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英語史研究のための資料といえば,中世では写本,近代以降では印刷本というのが一般的なイメージだが,資料の種類には様々なものがありうる.しかし,英語史研究の対象となる資料の種類や分類について多くを語る概説書や研究書は,寡聞にして知らない.
日本語史の概説書を開いてみると,佐藤 (16) に,橋本進吉の示した日本語研究の対象となる資料の種類というものが挙げられていた.そこには6点が挙げられているが,日本語を英語と読み替え,表現を微調整すると,以下のようになる.日本語史の文脈で「日本」となっていたところは,「英語社会」と読み替えた.
(1) 英語を写した,英語社会内外の過去の文献
(2) 英語社会内外の,英語を観察・内省した過去の記録
(3) 他言語を英語の表記で書き写した過去の文献
(4) 現在行なわれている,口頭語あるいは文章語など,あらゆる種類の英語
(5) 他言語の中に入った英語
(6) 英語と同系の言語
(1) は,英語そのものを主としてローマン・アルファベットで書き写したもので,分量も多く中心的な資料となる.ここには,ルーン文字で記された英語や,同じローマン・アルファベットであっても異なる綴字習慣で表わされた英語なども含まれる.理論上は,近代以降の,日本語の片仮名などで表わされた英語もここに含まれることになる.
(2) は,英語を観察して書き記したものである.(1) では書かれた英語そのものが研究対象となるのに対して,(2) では書かれた内容が意味をもつ点が異なる.中世,近代の文法家,正音学者,辞書編集者のほか,広い意味での言語観察者の発言が,ここに含まれる.また,英語話者が外国語を観察して書き記したものでも,背景に英語の特徴が反映されているようなものであれば,ここに含まれる.
(3) 英語の綴字習慣にのっとって他言語を書き記したものは,その他言語についての事実が先に知られている場合には,それとの照応により,英語の対応する事実を推定するのに役立つ.
(4) 現代の英語のあらゆる変種は,過去の英語の姿を反映しているものであり,生きた英語史の資料となりうる.特に方言は口頭語の古い姿をとどめていることが多く,有用である.
(5) 他言語に借用された英語表現は,古い時代の英語を知る手がかりになることがある.近代以降,英語は世界中の言語に影響を与えてきており,「○○語へ入った英単語」の総合的な調査が英語史研究でも必要である旨,[2012-02-17-1]の記事「#1026. 18世紀,英語からフランス語へ入った借用語」で説いた.
(6) 比較言語学的に同系と証明された諸言語の事実や,再建された祖語の意味や形態を援用して,かつての英語の状態やその変化の過程を推定する.
日本語史と英語史とでは,両言語の言語的,歴史的特徴が異なるために,上記の箇条書きの単純な置き換えでは済まされない.例えば,(1) や (3) で英語の綴字習慣ということに言及したが,時代によってはその同定自体が難しいのが問題となる.特に,中英語以降はフランス語を中心として諸言語の影響を受けているために,英語の綴字習慣と他言語の綴字習慣をどこまで明確に区別できるかという問題がある.日本語史の場合,少なくとも仮名は日本語固有の文字体系であり,他言語との区別が明らかなので,英語史にあるような問題は生じない.また,(3) と (5) については,何らかの例はあるに違いないが,すぐには思いつかない.
英語史が日本語史に比して明らかに恵まれているのは,(6) である.英語には,比較言語学により2世紀にわたって蓄積されてきた豊富な知識があり,英語史研究にもおおいに貢献している.
関連して,英語史の研究対象を音声に限定する場合の拠り所としては「#437. いかにして古音を推定するか」 ([2010-07-08-1]) と「#758. いかにして古音を推定するか (2)」 ([2011-05-25-1]) を参照.
・ 佐藤 武義 編著 『概説 日本語の歴史』 朝倉書店,1995年.
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最終更新時間: 2024-09-24 08:28
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