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hellog〜英語史ブログ / 2014-10-31

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2014-10-31 Fri

#2013. イタリア新言語学 (1) [history_of_linguistics][neolinguistics][neogrammarian][geography][geolinguistics][wave_theory]

 「#1069. フォスラー学派,新言語学派,柳田 --- 話者個人の心理を重んじる言語観」 ([2012-03-31-1]),「#1722. Pisani 曰く「言語は大河である」」 ([2014-01-13-1]),「#2006. 言語接触研究の略史」 ([2014-10-26-1]),「#2008. 借用は言語項の複製か模倣か」 ([2014-10-28-1]) でイタリアで生じた新言語学 (neolinguistics) 派について触れた.言語学史上の新言語学の立場に関心を寄せているが,この学派の論者たちは主たる著作をイタリア語で書いており,アクセスが容易ではない.そのため,新言語学は,日本でも,また言語学一般の世界でもそれほど知られていない.このような状況下で新言語学のエッセンスを理解するには,言語学史の参考書および学術雑誌 Language で戦わされた激しい論争を読むのが役に立つ.今回は,すぐれた言語学史を著わしたイヴィッチによる記述に依拠し,新言語学登場の背景と,その言語観の要点を紹介する.
 イタリア新言語学は,Matteo Giulio Bartoli (1873--1946) の著わした論文 "Alle fonti del neolatino" (Miscellanea in onore de Attillio Hortis, 1910, pp. 889--913) をもってその嚆矢とする.1925年には,Bartoli による Introduzione alla neolinguistica (Principi---Scopi---Metodi) (Genève, 1925) と,Bartoli and Giulio Bertoni による Breviorio di neolinguistica (Modena, 1925) が継いで出版され,新言語学の基盤を築いた.Vittolio Pisani や Giuliano Bonfante もこの学派の卓越した学者だった.
 新言語学の思想は,Wilhelm von Humboldt (1767--1835),Hugo Schuchardt (1842--1927),Benedetto Croce (1866--1952),Karl Vossler (1872--1947) の観念論を源泉とする.一方,方法論としてはフランスの言語地理学者 Jules Gilliéron (1854--1926) に多くを負っている.その系譜はドイツの美的観念論とフランスの言語地理学の融合により,その気質は徹底的な青年文法学派 (neogrammarian) への批判に特徴づけられる.
 新言語学の理論的立場は多岐で複合的である.エッセンスを抜き出せば,話者の精神・心理(創造性や美的感覚など)の尊重,地理的・歴史的環境の重視,(音声ではなく)語彙と方言の研究への傾斜といったところか.イヴィッチ (66) の記述に拠ろう.

 人間は言語を物質的のみならず精神的意味においても――その意志・想像力・思考・感情によっても――創造する.言語はその創造者たる人間の反映である.言語に関するものはすべて精神的ならびに生理的過程の帰結である.
 生理学だけでは言語学の何物をも説明できない.生理学は特定の現象が創造される際の諸条件を示しうるにすぎない.言語現象の背後にある原因は人間の精神活動である.
 「話す社会」 speaking society は現実に存在しない.それは「平均的人間」と同様に仮構である.実在するものはただ「話す個人」 speaking person だけである.言語の改新はどれも「話す個人」が口火を切る.
 個人の創始になる言語の改新は,その変化の創始者が重要な人物(高い社会的地位の持主,際立った創造力の持主,話術の達人,等)の場合に,いっそう確実・完全・迅速に社会に容れられる.
 言語において正しくないと見なし得るものは何一つない.存在するものはすべて存在するという事実故に正しい.
 言語は根本的には美的感覚の表現であるが,これはうつろいやすいものである.事実,同じく美的感覚に依存している人生の他の面(芸術・文学・衣服)においてと同様,言語においても流行の変化が観察できる.
 単語の意味の変化は詩的比喩の結果として生ずる.これらの変化の研究は人間の創造力の働きを知る手がかりとして有益である.
 言語構造の変化は民族の混合の結果として生ずるが,それは人種の混合ではなく,精神文化の混合の意味においてである.
 事実上言語は,しばしば相互に矛盾する様々の発展動向の嵐の中心となる.この様々の発展動向を理解するには,様々の視覚から言語現象に接近しなければならない.まず第一に,個々の言語の進化はとりわけ地理的・歴史的環境に規定されるという事実を考慮に入れるべきである(例えば,フランス語の歴史は,フランスの歴史――キリスト教の影響,ゲルマン人の進出,封建制度,イタリアの影響,宮廷の雰囲気,アカデミーの仕事,フランス革命,ローマン主義運動,等々――を考慮に入れなくては適切に研究できない).


 この新言語学の伝統は,その後青年文法学派に基づく主流派からは見捨てられることになったが,イタリアでは受け継がれることとなった.様々な批判はあったが,言語の問題に歴史,社会,地理の視点を交え,とりわけ方言学や地理言語学(あるいは地域言語学 "areal linguistics")においていくつかの重要な貢献をなしたことは銘記すべきである.例えば,波状説 (wave_theory) に詳しい地理学的な精密さを加え,基層言語影響説 (substratum_theory) に人種の混合ではなく精神文化の混合という解釈を与えたことなどは評価されるべきだろう.これらの点については,「#999. 言語変化の波状説」 ([2012-01-21-1]),「#1000. 古語は辺境に残る」 ([2012-01-22-1]),「#1045. 柳田国男の方言周圏論」 ([2012-03-07-1]),「#1053. 波状説の波及効果」 ([2012-03-15-1]),「#1236. 木と波」 ([2012-09-14-1]),「#1594. ノルマン・コンクェストは英語をロマンス化しただけか?」 ([2013-09-07-1]) も参照されたい.

 ・ ミルカ・イヴィッチ 著,早田 輝洋・井上 史雄 訳 『言語学の流れ』 みすず書房,1974年.
 ・ Hall, Robert A. "Bartoli's 'Neolinguistica'." Language 22 (1946): 273--83.
 ・ Bonfante, Giuliano. "The Neolinguistic Position (A Reply to Hall's Criticism of Neolinguistics)." Language 23 (1947): 344--75.

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最終更新時間: 2024-10-26 09:48

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