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言語の重要な機能の1つに,phatic communion (交感的言語使用)がある.情報交換というよりは,相手との関係を構築・維持するための発話で,「波長合わせ」と考えるとわかりやすい.挨拶がその典型であり,用いられる言語形式はたいてい儀式的だが,儀式的というよりは儀式そのものと考えるほうが適切かもしれない.では,なぜ挨拶という儀式は必要なのだろうか.例えば,出会いと別れの挨拶は日常において,任意というよりは必須である.なぜ人々は儀式を演じる必要があるのだろうか.
多くの通常のコミュニケーションでは,まず出会いの挨拶が交わされ,コミュニケーションの本体が続き,別れの挨拶が交わされて終了する.普通,出会いと別れの挨拶はこの順序でセットとして理解されているが,発想を転換して,まず別れの挨拶が交わされ,コミュニケーションの不在が続き,出会いの挨拶が交わされる,と考えてみよう.妙な順序のように思われるが,ここでおもしろい洞察が得られる.コミュニケーションの不在が短いと予想されるとき,例えば明日にも再会するはずの相手との別れの場面では,「じゃあね」「バイバイ」と軽く済ませることが多いが,長い間会うことはないだろうと予想されるとき,例えば海外赴任で向こう3年間会えないかもしれないという場面では,軽く済ませずに,言葉を尽くして別れの挨拶が述べられる.言葉で述べるだけでなく,はなむけの品を用意したり,お別れ会を設定するなどの労を取ることすらある.永遠の別れ(死別)に至っては,残された者は,言語においても行為においても,葬儀という儀式の限りを尽くすのである.
一般に,次に続く不在期間の長さに比例して,別れの挨拶や儀式の長さが増す.同様に,ある期間をおいて次に再会するとき,その不在期間の長さに比例して,出会いの挨拶や儀式の長さが増すということも,誰しも経験から知っている.face-work を理論化した Goffman は,次のように述べている.
Greetings provide a way of showing that a relationship is still what it was at the termination of the previous coparticipation, and, typically, that this relationship involves sufficient suppression of hostility for the participants temporarily to drop their guards and talk. Farewells sum up the effect of the encounter upon the relationship and show what the participants may expect of one another when they next meet. The enthusiasm of greetings compensates for the weakening of the relationship caused by the absence just terminated, while the enthusiasm of farewells compensates the relationship for the harm that is about to be done to it by separation. (229)
長い不在期間中に,相手との間にそれまで構築してきた社会的関係の強さが逓減してゆくことは避けられない.その見込まれる減少分を先に埋め合わせておこうとするのが別れの儀式であり,実際の減少分を後から補おうとするのが再会の儀式なのではないか.言葉による挨拶は,別れと出会いに際する種々の儀式の一部をなす.このような現象は,言語のもつ情報交換以外の役割,すなわち社会的関係を構築・維持する役割を再確認させてくれる点で,広くいえば社会言語学に属する話題といってよいだろう.狭くいえば,言語の社会心理学という分野の話題である.
・ Goffman, Erving. "On Face-Work: An Analysis of Ritual Elements in Social Interaction." Psychiatry 18 (1955): 213--31.
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最終更新時間: 2024-11-26 08:10
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