これはたいへんに面白い歴史の研究対象であると私は思う. (15)


時代区分は人為であり,それゆえ自然でもなければ,永久不変でもない.歴史そのものの移り変わりとともに,時代区分も変わる.そういう意味で,時代区分の有用性には二つの側面がある.時代区分は過去の時間をよりよく支配するのに役立つが,また,人間の知が獲得したこの歴史という道具のもろさを浮き彫りにもしてくれるのである. (36)


文化がグローバル化し西洋が中心的地位を失ったいま,歴史の時代区分の原則は今日問題視されるようになっているが,時代区分は歴史家にとって必要な道具だということを,私は示したいと思っている.ただ,時代区分はより柔軟に用いなければならない.人が「歴史の時代区分」をはじめて以来欠けていたのは,その柔軟さなのだ. (100--01)


歴史の時代区分を保つことは可能であり,私は保たなければいけないのだと思う.現在の歴史思想を貫いている二つの大きな潮流,長期持続の歴史とグローバル化(後者はおもにアメリカのワールドヒストリーから生まれている)は,どちらも時代区分の使用をさまたげるものではない.くりかえして言うが,計られない持続と計られる時間は共存している.時代区分は,限られた文明領域にしか適用することができない.グローバル化とは,そのあとにこれらのまとまりのあいだの関係を見つけることなのだ.
 じっさい歴史家は,よくあることだが,グローバル化と画一化を混同してはならないのだ.グローバル化には二つの段階がある.まずは互いに知らない地域や文明のあいだにコミュニケーションが生じ,関係が確立される.つづいて,吸収され溶解していく現象が起こる.今日まで人類が体験したのは,このうちの第一段階のみである.
 このように時代区分は,今日の歴史家の研究と考察がくりひろげられる重大な一分野になっている.時代区分のおかげで,人類がどんなふうに組織され進化していくのかが明らかになるのである.持続のなかで,時のなかで. (187--88)


 英語史の時代区分を念頭に置きつつ,私も時代区分とはあくまで便利な道具であり,時と場合によって柔軟に変更すべきものと考えている.だからといって,時代区分の価値を認めていないわけではまったくなく,むしろ歴史の把握と記述のために慎重に用いるべき装置だろう.リンガ・フランカとしてグローバル化する英語という言語の歴史を研究するにあたって,その時代区分の意義は,真剣に考えておく必要があると思う.
 英語史の時代区分を巡る一般的な問題については,とりわけ「#2640. 英語史の時代区分が招く誤解」 ([2016-07-19-1]),「#2774. 時代区分について議論してみた」 ([2016-11-30-1]) を参照されたい.

 ・ ジャック・ル=ゴフ(著),菅沼 潤(訳) 『時代区分は本当に必要か?』 藤原書店,2016年.

Referrer (Inside): [2017-07-08-1] [2017-06-05-1]

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最終更新時間: 2019-03-14 09:23

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