01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31
本年度より英語の教員となったゼミの卒業生から,標記の素朴な疑問をもらっていました.中学1年生にアルファベットの書き方を教えるに当たって,第1文字から早速ハテナが飛ぶ敏感な生徒もいるのではないか,という問題意識からだと思います.私も深く考えたことはありませんでしたが,以下のような書き方練習のドリルを見てみると,確かに,とうなずける問いです.上段が(印刷用の)活字体,下段が(手書き用の)ブロック体です.
小文字 <a> の字形について,活字体では上部に左向きの閉じていない半ループがみえる <<a>> ("open a") が,ブロック体では円の形に近い <<ɑ>> ("closed a") がそれぞれ用いられます.
ついでにいえば,右端にみえる小文字 <g> についても2つの異なる字形が確認されます.活字体では下のループが閉じた <<g>> ("closed g") となり,ブロック体では下のループの開いている <<ɡ>> ("open g") となります.
他の24文字の小文字については活字体とブロック体の字形にさほど大きな違いはありませんが,この <a> と <g> に関しては看過できない差がみられます.なぜこの2文字には妙な差異が観察されるのでしょうか.
端的に答えれば,それはもととなった書体が異なるからです.活字体の <<a>> は,Roman uncial と呼ばれる書体に端を発し,8世紀のシャルルマーニュの教育改革に際して生み出された Carolingian minuscule と呼ばれる書体を経由して現代に受け継がれた字体です.一方,ブロック体の <<ɑ>> は italic と呼ばれる,中世から近代にかけて生じた別の書体における字形に由来します.
では,活字体はすべて Carolingian minuscule の流れを,ブロック体はすべて italic の流れを汲んでいるかといえば,そうでもありません.<g> についていえば,今度は活字体の <<g>> のほうがむしろ italic の系列に連なり,ブロック体の <<ɡ>> のほうが Carolingian minuscule の字形に近いのです.
活字体,ブロック体,筆記体やコンピュータ上のフォントなど,現代のアルファベットには様々な書体があります.それぞれの書体のたどってきた歴史は非常に複雑で,複数の書体が混じったものや,複数の書体の中間的なものなど,その系譜をまとめようとするとなかなか家系図のように綺麗にはいきません.本格的に作図しようとすれば,ある文字の字形はこっちから,別の文字の字形はあっちから,というような複雑なネットワーク図になるでしょう.活字体やブロック体についても,全体としておおまかな系統はたどれるにせよ,英語アルファベットを構成する26文字の個々の字形については,ときに個別に系統を探る必要が生じるのです.
上記は「#3668. なぜ大文字と小文字の字形で異なるものがあるのですか?」 ([2019-05-13-1]) で展開した議論とほとんど同じです.大文字と小文字で字形の異なる文字がいくつかありますが,これももととなった書体の差異に由来します.歴史的にみれば <<A>>, <<a>> , <<ɑ>> は3つの異なる書体に由来し,<<G>>, <<g>>, <<ɡ>> も同様に3つの異なる書体に由来するということになります(特に <g> のたどった歴史は複雑です.g の記事を参照).
漢字に喩えると分かりやすいでしょうか.「令和」の最初の文字「令」は,楷書体などの主として活字用の書体では最終画が真下に伸びますが,国語の授業で習う手書き用の書体では最終画は斜めとなり,片仮名の「マ」のようになります.属する書体が異なり,辿ってきた歴史が異なるからこそ,字形が多少なりとも異なっているということです.
だとすれば,当初の発問を逆転させて,「なぜ他の24文字については活字体とブロック体の字形が似ているのか」と問い直すほうが,もしかしたらベターなのかもしれません.漢字などに比べればローマ字は単純な幾何学的な字形を示すため,歴史上数々の書体が生み出されてきた過程において字形に何らかの「ひねり」や「変形」が加えられたとしても,認識できないほど異なる字形に変化してしまうことは少なかったのでしょう.異なる書体でも結果としておよそ似ている文字が多いのは,このような事情があったためではないでしょうか.
関連して次の記事もご参照ください.
・ 「#1309. 大文字と小文字」 ([2012-11-26-1])
・ 「#3714. 活字体(ブロック体)と筆記体」 ([2019-06-28-1])
・ 「#3674. Harris のカリグラフィ本の目次」 ([2019-05-19-1])
・ 「#1824. <C> と <G> の分化」 ([2014-04-25-1])
・ 「#1914. <g> の仲間たち」 ([2014-07-24-1])
・ 「#2498. yogh の文字」 ([2016-02-28-1])
2024 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2023 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2022 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2021 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2020 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2019 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2018 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2017 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2016 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2015 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2014 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2013 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2012 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2011 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2010 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2009 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
最終更新時間: 2024-11-26 08:10
Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow