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カーランスキー (230) は,著書『紙の世界史』の第10章「印刷と宗教改革」において,印刷術という最新テクノロジーが宗教改革を駆動したことについて,次のように述べている.
印刷機は宗教改革の申し子だといったほうがよほど真実に近いだろう.宗教改革は宣伝戦略として印刷を利用したはじめての運動だった.宗教改革があったからこそ,印刷はあの時代に,あの場所で発明されたのだ.つまるところ,ヨーロッパ人は印刷機の製造法も,金属の彫り方も,鉛の鋳造も,彫られた像にインクをつけて刷る方法も,ずいぶんまえから知っていて,その気になれば,いつでも可動活字で印刷を始められた.世情の混乱や新しい思想や変化への欲求が沸き返っているドイツで印刷が発明されたのは偶然ではない.プロテスタントの宗教改革運動には,この新しいテクノロジーの可能性を直観的に理解する力があったのだろう.プロテスタントは巧みに印刷機を使いこなした.以来,インターネットの隆盛を迎えるまで,印刷機はあらゆる運動を組織化する一種の手本としての機能を果たした.
それ以前は,思想を広める手段といえば,口頭の説教くらいのものだった.しかし,人々の識字率が上がってくると,文字広告がより効果的な手段として台頭してくる.宗教改革に内在していた,ある思想を広めたいという強い要求と人々の識字率の向上,そして印刷術というテクノロジーの誕生が,時代的にぴたっと符合したのである.こうして,宗教改革と印刷術はいわば二人三脚で進むことになった.
16世紀初頭のドイツで始まったこの二人三脚は,すぐにイングランドにも伝わった.ローマ・カトリック教会と断絶してイングランド国教会を設立したヘンリー8世は,イングランド国民の支持を取り付けるために,文字広告を,つまり印刷術を利用したのである.カーランスキー (258) は,これについて次のように説明している(原文の傍点は下線に替えてある).
イングランド国教会には大衆の支持が必要であり,イングランドの出来事をローマが指示することは許されるべきではないという主張なら大衆の教会を得られるかもしれない.だが,それを売って広めなければならない.王の腹心,トマス・クロムウェルはこの戦略を議会と協議する一方,ドイツのプロテスタントのように印刷業者を利用して大衆の支持を集めさせた.クロムウェルは,反教皇の大義を日常の英語で論じる一連の小論文を出版した.そうしたパンフレットもそのなかで論じられている考え方も大衆に充分に受け入れられるものだった.物事を進める際の新しい形はこんな背景で十六世紀に定着したのだ.
クロムウェルが,印刷術を利用して小論文という形の文字広告によりヘンリー8世の大義を民衆に受け入れさせようとした点が,重要である.そして,その媒介言語が,ローマ・カトリック教会と結びついたラテン語ではなく,皆が理解できる土着語たる英語であったことが,さらに重要である.ここにおいて,宗教改革,印刷術,土着の英語の3つが結びつくことになった.宗教改革が進めば,ますます多くの英語が印刷に付されてその地位が向上するし,英語の地位が向上して印刷される機会が増えれば,それだけ宗教改革の路線も強化された.一見結びつかないような様々な現象が,16世紀のイングランド社会を大きく動かしていたのである.
・ マーク・カーランスキー(著),川副 智子(訳)『紙の世界史 歴史に突き動かされた技術』 徳間書店,2016年.
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最終更新時間: 2024-11-26 08:10
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