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昨日も紹介した鈴木董(著)『文字と組織の世界史』より,標記の話題について.通常,文字と文明とは切っても切れない関係にあると認識されており,「有文字社会はすなわち文明社会」という等式が広く受け入れられているように思われる.しかし,その裏返しとしての「無文字社会はすなわち非文明社会」という等式は常に成り立つのだろうか.
鈴木 (27) は,無文字社会に対する有文字社会の比較優位は疑いえないとしつつも,無文字社会が常に非文明的なわけではないことを主張している.
言語の発展は,これを可視的に定着する媒体としての文字をもったとき,まったく異なる段階に入ることとなる.
ただし文字を有さずとも,かなり高度な文明と文化をつくり上げることは可能である.その格好な一例は「新世界」のインカ帝国である.
ペルーを中心にチリからエクアドルにまで拡がる大帝国を建設し,壮麗なクスコやマチュピチュのような大都市をも造営したインカの人々は,数字を表わすキープ,すなわち「結縄文字」は有していたが,言語を可視的に定着する媒体としての体系的文字をもつことはついになかったようである.
「旧世界」で顕著な例をとれば,ユーラシア中央部で活躍し,しばしば大帝国を建設した遊牧民たちである.文字を持つ周辺の諸文化世界を長らく脅かした遊牧民たちも,トルコ系の突厥帝国で八世紀に入り突厥文字が考案されるまで,文字をもたなかった.
また広大なモンゴル帝国を築いたモンゴル人たちも,その帝国形成期には文字をもたず,一三世紀も後半に入ってからようやく,チベット文字をベースとするパスパ文字と,ウイグル文字をベースとするという二種の文字をもつようになったのである.ともすれば文字をもたずとも,インカ帝国,匈奴帝国,突厥帝国そしてモンゴル帝国のような,巨大な政治体を形成し維持することができたのは確かである.
....
〔中略〕
....
しかし,文字を媒体として膨大な情報量を蓄積しうるようになった社会が,次第に文明の諸分野において「比較優位」を占めるようになっていったことも疑いないであろう.ユーラシアの東西における定住的農耕民と移動的遊牧民の力関係が,最終的には前者の優位に帰結した一因もまた,ここにあったとみてよいであろう.
この文章の力点は有文字社会の文明的優位性の主張にあるが,私はむしろ無文字社会が必ずしも非文明的であるわけではないという裏の主張のほうに関心があった.無文字社会と一言でくくっても,実はいろいろなケースがありそうである.この問題に関しては,以下の記事でも触れてきたのでご参照を.
・ 「#1277. 文字をもたない言語の数は?」 ([2012-10-25-1])
・ 「#2618. 文字をもたない言語の数は? (2)」 ([2016-06-27-1])
・ 「#2447. 言語の数と文字体系の数」 ([2016-01-08-1])
・ 「#3118. (無)文字社会と歴史叙述」 ([2017-11-09-1])
・ 「#3486. 固有の文字を発明しなかったとしても……」 ([2018-11-12-1])
・ 鈴木 董 『文字と組織の世界史 新しい「比較文明史」のスケッチ』 山川出版社,2018年.
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最終更新時間: 2024-10-26 09:48
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