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昨日の記事「#1182. 古ノルド語との言語接触はたいした事件ではない?」 ([2012-07-22-1]) を書きながら念頭にあったのは,横田さんが著書で示している古ノルド語影響論に対する態度である.英語史概説書などで,古ノルド語の英語に及ぼした影響が並一通りにしか言及されなかったり,あるいは過大に評価されたりする傾向に疑問を呈し,言語接触の詳細と機微に踏み込んで,古ノルド語影響論に正当な評価を与えることが必要であることを強く訴えている.表面的にみれば,古ノルド語による言語的影響の程度を従来に比べて下方修正する結果になっているのかもしれないが,そのようにネガティブにとらえるよりは,むしろ細部に至るまで正確を期し,正当な再評価を目指した試みとしてポジティヴにとらえるべきだろう.古ノルド語影響論を巡って一冊の本を書いているほどであるから,著者のこのテーマへの熱意と愛情が並々ならぬものであることは言うまでもなく,一見 downplay しているようでありながら,実は emphasise していることが明らかである.
この著書には,上に述べたような「慎重に熱い」態度が一貫して流れている.「もっとも」と首肯しながら読んだ箇所をいくつか引用しよう.
「ノルド語の英語への影響は強かった」と,どの英語の歴史を扱った本にも書いてある.影響が強かったとする根拠のひとつ――それも大抵は最も大きな根拠のひとつであるが――はいわゆる「閉ざされた体系」とよばれる文法用語や機能語である代名詞,前置詞,接続詞が借用されていることが挙げられる.一般にそのような語は外国語から借用されにくいと考えられている.にも関わらず借用されているのは,北欧人とイングランド人との密接な関係があったからに違いないということになる.このように推論を進めていくと,なんとなく感覚的に分かったような気分にさせられてしまうのである.だから,密接な関係とは一体どのようなものであろうかという質問に対する答えは,代名詞や前置詞が借用される関係のことを言っているのだなあ,と堂々巡りに陥ってしまい,結局はそれ以外のことが霧に包まれてしまっている.(iv--v)
言語系統が近い2つの言語において,ある言語の言葉がもう1つの言語から借用されたと一般的に考えられている場合であっても,それを受け入れたとされる言語の中にその言葉が少数派のヴァリアントとしてもともと存在していたかもしれないのである.よって,その存在がなかったことを証明しない限り,100パーセントそうであると断言することは不可能なのである.〔中略〕しかし中英語期になって初めて登場する語が,ノルド語起源であるか否かの判断に悩む場合でも,それが形態的に,意味的に,れっきとしたノルド語であると証明された上,北欧人の集中定住地域で書かれた中英語の文献だけに使われていたとしたら,普通はノルド語から取り入れられたものである可能性は非常に高いと考えてもよいかもしれない.とはいえ,その語がアングリア方言の話し言葉のヴァリアントの1つであった可能性もあるから,はっきりそうだとは言わないでおいたほうが無難であろう.せめて言語学のみでなくいろいろな方面の研究が成果をあげるまでは断定しないほうがよいと思われる.(133--34)
この小著を書いている最中に思ったことは「北欧語の影響は強かった」と頻述されていることが,果たしてそうなのかということである.ノルド語起源語は,標準語と地方方言の両方において,日常語のレベルでは非常に多いようであるが,ノルド語全体から見るとたいした数ではないように思う.加えて,機能語の借用はあったとしても少なく,文の構造は一部の口語表現を除いてはほとんど影響を受けていない.ましてや,一般にノルド語起源と思われている語であっても,同じような形の語が古英語にマイナーなヴァリアントとして存在していた例があることを考慮すると,様々な書にノルド語起源語として挙げてある語が本当にそうなのか疑わしくなってくる.よって更なる研究を行なってその妥当性を追及しなければならない. (159)
・ 横田 由美 『ヴァイキングのイングランド定住―その歴史と英語への影響』 現代図書,2012年.
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最終更新時間: 2024-10-26 09:48
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